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【江戸庶民も移動制限?】こんな時代だからこそ、旅について考えてみた

 「成田離婚」*という言葉をご存知だろうか…?

*新婚旅行で相手の知らない一面を発見してしまい喧嘩。日本・成田に着くやいなや離婚してしまうような、スピード離婚の意。

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 この言葉は、核心をついている。

 旅先での言動ほど、その人の価値観が分かる場面はない。旅先でご当地尽くしを求める経験重視タイプ、宿から一歩も出ずとにかく寛ぎに徹する休息安寧タイプ、歴史・地理を事前スタディし目的地を考察する学者肌タイプ・・・等々。

どの性格も善し悪しで、旅が楽しくなるかは、自分との相性次第だろう。

そんなことに想いを馳せた、先日の小旅行を簡単に振り返ってみた。

1.江戸庶民の人気旅:『大山詣り』に行ってきた

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 目的地は、神奈川県伊勢原市の大山(標高1,252m)。小田急小田原線「伊勢原」駅からバスで約30分程度。上の写真が、大山にある阿夫利(あふり)神社で、ここから相模湾を見渡す眺望は「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」でも二つ星★★として紹介されている。

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この場所が、江戸庶民とどう関係あるのか?

江戸時代、時代劇でも登場するように各地へ関所が設けられ、庶民の国内移動は厳しく制限されていた(コロナ禍の今と通じる)。関所を通るには通行手形が必須で、万一関所破りを行おうものなら重罪に処された。

そのような移動制限の中、まるで現代の東京五輪のように、当時も例外があったという。

それは、神社仏閣を巡る信仰目的の旅

一説には「お伊勢参り」が当時爆発的なブームとなり半年足らずで400万人以上が押し寄せたと言われるように、江戸中期、人々は社寺参詣を名目とした"旅"へ出かけるようになった。

 当然、現在のように、新幹線でサクッと遠方へ旅行なんでできない。庶民の移動手段は、もちろん徒歩。そうなると、江戸庶民が、近場の徒歩圏内で、かつ、神社仏閣を巡る信仰目的の旅だと謳える目的地はどこか?となったとき、この大山に白羽の矢が立ったのだ。大山は、富士山同様、霊山としても崇敬され、古くから山岳信仰の対象とされてきたので最適な旅先だった。

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2.『大山詣り』と古典落語

 古典落語の中に、この『大山詣り』という演目が存在する。

 超要約すると、時は『大山詣り』が大流行していた江戸時代。町内の男たちで「旅先で暴れたら坊主にする」という約束の下、皆で連れ立ってお参りに出かけたところ、いつも大酒を飲んで暴れする「熊さん」が案の定旅先で大暴れ。寝ている「熊さん」を約束通り丸坊主にして懲らしめた結果、町内全体を巻き込む大騒ぎとなって・・・という珍道中が題材。

 ここで面白いのは、やはり信仰が名目の旅といっても、実のところは宿での宴会が一番の目的で、お酒が原因で物語が展開していくという点。

個人的にも、なんとも耳が痛い話だが・・・。旅先で、その人の人格や価値観が顕わになっていくという点では、江戸も令和もさして変わらないのだろう。

‟伊勢参り  大神宮へも  ちょっと寄り”

こんな川柳が当時詠まれているように、人々は伊勢へ!と言って旅に出るものの、目的地であるはずの参宮は「ちょっと」で、道中の”別の楽しみ”が旅の目的だった様子が窺える。

 現代において旅が娯楽化し、道中の温泉や飲み屋のはしご酒、遊郭文化などが発展してきたのは、こうした江戸庶民の”人間らしい”一面が、旅先で全開になったことも一因と考えると、どこか感慨深い。

3.最後に

 コロナの影響で、旅の回数が圧倒的に減っている。この事実は、単純に娯楽の機会が減っているだけではなく、身近な相手の価値観や考え方に触れるかけがえのない機会もまた、同時に失っているように思え、残念でならない。

 個人的にも、最近は家族単位での旅行が増えたけど、やっぱり気の置けない友人達とも旅先で一杯やりたいな・・・。マスクも旅制限もない新しい生活様式の日々が、一日も早く訪れますように。

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