月曜

月曜の朝は日曜に買っておいた「朝が楽しみになるように」のちょっと豪華なご飯を食べる。今日はコンビニのブリトー。嬉しいと思えば嬉しいけど、別にこんなものを食べないで済むならそれが良いとも思うと、そんなに嬉しくもない。チーズが陽気に伸びてそれが少しムカついた。昨日は寝る寸前までお酒を飲んでいたので寝起きの顔が浮腫んでいる。顔を整える。下地、ファンデーションを塗り込み、ピンクブラウンのアイシャドウを塗り、アイラインは控えめに、マスカラは塗らない、薄い色のリップを塗る。鏡を見る。こんな顔だったっけな、と思う。

会社までは満員電車じゃないし、そんなに遠くもないから苦痛ではない。上司に「会社の近くに引っ越したの?」と聞かれた。違いますよー、住んでみたかったんですと答えた。半分本当半分嘘。上司の言うように通勤時間が嫌で近くに引っ越したってのもあった。
でもそれは、あまりにも仕事が生活であるってこと、私の人生の中に仕事が入っていることを認めてしまうようで悔しい。それに今の仕事なんて辞めてやるって気持ちも、一緒に諦めてしまう気がした。なにかのためにそれを選んだことが事実になってしまったら、そのなにかは私のとって大きなものになってしまう。それを現職にしたくなかった。じゃあ、なんのためになら選ぶことができるんだ?と考えて、やめた。そんなことを考えていたら会社の最寄りに着いているくらいには、近いところに引っ越している。

最寄りからは10分だか15分だか、それくらいは歩く。通勤時間には韓国アイドルの曲かcryamyを聴いている。究極まで嫌な日、例えば大雨とか、残業が確定している日は韓国アイドルを聴く。最近だとtriple Sのgirls never die。勇気付けられる曲として、韓国の学生たちの間で流行っているらしい。熾烈な受験戦争、不確定な未来、そういった世界に立ち向かって行く彼らへの裏応援歌みたいなものだろう。「最後までやってみるよ 諦めない」「倒れても立ち上がる」だとか、そんな歌詞。
前向きな歌詞だけど「諦めない」っていうのは諦めそうになった経験や厳しい環境があったわけで、「倒れても立ち上がる」って、倒れたことがあるってことで。太陽に向かって微笑むような曲ではなくて、倒れて擦りむいて痛む足や口に入った砂を受け入れてそれでも進んでいくような曲。そんな曲を聴いていると「やってやるかー」くらいの気持ちにはなれる。彼女たちのように「立ち上がってやる」とはなれないし立ち向かうような敵もいないけど。パワーを少しだけ分けてもらえる気がする。
その他、究極に嫌な日でなければcryamyを聴く。これはもう、ささやかな抵抗。悪い意味ではないんですけど、仕事をちゃんとやってる人って聴いてなさそうじゃないですかcryamyって。朝電車に乗って、それなりにでっかいビルに向かって進んでいくような「できた人間」が聴いてなさそうな音楽を聴くことがお守りみたいなもので。洗練された控えめな色味のトップスにシルエットの綺麗なパンツを身につけて、名の知れたブランドの丈夫なトートバッグを持って、パンプスなのにスニーカーの私よりも歩くのが速い。そんな確かな人生への矜持を持っているような人たちの中で私は生活をしている。彼らと闘えないよ、と思う。だからできるだけそこから遠い場所に行きたくて彼らの聴かなそうな音楽を聴く。外野だと思っていたい。この波の中で、私は違って、私は私で大丈夫なんだと思いたい。はみ出て特別になりたいとかそういうことではなくて、まだ私は私なんですよってことを認識していたい。「どこかに行きたいのにどこにも行けない」って歌詞は通勤途中の私には過剰な感傷成分で笑えてきてしまうんだけど「なにかを祈りたいのになにかを願いたいのに」って歌詞は毎度毎度ズキズキする。なにかを祈りたい、なにかを願いたいって苦しいよね。私もなにかを願いたいって思いながら会社に向かってるよ。どうにかならないかな〜って思いながら、毎日仕事してる。どうにか、とか、なにか、とか具体的ななにもを持たない人間はずっと「願いたい」って気持ちだけが空振りを続けている。
だだっ広い平野で1人で何万回も素振りしてる私を想像して、愚かで可愛いなと思う。そんなもんだったら良いのに。

会社に着いたら後はもう無心で仕事と向き合う。としたいけど、無心にはなれない。誰かの笑ってる声とか、少しイライラを隠した声とか、咳払い、変な汁の啜り方の音とかそういうのが全部入ってきて、私の無をかき乱してくる。仕事はするけど、基本はぼーっとしている。一瞬バッと進めて、ボーッとして、バッと進めてのサイクル。でもボーッとしているとは言っても、頭で考えてはいる。
決まった感覚を開けてトイレへ向かい、休憩する。自席で堂々と休憩ができない。小心者なので。
トイレに行くたびに鏡と向き合って、髪を整えて「絶対こんな顔じゃなかったよな」となっている。
私ってこんな顔だったっけな。こんな感じだったっけ。どうしたら良いんだっけ。
そう思いながら席に戻って、それまでの感覚を忘れて、仕事をする。その繰り返し。

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