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【エッセイ】ノイズが多いな

webに貼り付けられた広告
行き交うひとの足音
Twitterの声
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テレビのコメンテーターの発言


高度に発展した社会で平静なんてどこにあるのだろうか。
だからこそ、マインドフルネスなんてカタカナが流行ったのか。
そういえば、ダルビッシュがクソリプを送ってくる、アンチたちを羽虫のように例えていたな。
あれは有名人でなくても起きている。
今はWi-Fiや酸素のように情報の羽虫が飛び交う環境である。有名人になるとそれが見える化してしまう。考えて見て欲しい。自分の目の前にある空気の分子がそれぞれ色を持っていたらどうだろうか。目の前をフワフワと青色のHや白色のNが点として飛び交っていたら、不快でしかない。解像度なんて言っていられない。常に情報の羽虫は飛んでくる。

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見なければいいで片付けられる人は多くない。スマホを持っていてSNSに触れないなんて不可能に近いだろう。嫌でも目に入る。電子には快も不快もないのである。
しかし、そこで心を揺さぶられるのはどうだろうか。その振動は真なのか?実なのか?
真ではあるだろう。目に見えない力学で自分に作用したのだから真と言える。
しかし、あくまで目に見えない形の力学というわけだから実とは言えない。給料が減った、スマホが壊れたなどと、モノを失ったということではない。
実でないのであれば、自分の時間に入れなくてもいいのではないか?米国のデモを心配する心の余白がある人はどれほどいるか。
心が140文字で揺さぶられることはあるが、あくまで140文字でしかなく、歴史に名を残す名著に比べると重みが違う。デカルトの方法序説とは違うのである。
そう考えると、映像が発達したのも理解できる。簡単に情報を高クオリティで網膜に焼き付けることができる。リッチなのはライブ、映像、活字の順番であろう。だからこそ、5Gによって真に動画の時代が到来すると言われているのか。映像が与える情報は真実にも虚構にもなり得る。
5Gになり動画の解像度が今以上になる未来では、映像はより一層、真実として扱われるようになるだろう。社会の監視の目は厳しくなるかもしれない。
ははあ。これもノイズの一つか。


結局のところ自分なのである。社会が心地いいかではなく、自分が心地いいかしか考えていない。社会や世界が自分に何をしてくれるかであって、自分がその世界を作っている要素であるという視座がない。
「対面で言わないようなことはSNSであっても言ってはならない」という解決方法では弱すぎる。違法アップロードがなくならないのと同じだ。本人は悪いと思っておらず、その言葉は届かない。
それでいいのだろうか。いいのだろう。それが自分の頭で考える能力を劣化させ続けたこの国のマジョリティだ。
学校は10%のやる気のある教員で成り立っている。異常と言われる1%の人間が99%の生存を支えてきた今がある。
よく授業でレゾンデートル(raison d'etre)について話す。まぁ10代がそんな言葉なんて知らないが。レゾンデートルとはフランス語で、簡単にいうと「自身が信じる生きる理由、存在価値」である。
スティーブ・ジョブズは「If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?(もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?)」と問いかけた。
孫正義は「あなたがそれをしなければ、死んでしまうことをやりなさい。」と説いた。
自分中心でいいじゃないか。しかし、それはワガママでいいということでは決してない。迷惑をかけてもいいということではない。
「死ぬほどテレビゲームをしたい」というレゾンデートルでもいいだろう。もちろん、自分の人生をかけて成そうとすることでもいいだろう。
9割のレゾンデードルのない方のために、1割のレゾンデードルが補う。それでいい。それがこの国の教育、そして歴史じゃないか。


人は誰しもが哲学者である。
自分の頭で考えて、自分にとっての正解を出すしかない。自分にとっての正解は書店では売っていないのである。
書店に並べられている正解から学べることも多いだろう。先人から学ぶことは大切である。しかし、それはあくまで他人の正解であり、記されている通りに行っても自分はうまくいくという保証はない。
既に正解を見出だし、成功している者を羨んでも何も生まれない。羨むぐらいなら手を動かそう。
成功なんてものは、その手にワイングラスがあるか、キーボードがあるか、ペンがあるかの差ぐらいでしかない。
当たり前の話だ。
隣の席のクラスメイトより高得点を取りたいのであれば、その者よりも多くの時間ペンを走らせなければならないなんて自明である。


偏差値
身長
年収
体重
点数
合格者数
フォロワー数
この国では数字は正解の一つだ。
それでいいじゃないか。この声も単なる1でしかない。
しかし1は 1であって0ではない。この声も誰かの何かになるかもしれない。自分自身もノイズを奏でよう。願わくば、このノイズが誰かにとって気持ちのいい音になることを。


いかがでしたか?
エッセイを投稿したのは初めてです。
普段考えている超個人的な視点の一部を活字化してみました。あくまでエッセイです。

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