カエターノ・ヴェローゾのアルバム全部聴く

こんにちは、9か月ぶりくらいの更新です。
僕は中学生くらいから基本的に日本のポップスと、英米のロックを中心に音楽を聴いてきたのですが、最近ブラジル音楽を聴いていることが増えました。特に、9年ぶりのオリジナルアルバムがリリースされたばかりのカエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)に関してはほとんど虜と言っていい具合で、久々に一人のアーティストに夢中になった喜びの冷めないうちにと、このnoteを開いた次第です。
カエターノ・ヴェローゾは1960年代から活躍しているMPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)のレジェンド的存在で、日本語の文献も豊富に出ています。ニワカの僕がわざわざ論じられることはないので、僕と同様のロックリスナーが興味をもってくれたらと考えつつ、オリジナルアルバムそれぞれの短いレビューを書きました。
以下、古の音楽系個人ブログや2chの全アルバムレビュースレへのオマージュを込め、オリジナルアルバム30作の感想を述べつつ、★=2点、☆=1点で10点満点の評価(僕個人の好みですが……)をつけるという、シンプルな形式でレビューを並べています。
なお、CDを買って歌詞の対訳が読みたい人もいるだろうと、まだフィジカルで発売されていない最新作以外はAmazonのリンクを貼っています。ものによってはそこから配信にも飛べます。
それでは、サブスクか何かで実際にアルバムを再生しつつお読みください。


1.『Domingo』(with ガル・コスタ。1967年、邦題:ドミンゴ)

記念すべき最初のアルバムは後にもたびたびコラボすることになるガル・コスタとのデュエット作。時代としては、ボサノヴァ・ブームが終わり、しかしトロピカリアが始まる前のちょうど間隙にあたる。すでに才能迸るカエターノの曲と、何かが終わってしまったような冷めた男女デュエットがたまらない。トロピカリアの前にこれが出て本当に良かったなあ。ピチカート・ファイヴ『couples』のような退廃感ある音楽が好きな人は必聴。★★★★★

2.『Caetano Veloso』(1968年、邦題:アレグリア、アレグリア)

カエターノはセルフタイトルのアルバムが何枚かあるが、これはわかりやすくサイケなジャケットなので間違えることはないはず。ビートルズ『サージェント・ペパーズ〜』に思い切り影響を受けているが、何せ凡百のサイケバンドより曲がいいし、言葉遊び的な詞がとにかく耳に残る。トロピカリアの始まりのアルバムと言われている。★★★★☆

3.『Tropicália ou Panis et Circensis』(with ジルベルト・ジル、ムタンチス、ナラ・レオン、ガル・コスタ。1968年、邦題:トロピカリア)

カエターノが発案し、当時気鋭のミュージシャンたちと作った、サイケデリックロックに受けた衝撃が伝わってくるオムニバスアルバム。当時のブラジルの状況からいうとエレキギターでロックをやるというだけでも立派な政治運動であり、クラシックや伝統音楽とポップミュージックをコラージュしたようなサウンドは、前衛と消費文化の境界を撹乱するポップアート的試みであった。カエターノとジルベルト・ジルはこの後に投獄される。ロックが好きでMPBに興味のある人はお試しとして聴いてみるといいかも。★★★☆

4.『Caetano Veloso』(1969年、邦題:ホワイト・アルバム)

イギリスに亡命する直前にベーシック・トラックが録音され、後にオーヴァーダビングされたアルバムなのだが、そういう事情を感じさせない複雑さ。ボサノヴァとロックだけでなくポルトガルのファドやアルゼンチンのタンゴの要素も。まだサイケデリックな雰囲気が残る。★★★☆

5.『Caetano Veloso』(1971年、邦題:イン・ロンドン)

邦題の通りロンドンへの亡命中に録音され、ほとんどの曲が英語で歌われている。最小限の楽器で演奏されるフォーキーなアレンジで、どこか諦めたような空気が漂うが、それでもブラジルらしいリズムが残っているのが面白い。「If You Hold A Stone」では前作でも歌われた伝承歌「Marinheiro Só」が引用されており、螺旋状に盛り上がっていくような構成がかっこいい。★★★☆

6.『Transa』(1972年、邦題:トランザ)

最高傑作の一つだと思う。これもロンドンで録音され、半分以上の曲が英語で歌われるが、これまで以上にパーカッシヴで、ブラジルの伝統音楽に立ち返りつつロックやフォークと融合させている。名曲揃いだが筆者は特に10分近い「Triste Bahia」に惹かれる。「Nine Out Of Ten」ではイントロとアウトロでレゲエのリズムが現れるがすぐフェードアウトしてしまう。まだ自分のものにしていないという気持ちの表れなのだろうか。★★★★★

7.『Araçá Azul』(1973年、邦題:アラサー・アズール)

実験的でややとっつきづらいアルバム。ビートルズの「Revolution #9 」のようなサウンドコラージュを凝らした長尺曲があるかと思えば、ギター弾き語りの美しい曲もある。★★☆

8.『Jóia』(1975年、邦題:ジョイア)

前作での実験が功を奏してか、声とギターと最低限のパーカッションという編成でも単調にならず、緊張感のあるアルバムになっている。伝統に回帰しつつもビートルズ「Help!」のカバーがあったりと、カエターノのカラーを楽しめる。どこか冷たくも色っぽさのある歌声も本作でひとつの完成を見たか。★★★★

9.『Qualquer Coisa』(1975年、邦題:クアルケル・コイザ)

『ジョイア』と同日発売で、元々は2枚1組になる予定だった。「Jorge De Capadocia」は盟友ジョルジ・ベンの曲だが、アレンジはどこかミルトン・ナシメントのようだ。ビートルズのカバーが3曲も入っているが、どれも自分の色になっていて、憧れに一つの区切りをつけるためのカバーかとも思わせる。★★★☆

10.『Bicho』(1977年、邦題:ビーショ)

「Two Naira Fifty Kodo」ではナイジェリアのポピュラー音楽、ジュジュを取り入れているなど、黒人音楽のルーツへの接近を図っている(※カエターノはアフリカ系の血が1/4入っている)。ファンキーな「Odara」は「Cinema Transcendental」を予感させるし、ニール・ヤングを思わせるようなルーツ系ロックナンバー「Tigresa」が入っていたりとバラエティ豊かなアルバム。2001年のライブ盤『Noites Do Norte Ao Vivo』では、本作収録曲のうち何曲かがより洗練された形に昇華されているのが聴ける。★★★

11.『Muito (Dentro da Estrela Azulada)』(1978年、邦題:ムイト)

前作までの伝統音楽への参照とディスコ時代への目配せを兼ねた、ヒット前夜の一作。ボサノヴァをベースに、ジャズ、ファンク、インド音楽などが気持ちよく融合している。「Muito Romântico」は讃美歌風? 本作からしばらくバックバンド、オウトラ・バンダ・ダ・テーハを従えて演奏している。★★★★

12.『Cinema Transcendental』(1979年、邦題:シネマ・トランセンデンタル)

ポップでファンキーな曲が並び、商業的に成功した。中盤のワウギターやシンセの使い方は、90年代のクラブミュージック・ブームの中でも再評価されたマルコス・ヴァーリの同時期の作品を思い出すし、ステレオラブのファンにもぜひ聴いてほしいアルバム。後にコラボすることになるジョルジ・マウチネルの曲「Vampiro」あり。★★★☆

13.『Outras Palavras』(1981年、邦題:オウトラス・パラーヴラス)

ポップでファンキーな曲が並び、前作に引き続きヒット。他のアルバムと比べるとちょっと聞きどころに乏しい気が。★★☆

14.『Cores, Nomes』(1982年、邦題:コーリス・ノーミス)

ソフト路線の一つの到達点。カエターノの歌声がセクシーさを極めており、ファンキーな曲からバラードまで聴かせる。「Cavaleiro De Jorge」はジョルジ・ベン的な入り組んだファンクナンバー。★★★☆

15.『Uns』(1983年、邦題:ウンス)

この時代らしいクリーントーンのエレキギターとウネッとしたベースに彩られている。ルーツに根差しつつ、英米ないしは日本のAORブームとも並走するアルバムと言えるだろう。オウトラ・バンダ・ダ・テーハを従えた最後のアルバム。★★★

16.『Velô』(1984年、邦題:ヴェロー)

全体的にニューウェーヴ的なサウンドだが、ちょっと時代を感じる。1972年に原曲が発表され、レゲエへのオマージュを垣間見せていた「Nine Out Of Ten」が、ついにレゲエのリズムで収録。「Língua」は初のラップか。 ★★☆

17.『Caetano Veloso』(1986年、邦題:カエターノ・ヴェローゾ)

カエターノは80年代までずっとフィリップスからアルバムを出しているが、こちらはノンサッチから発売された。そうした事情からも察することができるように、ギターの弾き語りがメインの作品である。ピンと張った緊張感がある一方でどこか人懐こいのは、マイケル「Billie Jean」のカヴァーが入っていたりすることだけが理由ではないはず。円熟……!という趣の一品。★★★★

18.『Caetano』(1987年、邦題:フェラ・フェリーダ)

80年代的なシンセサイザーの音と生楽器・生の歌声が、優れたサウンドプロダクションによりうまく絡み合っている。その融合のさまはなんとなくプリンスを連想させる。特に「Noite de Hotel」のペラッとしたギターソロはプリンス的だなあと思ったり。おそらく一番売れたアルバム。★★★★☆

19.『Estrangeiro』(1989年、邦題:エストランジェイロ)

当時アンビシャス・ラヴァーズとして活動していたアート・リンゼイとピーター・シェラーがプロデュースしている。また、ビル・フリーゼル、マーク・リボーなどアメリカのプレイヤーが参加するほか、ナナ・ヴァスコンセロスが初参加。全編にわたりノイジーなギターと3+3+2のラテンビートが響き渡る。日本でのカエターノ人気に火がつくきっかけとなった。★★★★

20.『Circuladô』(1991年、邦題:シルクラドー)

前作に引き続きアート・リンゼイがプロデュースし、旧友ジルベルト・ジルとガル・コスタに加え坂本龍一が参加など、さらに豪華なメンツ。また、後にプロデュースを手がけることになるジャキス・モレレンバウンが2曲で参加。内容は前作の方向性をさらに洗練させ、ファンクあり、バラードありのバラエティ豊かなものとなっている。ジャケットはアレだが侮るなかれ。★★★★☆

21.『Tropicália 2』(withジルベルト・ジル。1993年、邦題:トロピカリア2)

Spotifyにアップされていないため中古盤を購入。『Tropicália ou Panis et Circensis』25周年を記念した、カエターノとジルベルト・ジルのコラボ作で、2人がそれぞれ築いたアフロ×ブラジル的な作風を引き継ぎつつ、『Livro』『Noites do Norte』 のさらに洗練された方向性に繋がるような作品。のっけからラップしているし、ポストロック的にさえ聞こえる曲もある。ジョアン・ジルベルトもカバーした名曲「Desde Que O Samba É Samba」収録。★★★★

22.『Fina Estampa』(1994年、邦題:粋な男)

ラテン・ヒットのカヴァー集。ソフトでオーセンティックな仕上がりとも言えるが、カエターノの落ち着いた歌い方が古典ナンバーをうまく現代的にしている。本作から『Noites do Norte』 までジャキス・モレレンバウンがプロデュースで参加。★★★

23.『Livro』(1997年、邦題:リーヴロ)

キャリア後半の最高傑作の一つ。アフリカ~ブラジル音楽のリズムとヒップホップのループ感を、クールジャズ的な流麗なストリングスでさらりと聞かせる。「Livros」のズレたリズムは本当に格好良い。直接の影響関係はないと思うが、本作と次作はネオソウル好きな人も聞くべきアルバムでは。これが気に入った人はライブ盤『Prenda Minha』もぜひ。★★★★★

24.『Noites do Norte』(2000年、邦題:ノイチス・ド・ノルチ)

前作からさらに装飾を剥ぎ取ったバチバチのソウルアルバム。黒人奴隷の歴史をテーマにしているが、単に重いのではなく詩的にまとめられている。『Bicho』あたりから螺旋状に築き上げられてきた黒人的要素がここで完成されたようなイメージ。個人的にはひねくれたロックナンバー「Rock'n Raul」が好き。★★★★

25.『Eu Não Peço Desculpas』(with ジョルジ・マウチネル、邦題:カエターノ・ヴェローゾ&ジョルジ・マウチネル〜オレは謝らない)

トロピカリア運動の重要人物であるジョルジ・マウチネルとのコラボ作。カエターノの一人目の妻との子供モレーノ・ヴェローゾやドメニコ・ランセロッチとともにMPB新世代を代表する存在であるカシンがプロデュースしている。ハイ・ラマズのショーン・オヘイガンやコーネリアスとも交流のある彼のプロデュースはやはりどこかポストロック的で、始終ヘンな音が鳴っている楽しいアルバムとなっている。★★★★

26.『A Foreign Sound』(2004年、邦題:異国の香り〜アメリカン・ソングス)

アメリカのポップスを中心にまとめたカヴァー集。ジャズ・スタンダードあり、ボブ・ディランあり、ニルヴァーナありのサービス精神マシマシのアルバムだが、75分とかあるのは流石に長く感じる。アート・リンゼイがやっていたバンドであるDNAの決して有名とは言えない曲「Detached」がカヴァーされているのはアツい。Spotifyで配信されていないスティーヴィー「If It's Magic」は未聴。アメリカ盤は曲のラインナップが異なり、トーキング・ヘッズ「(Nothing But) Flowers」も収録されているのだが、こちらも未聴。★★★

27.『Cê』(2006年、邦題:セー)

バックバンド、バンダ・セーを従えた3部作の1作目。ミニマムな編成で聞かせるポストパンク(・リバイバル)的なアプローチで、同時期のアメリカのポストパンク・リバイバルと呼ばれるバンドたちと比較しても遜色のないロックアルバム。ポストパンクの冷たさと、カエターノのどこか冷めた歌声がよく合うことに気付かされる。ポルトガル語圏での再評価のきっかけとなったそう。★★★★

28.『Zii e Zie』(2009年、邦題:ジー・イ・ジー)

前作の方向性をさらに押し進めたような内容。ドラムがやや後退し、よりギターの音に意識がいくようになっている。本当にギターが好きなんだろうなこの人。★★★☆

29.『Abraçaço』(2012年、邦題:アブラサッソ)

変態インディーポップが並び、終盤のバラード曲にもどこか一捻りある、バンド体制の集大成的アルバム。おそらく同時代のブラジル音楽の流れを知っているとより面白いアルバムなのだと思うが、USインディーに慣れた耳で十分に楽しめる。「Estou Triste」のギターには思わずペイヴメントを連想する。★★★★☆

30.『Meu Coco』(2021年)

『Noites do Norte』『Cê』のアヴァンギャルドなカエターノと、『Fina Estampa』の伝統的なラテン音楽を愛するカエターノが気持ちよく一体化している。今のポストジャンル的な流れをも感じさせられるアルバムだ。共同プロデューサーのルーカス・ヌネスは、カエターノの二人目の妻との子供トン・ヴェローゾも参加するバンド、ドニカ(Dônica)のメンバーで、サウンドに2021年らしい立体感を与えている。79歳という年齢を感じさせないカエターノの美声も見事と言うほかない。★★★★☆


さて、皆さんの気に入りそうなアルバムはあったでしょうか。
30枚聴いて思うのは、月並みですが、50年以上活動しているのに時代にバチッとハマった音を出し続けるアンテナの高さと創作欲ですね……。特に、節目節目で若いプレイヤー・アレンジャーを起用するのが、音が時代遅れにならない秘訣なのだと思います。
そうした姿勢で言うと、コラボしたこともあるデヴィッド・バーン(『Live At Carnegie Hall』で検索してください)と比較できるところもあるかと。
僕はカエターノの詩や思想的な面も気になっており、昨年邦訳が出た著作『熱帯の真実』なども読んで勉強したいと思っています。

それでは、次の更新がいつになるかわかりませんが、また……。





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