奇跡を呼ぶ施しの人生

ロックフェラー、施す幸せ

ジョン・デイヴィソン・ロックフェラー(John Davison Rockfeller、1839〜1937)は高校を中退し、穀物問屋の経理として社会生活を始めたが、後に米国の石油会社の95%以上を掌握した石油王であり、世界最高の財閥だった。しかし、金持ちになる過程で、労働組合を弾圧し、カルテルを利用して競合他社を破産させる方法を用いたので、彼は多くの人から非難を浴びた。当時ルーズベルト(1858〜1919)大統領が「ロックフェラーがいくら善行を行なっても、その富を積むために犯した悪行を償うことはできないだろう」と非難するほどであった。あまりにもお金しか知らなかったので、ロックフェラーは齢53歳で世界一の富豪となったが、良い稼ぎがあるという情報を聞くとき以外は笑わなかった。

しかし、ロックフェラーは54歳になった時、不治の病にかかって毎日牛乳一杯で延命して死ぬ日を待つ身の上になってしまった。彼にはアローフィッシャー(alopecia)という脱毛症のような病気があったが、髪の毛と眉毛が抜け、体がやつれ、痩せ細っていく病気だった。ある日医師は、このような状態で1年を越すのは難しそうだと死刑宣告を下した。ところが、ロックフェラーは最後の検診を受けるために車椅子に乗っていた際、病院のロビーの額縁の文章が目に入ってきた。「与える者が受ける者より祝福をたくさん受ける」ロックフェラーはその文章を見た瞬間、胸の中に戦慄が起こった。

その時、病院の受付窓口で幼い少女の母親が泣きながら娘を入院させてほしいと懇願し、病院はお金がなければ入院できないと争う声が聞こえた。ロックフェラーは秘書に親娘に内緒で入院費を支給させ、後に少女が病から回復すると、ロックフェラーはその瞬間をこのように表現した。「私は今まで生きながら、これほど幸せな生き方があると知らなかった」

ロックフェラーはその時から分かち合いの生を決心し、実行に移した。彼は「人類の福祉の増進」というスローガンを掲げ、ロックフェラー財団を発足させ、シカゴ大学、ロックフェラー医学研究所など各種の財団に巨額を喜捨した。すると不思議なことに、彼の病気も洗ったように治り、齢98歳まで長生きし、慈善を続けることができた。ロックフェラーは「人生前半期55年は追われながら生きたが、後半期43年は幸せに生きた」と回顧し、人々はもはや彼に冷たい視線を送らなかった。そして彼の名前は後世に美しく記憶されている。

他人に施す生は常に美しい

このように他人に施す生は常に美しい。今日、ビル・ゲイツやウォーレン・バフェットのような富豪が社会に財産を還元し、寄付していることは美しい精神的資産であることに間違いない。いくらお金をたくさん儲けても、ロックフェラーの前半期の人生のように暖かい心がなければ、その富はせこい乞食と違わないだろう。しかし、血の汗を流して集めた財産をいかなる対価も望まず、人のために捧げることは最高級の人間だけができることである。また、施す生はロックフェラーの病気を癒したように奇跡を呼び起こす。

実際に行なった研究結果によると、ボランティアをする人はそうでない人より長生きし、強い免疫システムを有しており、若い時ボランティアをする人はそうでない人より優れた働き口を得るようになるという。また、「テレサ効果」というものがあるが、これは、奉仕を考えたり、見たりするだけでも、心が善良になり、体も影響を受けて、身体内に免疫物質が生じる現象を指す。そして米国の「クリスチャン・サイエンス・モニター」誌の「寄付の驚くべき真実」によると、1ドルの寄付は19ドルの収益を招き、貧富の格差や社会葛藤の解消などの無形の社会統合効果まで引き起こすという。

施すことは必ずしもお金があってはじめてできるものではない。私たちは持っているものがなくても、他人に施せるものがあまりにも多い。私たちの隣人が、私たちの笑顔を必要としているなら、笑顔を与えてあげ、また、温かい一度の握手を期待する人がいるなら、手を伸ばせばいい。しかし、何よりも霊的に苦しいこの時代に霊魂を生かす真理の御言葉と愛を施すことこそ、最も偉大な生であろう。分かち合えば分かち合うほど、その喜びが大きくなる愛と天国に導く真理を実践していきたい。

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