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家に住めない人との旅 5


前回迄は病気を背負ったパートナーが「思い出を作る旅」に出たいということで、一緒にロードトリップへ出る運びを読んで頂きました。
目的地まで辿り着けなかった初日は、通過地点でキャンプ場を探しますが、どこも満杯で見つかりません。


やむ無く
その晩はMotelの部屋へ落ち着くしかないということに。でもこれは本当に二人とも一番避けたい道でした。彼はまず室内に泊まるのが嫌で、眠れないとわかっています。更にウィルスのため今ではどんな部屋も安全ではないと思っています。私はネコを隠して泊めることは最悪の場合のみです。そしてどうしてもそれが避けられないなら、ある特定のモーテルのチェーン以外はムリということを経験済みです。それはまず

①カーペットがない
②ネコが爪を研いでしまうようなソファやチェアがない
③ネコ2匹までOK
④ドアがエクステリアに面している=つまりネコのケージを運ぶのにフロントを通らなくて済む

でないと絶対に無理なのです。ホテルに着いてみてこの条件がネットの情報と違って、予約した部屋があるにもかかわらずまた別のホテルを一から探し、まるまる料金を捨てたことすらあります。そしてネコのケージを階段を上って何度も運び、おトイレを隠して運び、ほうきとちりとりも必ず持参して、チェックアウトする時はネコの毛一本、ネコ砂の一粒も残らないように証拠隠滅を徹底します。うちのネコはよく吐いたりもするので、オキシドールも持参します。ホテル側も、要は掃除が大変なので動物を禁止するのです。でも昨今ペットと泊まれるホテルは増えて来て、ホテルで働いたことがあるので知っていますが、ペットを隠して泊まる客も実際は多いです。

そのモーテルのチェーンはたいていどこの街にもあるので、そこを当たってみました。もうネコがおトイレを我慢するのにも限界の時間でした。ケージには最悪に備えてペットシーツが敷いてありますが、ネコはキレイ好きなのでギリギリまで我慢するのです。

一方彼は3-4時間キレっ放しです。普段から何でもないことでキレる人が、今日はかなり運の悪い日になってしまい、私は無言で彼の罵倒を何時間も聞いていました。

モーテルのオフィスで時間を取ってるところをみると、運の悪さは序の口かもしれないと思えてきました。彼は車に戻って来ると何やら荷物を大げさに動かしています。

「どうしたの?何だって?何探してるの?」

このように尋ねることが一層彼の機嫌を損ねます。

どうやらサービスドッグ(介助犬)であるレニーの証明書を見せろと言われたようでした。レニーはサービスドッグと書いてある首輪とハーネスをしていることで、それ以上に証明書を見せろと言われたことは今までありませんでした。介助犬はどんなお店でもレストランでもホテルでも病院でも一緒に入れます。

そしてもう二度と元通りにするのは無理なほど荷物を散らかした後に出て来た証明書を手に、再度オフィスに戻ります。私の助手席からオフィスのカウンターが見えます。祈る思いで彼がキレずになんとかチェックインをできるのを待っていると、

”Let's cancel the whole thing!” (=もう結構)

と吐き捨てる彼の言葉が聞こえました。今度は何も聞かず理由がどうであれ、ダメになったことをただ認識しました。
 

山男で世捨て人の彼はクレジットカードを持ちません。昔からずっと現金主義で、それ以外のものを信用しません。アメリカではカードを持っていないとどうにもならないことがよくありますが、日頃から彼の家族がそれを繕っているのです。彼の家族は全員「普通の人」です。私は初めて家族に会った時、普通に暮らしている普通の人達だったことに驚いた程です。それまでは彼はオオカミに育てられたと思っていたので。

そして彼は今、自分一人だったらおそらく直面しないだろう問題に突き当たり、更に更にキレています。要は、現金で払う場合は更にデポジットが必要だと言われたらしいのです。これには私も驚きました。特にハイウェイ沿いのモーテルでは、他州からの流れ者によるカードの偽造や盗難やらの問題で、ホテル側が現金しか信用しないという事はあっても、現金で払うと言っているのにそれを信用しないというわけです。

少ししてそこはRenoというカジノで有名な、現金が錯乱している街で、おそらくニセ札が出回っている可能性があることに気づきました。Renoにやってくる客は殆どがカジノ目当てです。私は10年前にもこの街を一泊通過したことがありますが、なんとなく長居したくない雰囲気だったのを憶えています。それだけでなく、私はほんの2年ほど前に個人情報の盗難の被害に遭い、私のデビットカードが手元を離れることなく30万円相当も使い込まれたのがまさにこの土地でした。よりによってその街を通過するとは。。

そして次々に上乗せされた料金は今では部屋の料金の2倍まで跳ね上がっていました。

デポジットとは翌日チェックアウトする時に返ってくるという意味ではありますが、ここはアメリカ、ここはReno、一度手渡してしまったものは戻って来なくてもおかしくはないと思っている方が賢いです。ましておそらく彼は元々泊まりたくもないホテルに(チェックインした後で恐らく車に戻って来て寝ることにもなるだろうし)そんなべらぼうな料金を払うことに対してもキレてしまったのでした。

そうして、その付近のモーテルを物色したりスマホで探したりしました。が、私はモーテルにネコと一緒に泊まるという難題には精通していて、それを覆すことにはなりませんでした。

「ハイウェイのレストエリアまで行って、そこで数時間仮眠を取って、早朝また出直そうよ。」

と提案しましたが、レストエリアは何十マイルも先だと言います。普段から私の提案に対して10回中9回はNOという人です。

「とにかくネコを一旦出しておトイレをさせてあげて。」

と懇願しました。もうネコ達はバックシートでニャーニャーと要求を露わにしています。どこにトイレを置くつもりだと聞くので、助手席に一時的に(どうやっても他に場所がないので)と言うと、3日かけて車を掃除したから駄目だと言います。

私はその時点で、いろんなことを中断してこの人でなしと旅に同行してしまったことを改めて悔やみました。彼の言動にはそれ程驚くことはなかったものの、自分だけでなくみんな物言わずに我慢しているのに、一人だけ被害者気取りでわめいています。また彼はOCD(Obsessive Compulsive Disorder=強迫性障害)という、言わば潔癖症のようなところがあります。ネコの毛やチリや埃に耐えられなく、掃除ばかりしている「キレイ好き」を越えた性質です。自分は大型犬と外で暮らしているというのに。これについても私達は既に何度も議論済みであって、もうその晩それを繰り返す余力は残っていませんでした。OCDは人にもよると思いますが、彼は公衆のトイレも使いません。ウィルス以降ではなく、ずっとそうなのです。どんなにきれいなカフェのお手洗でも徹底して使いません。ホテルや人の家に泊まれない、眠れないというのもそれと無関係ではないかもしれませんが、よくわかりません。彼は自分でもOCDは認めています。多くの人にとってはOCDは半分冗談で、誰にでもこだわることはある、という意味に使われることが多いですが彼のは筋金入りです。OCDの人はまた、モノがいつも同じ所に同じ状態でないと気になって仕方がない、耐えられないという面もあります。

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そうしてまだ夜は終わらず、私達のどうしようもなく他に行き場のない旅は続きました。レストエリアへとっくに行けていた距離をはるかに上回り、更に時間とガソリンを使って、隣の街へキャンプサイトを探しに行きました。私は事前に、ウィルスと山火事の影響でキャンプサイトが閉鎖してないかネットで調べました。行き当たりばったりで、計画は毎日のようにコロコロ変わる彼の事は100%当てにできないからです。するとタホー湖においては、18か所のキャンプ場が閉鎖しているとの情報を得て、それを彼には事前に言ってありました。でも否定的なことばかりを言うのもなんなので、今回は彼の好きなように(考えれてみればいつもですが)させようという気もありました。彼はどんな状況でもどんな所でも生き残れる人ですが、私とネコ達は違います。そして私達への配慮は「ない」ことを改めて思い知らされました。

更にはタホー湖というところは、ミドルクラス以上の比較的裕福な人が集まる避暑地で、私の裕福な知人が何人も別荘を持っているような所です。ホテルもレストランも私達が行くような安い所はありません。なんでアメリカ大自然の旅の出だしが、こんなキレイに整備された観光地になったのか、彼はタホーのことをどれだけ知っているのか、、、と疑問には思ったものの口には出しませんでした。何か口に出すとなんとなく批判的になってしまうからでもあるし、楽しい旅にさせてあげたかったのもありました。

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そうして止む無く彼が取った策は、なんと路上にテントを張ってそこで寝るというものでした。ハイウェイの大きな出口の近くに、細い道へ繋がる小さな出口があり、比較的交通量が少なく行き止まりでもあるような所をさすがによく知っています。とはいえ、道の路肩にいきなりキャンプ用のテントを張ったのです。傍にはトラックが一台停まっていて、彼は「ああいうのは間違いなく人が中で寝ている」と言いました。そういう車を摘発するために警察がパトカーで巡回を続けています。車で暮らす彼はその辺りの事情は詳しく、こうなっては従う以外ありませんでした。そして暗闇の中真新しく私が買ってあげたテントをなんとか広げ、やっとネコ達を解放しました。


(つづく)


もしもサポートを戴いた際は、4匹のネコのゴハンやネコ砂などに使わせて頂きます。 心から、ありがとうございます