幼馴染みと生徒会*少女漫画っぽノベル
「ねえ! 貼り紙見た!? 生徒会役員募集されるって!」
昼休み。廊下をだらだらと歩く翔を見つけ、ほとんど飛びかかるようにして声をかける。
「は? 知らねえよ」
「知らねえよじゃないよ! とっても重大なことだよ!」
先輩に聞いてもいつ募集がかかるかわからない、いつも気がつけば終わっているとのことだったが、なるほど、まさかあんなに分かりにくいとは。
掲示板の隅。A4 用紙。「生徒会役員募集」という小さな文字の前に翔を引っ張りだす。
「ほらほら、これってチャンスだよ~!」
「またあの先輩の話か……」
「私の頭の中はいつだって春先輩でいっぱいだからね!」
胸を張ってそう言うと翔は少し怒ったような顔をしたが、気にせずに話を続ける。
「ねえ、何の役職が良いかな。春先輩は副会長だから、次年度は絶対会長だよね」
春先輩は、二年生にして副会長を務めるすごい人なのだ。全校集会で司会をしている時の、あの透き通るような美声。堂々と前を見据える切れ長な目。マイクを持つ細長い指。
思い出すだけで悶えてしまう。
「どうせお前なんか選ばれないよ。あれって先生が優秀な生徒に声かけて決めてるらしいぜ。お前、2学期の成績言ってみろよ」
翔が私を振りほどいて先に行ってしまう。
急いで着いていくが、全然歩幅が違うことに気づいてなんだか寂しい。
「翔だってと変わらないでしょ!」
「総合順位はお前より上だから」
「あれは国語の平均点が高かったせい! 次は絶対勝つし!」
「言ってろ」
翔が教室へと逃げようとしているのはわかっている。しかし、言い負かされたままではいられない。翔が廊下の角を曲がるのを阻止しようと足を速めた、瞬間、左手のトイレから人が突然出てきた。
翔のことしか見ていなかったので気づくのが遅れ、ぎりぎりで避け切ったが、バランスを崩しておしりから転んでしまった。
「ぎゃっ」
「おい、大丈夫かよ」
恥ずかしくて、馬鹿にされるかと思ったが、こういう時翔はちゃんと私に優しいのだった。すぐに手を差し伸べてくれるのを見て、やっぱり一番の親友で相棒だ、と優しさに甘えて手を伸ばす。
翔が私の両手を掴んで引っ張るのに合わせて起き上がると、私が想定していたよりも翔は力が強くって、そのまま前に何歩か出てしまった。背丈が近いので、翔の顔が私の顔の間近に来る。瞳の虹彩が観察できてしまう距離。へえ、意外と色素薄いんだ。とかそんなことを考えていると、翔の頬がみるみる赤くなっていくのが分かり、口元の様子から翔が息を止めていることに気づく。ふと視線を下に落とすと、手は固く握られたままで、大きな手、太い指、目隠ししても翔の手なら一発で当てられる、と自信をもってそう思う。
「翔の手、春先輩とは全然違うね」
温かくて安心する手だ。
そう思って微笑みかけたけれど、翔は傷ついたような目をして、心臓がどきりとする。
私、何か間違えてしまっただろうか。どちらからともなく、手が解ける。
「おい、こんなところで立ち止まるな、危ないだろう」
「先生」
ハッとして、私達は端の方に移動した。うちのクラスのみんなは先生のことを影でゴリ男と呼んでいるが、間違っても本人の前では言わない。
「いや、ちょうどこいつが転んだところで」
「ちょっと、言わないでよ」
翔はいつもの調子に戻ってへらへらしている。心配して損だったか。自分が何を心配していたのか、うまく説明できないけれど。
先生が立ち去ろうとしたところで、用があったことを思い出して慌てて引きとめた。
「あのあの、先生、生徒会役員って私でも立候補できますか」
「お、藤田、やってくれるか!? いや、今年は声をかけても軒並み断られてしまっていてな。この学年は良い意味でも悪い意味でものんびりしている奴が多いというか……立候補してくれるなら先生助かるぞ」
興奮して翔をぺしぺし叩く。なんとライバル無し、生徒会入り濃厚! これはいくしかない、と鼻息が荒くなってしまう。
「やりたいです!」
「そうか! 横峯、お前もやるか? 仲良し幼馴染コンビ、きっと楽しいぞ!」
黙って聞いていた翔が突然会話を振られ、内容が内容なだけに、目をぱちくりとさせている。
「先生、天才! ねえ、一緒にやろうよ!」
「は、無理だって、なんで俺が」
先生がいる手前、きつい暴言は吐いてこない。眉が下がっている、これは押せば行けるパターンのやつだ。
「お願い翔、本当は一人で不安だったの。翔が居てくれたら、ぜっったい楽しいし、ぜっったい頑張れるよ」
翔は言葉に詰まっている。頬を掻くのは焦っている時の癖だ。
「そうだ、横峯。お前はやればできるタイプだ」
「翔……」
先生と団結して翔を丸め込みにかかる。二つもの厚い期待のまなざしを受けた翔はついに、はあ、と肩を脱力させ、
「わかった、やります、これでいいですか」
「やったー!」
「横峯、ありがとう!」
手続きは俺に任せとけな、と先生は私達の肩を一度ずつ叩いて行った。
「がんばろうね、翔」
先輩のことしか頭になかったが、仲良い人と一緒のほうがきっと楽しい。翔と生徒会なんて考えただけでワクワクする。今まで同じ部活に入ったことは無かったから新鮮だ。
「ああ、お前があの先輩に近づけないように、側で見張ってやるよ」
翔が悪い顔になっている。やけに早く承諾したなと思ったら、それが目的だったのか。
「なんでそんなことするの!? 協力してくれるんじゃないの!?」
「さあ?」
むっとした顔をオーバーにして見せると、翔の右手に顔を掴まれて、強制的にタコの口にさせられる。
「相変わらずむにむにだな」
「ほんとムカつく、ほんっとムカつく」
昔は両手で頬を挟まれても、えへへと笑っていたけれど、こんな扱いは許せない。
「見てろよ、絶対に春先輩とお近づきになって見せるからな!」
この1年間、ずっと遠くから見つめていた憧れの人。一度も話したことはないけれど、きっと真面目で優しい、見た目通りの人だと思う。
「はやく諦めろよ、馬鹿が」
「私が簡単に諦めるような人間じゃないって、翔が一番よく知ってるでしょ」
喧嘩を売り合って十数年。この勝負、絶対に勝利してみせる。春先輩、私もうすぐ貴方に会えます。こんな男も付いてきてしまいますが、悪いやつではないのです。
長年の片思いが、動き出しそうな春が来る。
それが前進を意味するかは、ひらいてみないと分からない。
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