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家に住めない人との旅 7

前回迄は、思い出を作るためのロードトリップに出たものの、初日から泊まれる所が見つからず、路上にテントを張って隠れて夜を凌いだ辺りまでを読んで頂きました。


夜が明けて辺りも明るくなりかけた頃、手早くテントを片付け酷いムードのまま出発しました。その時点で旅は打ち切り、私を送るため前日通った5時間のルートを逆戻りすべく走り出しました。私は驚きもせず何も言いませんでした。彼は殆ど寝ていないので(私もですが)、私が何度も運転を交代すると申し出ても一向に同意しません。
「一時間でも運転代われば違うから。」
と言っても、どんなに具合が悪くても頑として自分で運転します。死んでも譲らないとはこのことです。案の定何回かヒヤッとさせられました。夜間はどうやっても眠れないのが運転すると眠くなるとは皮肉なものです。。

朝一番でエナジードリンクを飲むと、お昼頃には機嫌が戻って来ました。彼は今の状態で平静を与えてくれるものは、このドリンクしかないそうです。毒だらけなのですが、もう末期なので仕方ありません。

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彼の、具合が悪い時に周囲に当たり散らす有り様は目に余ります。私へだけではなく、例えば病院の看護士さん達へもです。その突き刺すような言葉で、ベテランの看護婦さんも泣き出してしまうのではと思った事もあります。若い看護士さん達へも私が後で謝って回った程です。

病院にいない時は私にその役(八つ当たりの対象)が回ってきます。そのために彼は私が必要なのです。言ってみれば介助犬No.2です。No.1のレニーも酷く八つ当たりをされます。レニーは小さい時からこの飼い主しか知らないし、おりこう犬なので我慢します。私の家に来るとレニーはずっと私の家の中にいます。私は以前から彼が死んだらレニーを引き取りたいと思っていますが、今の賃貸の所は既に許容のペットの数をオーバーしていて、、残念です。レニーは彼の従姉妹の大きな庭付きの家へ引き取られる事が決まっているので、心配なわけではないのですが。

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私は去年二コーラのケアテイカーとして短期間一緒に住んでいました。そしてその間三度逃げ出しました。ケアテイカーの正式な申請をして、数十時間のトレーニングも受けるつもりで、猫共々大移動をして他州の彼のRV(キャンピングトレーラー)が置いてある所へ赴いてみると、彼のお母さんが既にその役をしていて、私には家賃を助けるため他で働いて欲しいとの事でした。。

ところが見知らぬ田舎の土地で外国人など見た事もない人達が、まして特技もない私を採用するわけもなく、仕事を見つけられずにいると、義母は(結婚はしていませんが義母です)マリファナ製造場へ(仕事をもらいに)行けと言います。

彼はマリファナの常用者ですが、彼の痛みを緩和するものはもうそれ以外にはないのです。なのでそれが合法な州にしか住めず、旅もしません。私はずっとそれが違法な州ばかりに住んでいたので、そのカルチャーには馴染みが無く、そんな所で働けと言われた時はショックでしたが、結局当たってみました。が、採用にはならず実はホッとしました。見るだけでわかります。どこの誰だかわからない人間など絶対に採用にならないだろうことが。入り口からまず中へ入れないようになっているし、カメラがあちこちに付いているし、どこが玄関なのかもわからないようになっています。映画でしか見ないような所でした。ウロウロしているとどこからか人が出てきて、先週他の人を雇ったばかりだからと丁重に断られ、本当にホッとしました。

私は今では平気です。随分このカルチャーについては知るようになったし、今ではCBDオイルもその効用が認められてきているし、どのお店にも変な人はいません。ただ彼の場合は今始まった事ではなく、17歳の頃から常用していたということです。彼はもっと小さい時から、実のお父さんに運び屋をやらされていたのです。

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二コーラの両親は彼が5歳の時に離婚し、彼は4歳年上のお兄さんと共に父親に引き取られました。父親は妻へ肉体的な暴力は振るわなかったようですが、彼と同様激しい気性で、短気で罵声を飛ばし、モノに当たり、、、と言葉で書くとなんということもなさそうですが、その度合いは母親が幼い子供を残して去る決意をした程だったはずです。今では彼女は、この44歳の元夫そっくりな性格の我が子を6歳児扱いして甘やかし、それが彼を自分で育てられなかった罪悪感から来ているのは明らかでした。

彼は母親に育てられなかっただけでなく、今の多くの離婚家庭のように週末に会いに行くこともなく、半年に一度程度しか母親に会えなかったようです。それだけでなく父親から肉体的な暴力を受け、16歳で家出するまでの10年間以上を殴られて育ちました。彼の父親は彼と同様プロのアスリート並みの体力の持ち主で、ボストンマラソンに3度も出場したような人です。高校生の息子に徒競走で勝つこともできる、そんな人に大人並みに殴られて育ったことは想像を絶します。また父親は暴力だけでなく、子供をろくろく食べさせませんでした。彼はお腹を空かせて、父親に怯えて、何の助けもないまま一人で育ちました。多くの時は学校のランチだけが一日にありつける食事でした。そうして、遠くまで自転車で魚が釣れる所まで行き、釣って来た魚を一人で食べたり、銃を覚えて、リスを撃って食べていたと言います。こうして彼が野生を好み自然に還り、原始人のような暮らしを好んでいったのか、こうして家で眠ることができなくなったのか、わかりません。

また彼はその空腹のせいか、飲み物を異常な量飲む癖があります。昔も今もで、たとえば水やミルクや好物のチョコレートミルクなど、一気に半ガロン(約2リットル)飲んでしまうのです。今では腎臓に悪い事がわかっているので、その量には気をつけていますが、これが彼の普通に飲み物を飲む量です。それも手伝ってか、また栄養失調だったこともあるでしょう、彼の腎臓の疾患は小学校の検査において既に異常が見られていましたが、父親は一度も病院へ連れていかなかったそうです。そして20代の頃、初めて医者に正式な腎臓の疾患の診断をされ、既にその時点で「長くは生きないだろう」と言われたのです。

こんな風に育った人間がおかしくなってしまっても私は当然とさえ思います。彼は人から優しくされたことがないので、人にも優しくできません。でもその振りはできます、一応世の中を見てきているので。彼にとって優しくされることとは、金銭的に助けてもらったり、食べさせてもらうことです(=金銭的援助と同じ)。彼は優しくしてもらうために人を愛すのです。そして相手が疑いのステージに入ると、他の男性を真似してチャーミングになって、マメになって、優しい言葉をかけ引き留めます。それはたまにしかしない演技ですから熱が入ります。そして普段散々その人でなしぶりに耐えている相手は、その演技に騙されてすごすごと戻っていくのです。

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私は付き合って間もない頃、警察も巻き込むひどい仕打ちを受けたことがあって、その時彼の家族の一人から彼の性格の異常性について耳にしました。彼女はそれを、「はっきり診断されたわけではないが、統合失調症(schizophrenia)だと疑っている」と言いました。

隠すことではないわ、彼を知る人は誰でもその異常さにいずれ気づくはず。
とも言いました。

とてもショックでしたが、あまりにも思い当たる節がありました。やがて私はそれに加えて、彼は自己愛性人格障害であるとほぼ確信するに至りました。思い当たる節はあり過ぎました。今すぐその症状を50くらい軽く挙げることができます。

ネットなどの情報を読んでいて違うなと思うのは、自己愛は自己中とは違うところです。自己愛の人は自己中心的ですが、もっともっと病的です。いわゆる日本語のナルシストとは違います。ナルシストは自分に陶酔するところがありますが、必ずしも他人に有害ではありません。本当に自己愛性人格障害と診断される人は10人に1人ではなく、何十万人に1人とされています。

私は彼といて何か身に危険が及んだ時、助けてもらえるかどうかわからないと思っています。例えば彼はカヌーやカヤックが得意なのですが、カヤックは結構川などで転倒するらしいです。そうなった時、例えば流れに逆らえないなどの状況だったら、彼は溺れて流されそうになる私を見てさぞ快感だろうと思うからです。きっと助けに行くような振りをしながら、できるだけ長くそれを観察していたいと思うでしょう。それは私が死ねばいいと思っているわけではなく、ただ誰でもいいから人が苦しんでいるところ、困っているところを見るのが快感なのです。むしろ私には死んで欲しくないでしょう。新たに私の身代わりを探すのは面倒なので。本当にこういう人の心理は異常なのです。

私の親しい友人達3人が声を揃えて、
「その人だけはやめとけ。」
と言いました。懇願しました。

「抜け出すなら今だよ、もっとひどいことになる。」

「彼の家族が言ってるんだからその言葉をありがたく思って聞くべき。彼女の方があなたよりずっとよく二コーラのことを知ってるんだから。」
と。

それなのに私は私なりの理屈を作って、ケアテイカーになるべく彼の元へ自ら赴いて行ったのです。


(つづく)

もしもサポートを戴いた際は、4匹のネコのゴハンやネコ砂などに使わせて頂きます。 心から、ありがとうございます