20*C+M+B+22 ドイツの住宅の玄関の扉やドアの回りの梁や壁に見えるサイン

 今回の投稿は、新年2022年に入って初めての投稿である。今日1月8日にこれを書いているが、一昨日の1月6日は、「聖三王」の日であった。カトリック教徒がプロテスタント教徒より多い州では、例えば、南のバイエルン州では、この日はキリスト教の祭日となっている。休日・祭日の規定は、各州によって違うのも、ドイツの連邦主義の面白いところで、例えば、バイエルン州の一部、それから、ドイツ中西部にあるザールラント州だけが、8月15日を、祭日としている。この日、聖母マリアが昇天したことになっており、カトリック教徒がこれを祝う。(因みに、8月15日は、日本では、この日に大日本帝国が無条件降伏を受諾すると連合国側に認めた日であり、実は、その後の9月2日に正式に無条件降伏の調印を行なっているので、「終戦記念日」は、本当は9月2日が正しい。)

 で、1月6日であるが、キリスト教では、この日、東方の三「博士」(ギリシャ語で「magoi」、ラテン語で「magi」となり、「賢人」とも訳されるが、占星術師のことだったという)が、星に導かれて、ベツレヘムに向かい、そこで厩で生まれたイエスに会ったということになっている。

 幼子(おさなご)イエスの許にやってきた人が「三人」とは最初は決まっていた訳ではなく、彼らが持ってきた「贈り物」が、黄金、乳香、没薬(もつやく)の三種類であったことから、次第に「三人」となり、名前も、Caspar(ドイツ語読みで、青年の「カスパー」)、Melchior(老年の「メルヒオア」)、Balthasar(壮年の「バルタザー」)と具体的になり、更に、この三人が、ある地方の王国の出身であったものが、アフリカ、オリエントも含めた「アジア」、そして、ヨーロッパの三大陸を代表する者とされたのである。故に、三人の内の一人が、黒い肌色をして表現されるケースがあるが、最近では、「ブラック・フェイス」の点から、このようなことはしなくなったようである。

 こうして、通っている学校の関係があるので、1月6日が平日に当たると、中々難しいことから、1月6日を中心として、前後約一週間、子供たちが、上述の「三聖王」に仮装して、家々を回る慣習がドイツ、或いは、ドイツを含めた中部ヨーロッパに、16世紀以来ある。

 この仮装した子供たちをドイツ語でSternsingerと呼んでいる。Sternは、星の意味で、「シュテrルン」と発音する。Singerは、「歌い手」という意味で、「ズィンガー」と発音する。「歌う」という動詞singenからの名詞化であるが、このSingerという形はやや古い形で、口語ドイツ語では、Sängerゼンガーという形が普通である。R.ヴァーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスターズィンガー』を思い出されれば、よいであろう。

 20世紀に入ると、もともと自分達のために集めていた寄付を、経済上困っている家庭の子供達のために集めるという目的を持った、とりわけカトリック系の福祉団体の運動として、Sternsingerを捉えるようになる。1950年代末には、カトリック教会の伝道組織の一旦を担うものとなり、60年代にはこれにドイツ・カトリック青年連合が加わる。ウィキペディアの記載によると、2005年には、約1万3千の教会から約50万人の子供達がSternsingerとして送り出され、およそ4千7百万ユーロの献金が集められたという。(ユーロの額は、100倍すれば、大体の円の額が分かる。)献金は、援助プロジェクトの振興を通じて、世界中の困っている子供達への支援に使われている。子供達が自ら子供達のために行なう活動という意味で、このSternsingerの活動は、子供達が社会勉強をする上で重要な役割の一つを担っていると言える。こうして、日常的に教会を通じて社会的正義の実現を唱えられる環境でドイツの子供達は、たとえそれがカトリック教徒の子供だけであるにせよ、その、ソーシャリゼーション、すなわち、「社会化」を遂げるのである。2015年には、Sternsingerの慣習は、ユネスコの無形文化遺産として、そのリスト入りを遂げている。

 長い棒に星が貼り付けられ、それを持った子供を先頭に、頭に金色の、もちろん紙製の王冠を被り、オリエントの王侯らしい仮装をした3人の子供の「聖王」が、ひとグループとなり、家々を回る。呼び鈴を鳴らし、家の中から人が出てきたら、この、「星の歌い手」のグループは、歌を歌い、祈りの言葉を話し、「旧年が過ぎ、新年を迎えて、幸福でありますように」と、詩を詠み上げる。これが終わると、子供達の一人が、その家の戸口に直接か、ドアの回りの一箇所に、タイトルのような記号を書くのである。今年は2022年であるから、「20*C+M+B+22」と、聖別されたチョークで書き込むのである。いわば、日本で言えば、神社からもらったお札を家のどこかに貼り付けるのと同様である。

 さて、この「おまじない」の意味であるが、最初と最後の数字は、すぐに想像が付くように、その年を半分にして分けたものである。であるから、ある家の入り口には、この数字がもう何年も前から次から次へと書き足されて、ああ、ここの家の人はもう何年前からこの家に住んでいるの分かるという次第である。

 20の次の星型アステリスク* は、中心から出た線が6本のものと、8本のものとがあるが、いずれにしても、これは、三聖王を導いた「ベツレヘムの星」を表す。CMB(ツェー・エム・ベー)の頭文字については、少々あとで述べるとして、三つの「+」の印は、プラスの意味ではなくて、十字の意味で、神、その子たるイエス、そして、精霊が三位一体であることの象徴なのである。

 上の段落で、三聖王の名前がCaspar、Melchior、Balthasarであることを述べたが、その頭文字を取ると、「CMB」となり、上の「おまじない」も、ここから来ているのではと、筆者もドイツ人の友人から昔に聞いて、そう思い込んでいたのであるが、これは、「俗信」であると、今回調べていて分かった。

 実は、これは、„Christus Mansionem Benedicat“というラテン語文から来ていて、「キリストがこの家をご祝福なさり給え」という意味であると言う。このラテン語文の単語のそれぞれの最初の文字を採って、CMBの頭文字が出来ているのである。

 「Mansionem」というと、これは、英語のmansionマンションである。英語では、この言葉は、「豪壮な大邸宅」の意味もあるというから、日本語の「マンション」の理解では、これは、途方もない皮肉に思えてくるが、しかし、mansionはmansionである。キリスト教のご利益も借りて、ご自分のマンションの玄関の入り口に、こんな「お札」を書いてみてはいかがであろうか。

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