青森県の生物多様性：地域戦略・保全利用を考える

2020年3月31日 06:46

津軽海峡による地理的な分断、火山活動による地形形成、沿岸低地の砂丘や湖沼による地形の多様性、そして海と山の地理的な配置に関係した気温や降雪量の地域性が、青森県の生物多様性を特徴づけています。

はじめに

生物多様性の保全や利用を考える場合、どのような生き物が、どこに分布しているのかを把握することが、第一ステップになります。地域の住民の皆さんも、自分たちの周辺に、どのような生き物が暮らしているのかを知ることができれば、生物多様性への親しみや、理解も深まるでしょう。このような意図から、日本の地方自治体（47都道府県）の生物多様性の特徴を可視化して、保全利用に関わる科学情報を普及させていくことにしました。

この記事では、青森県の生物多様性の保全利用計画に関する分析結果をお知らせしていきます。新たな分析結果が出力でき次第、随時その内容も加えて、この記事自体を更新していくつもりです。また、この解説は、日本の生物多様性地図化ウエブサイト（保全カードシステム）と連動させて情報提供していきますので、以下サイトもご覧ください。

青森の生物多様性を特徴づける環境条件

青森県は本州の最北端に位置しています。県東部は太平洋、県西部は日本海に面して、津軽海峡を隔てて北海道と対面しています。津軽海峡に向かって、下北半島と津軽半島が突き出し、それらの間の陸奥湾には夏泊半島があります。

県中央は八甲田火山群の八甲田山（1585m）や十和田火山など、奥羽山脈が連なります。日本海側（秋田県境）には、青森県で最も標高の高い岩木山（火山）（1625m）があり、その南に白神山地が広がっています。そして、下北半島の恐山（火山）山地や吹越山地、津軽半島の津軽山地（四ツ滝山など）があります。

このように、青森県は、津軽海峡と日本海や太平洋に囲まれて、内陸には山地があるので、東部の太平洋岸気候と西部の日本海側気候に区分されます。日本海側の山地は日本有数の豪雪地帯です。

白神山地に源を発する岩木川は、岩木山の山麓を流れて、その下流域には、津軽平野が広がります。津軽平野の日本海沿岸には、汽水の十三湖などの湖沼群が分布しています。そして、津軽半島と夏泊半島の間には、青森平野があります。下北半島のつけ根の小川原低地や六ヶ所低地には、汽水の小川原湖などの湖沼が分布しています。

県中央の秋田県境には、十和田湖があります。そして、十和田湖に源流をもつ奥入瀬川が、北東から東に流れて八戸市をぬけて太平洋に注いでいます。また、十和田火山の山麓に端を発する馬淵川や新井田川の下流域には、八戸平野があります。

津軽海峡は最終氷期にも陸化することはなく、北海道と青森（本州）を分断していたと考えれられています。そのため、津軽海峡による地理的な分断は、日本列島の生物分布を特徴付けています。さらに、火山活動による山体形成や火砕流の噴出による地形形成、沿岸低地の砂丘や湖沼による地形の多様性、そして海と山地の地理的配置に関係した気候勾配（気温や降雪量の地域性）が青森県の生物多様性の空間パターンを興味深いものにしています。

それでは、青森の生物多様性（植物・動物の種数）の地図を見てみましょう。

生物多様性の可視化：種数地図

生物種の分布予測を元にして、種数を１kmスケールのメッシュごとに数え上げて、地図化した結果を以下に紹介します。赤色のメッシュは種数が多い地域です。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種数が豊かな地域は、下北半島の低地や小川原低地や六ヶ所低地の小川原湖の周辺域、八甲田山、岩木山、馬淵川・新井田川・奥入瀬川などの流域などです。また、人間の土地利用によって、植物種数のパターンが複雑になっていることもわかります。例えば、低地や山麓地域の人為活動が活発な地域では、種多様性の豊かな地域が、分断されてパッチ状になっていることがわかります。

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哺乳類の種数が豊かな地域は、八甲田山、十和田湖の周辺、岩木山、白神山地、下北半島内陸の山地、津軽半島北端の四ツ滝山などです。山地内に哺乳類の種数の豊かな場所がパッチ状に分布しています。

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鳥類の種数が豊かな場所は、海岸域や平野部です。小川原湖の周辺、馬淵川・新井田川・奥入瀬川などの流域、津軽平野の河川域や十三湖、岩木川の流域も、鳥類の種数が豊かです。

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爬虫類の種数が豊かな地域は、八甲田山の山麓から低地、下北半島の内陸の恐山地域、河川流域や低地、津軽半島の低地の一部などです。

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両生類の種数が潜在的に豊かな地域は、八甲田山系、白神山地、津軽山地、下北半島内陸の恐山山地などです。

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淡水魚類の種数が豊かな地域は、下北半島と津軽半島の平野部の河川流域です。太平洋に注ぐ馬淵川・新井田川・奥入瀬川の流域や小川原湖の周辺、日本海に注ぐ津軽平野の岩木川や十三湖周辺などで、淡水魚の種数が豊かです。

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生物多様性の保全重要地域を特定する方法

生物多様性の保全重要地域はどこですか？と聞かれたら、多くの人は「生物の種類数が豊かな地域」と答えるかもしれません。その解答は、ある意味正しいのですが、他にも考えるべきポイントがあります。

生き物のレア度：希少性

例えば、生物の種数は少なくても、他の場所には存在しない、そこだけに分布する生き物（固有な生物種）がいたら、そこは、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所と言えます。

つまり、保全重要地域を特定する場合、生物の分布情報を基にして、レアな＝希少な生き物が、どれくらい分布しているのかを定量する必要があります。

保全政策上の重要生物：絶滅危惧種

また、生き物の種類によっては、絶滅が危惧されている種もいます。そのような生物はレッドリスト種に指定されて、重点的な保全施策が図られています。したがって、絶滅危惧種が分布しているかどうかも、かけがえのない場所を特定する上で考慮する必要があります。青森県は2000年にレッドデータブックを作成し、その後も調査を行ってレッドリスト種を改訂しています。

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生物の機能：人間社会にとっての生物の価値（生態系サービス）

生き物は様々な機能を持っていて、私たちは生物を資源として利用し、生物多様性や生態系サービスの恩恵に浴しています。したがって、それぞれの生き物が持っている価値も、かけがえのない場所を特定する上で重要な情報になります。

ここでもう一つ問題があります。それは私たち人間社会の都合です。

地域社会の経済活動

例えば、市街地や農地のように経済活動が活発な土地区画は、青森県の地域社会の持続的発展のために重要なエリアです。つまり、私たち人間にとって重要な土地区画を維持しつつ、生物多様性を保全して、両者のバランスをうまく調整する必要があります。

そこで、青森県内の１km x １km土地区画メッシュ全ての、人口・道路密度・市街地・農地など社会経済に関するデータも整備します。

これによって、地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を避けつつ、生物多様性を保全する上で、かけがえのない場所はどこか？を探索することができます。

具体的には、青森県を１km x １kmの土地区画メッシュに分割して、それぞれのメッシュに、どれくらいレアな生き物がいるのか、どれくらい絶滅危惧種がいるのか、どれくらい価値ある生物がいるのかを定量して、場合によっては、利害関係者の要望を元に、例えば地域社会の経済活動が活発なエリア（特に人口密度の高い土地区画）を考慮しつつ、生物多様性を保全・利用する上で、どのメッシュがどれくらい重要なのかを順位付けします。これは、生物多様性の空間的保全優先地域の順位付け分析と呼ばれます。

青森の生物多様性の保全重要地域

維管束植物（木本・草本・シダ植物）と脊椎動物（哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・淡水魚類）を統合して、生き物の種ごとの希少性・レッドリストランク・有用性などを考慮して、青森県の生物多様性保全の重要地域を順位づけした結果が以下の地図です。

注）土地区画の社会経済的価値も組み込んだ分析結果は今後公開予定です。

青森県の生物多様性の保全重要地域は、下北半島東部の小川原低地や六ヶ所低地のにある小川原湖の周辺域、津軽半島の十三湖周辺の低地、奥入瀬川の流域、馬淵川・新井田川の流域（八戸平野）などです。また、八甲田山、十和田湖周辺域、岩木山もパッチ状に、保全重要地域が分布しています。

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以上は植物と脊椎動物の地図情報を統合して、全生物分類群を包括して保全優先地域をスコアリングした結果でした。

次に、それぞれの生物毎に保全重要地域を見てみましょう。

維管束植物（木本・草本・シダ）の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、県東部の低地、馬淵川・新井田川・奥入瀬川の流域、八甲田山、白神山地などです。

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哺乳類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、八甲田山や十和田火山などの奥羽山脈、岩木山、岩木川の中上流域と白神山地、下北半島内陸の山地域、津軽半島北端の四ツ滝山などです。

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鳥類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、津軽平野の河川域や十三湖の周辺、下北半島の小川原湖の周辺、馬淵川・新井田川・奥入瀬川などの流域、岩木川の中下流域などです。

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爬虫類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、沿岸の低地域、馬淵川・新井田川・奥入瀬川などの流域、岩木川の中下流域などです。

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両生類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、八甲田山や白神山地の山麓、青森平野や津軽山地の山麓、下北半島の内陸域などです。

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淡水魚類の種多様性を保全し、種の絶滅率を最小化する上での保全重要地域は、下北半島の小川原湖の周辺の流域、太平洋に注ぐ馬淵川・新井田川・奥入瀬川の流域、津軽平野の岩木川などの河川流域や十三湖周辺です。

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青森県レッドデータブック（RDB）事業の検証

青森の生物分布データを用いて、青森県RDBにリストされている種の希少性を分析しました。分析の意図と手法については以下の記事を参照してください。

生物分類群ごとにRDBにリストされている種の分布メッシュ数（面積）を定量しました。分布面積の小ささが希少性の度合いになります。

以下の維管束植物を見ると、RDBランクが高いほど（横軸の左のランク、絶滅危惧ⅠA類　CR、絶滅危惧ⅠB類　EN、絶滅危惧Ⅱ類　VU、準絶滅危惧　NT）、縦軸の該当種の分布メッシュ数が少ない傾向があります。植物種の希少性を比較的よく反映したランク付けになっています。ただし、現RDB「指定なし」にも（横軸の右端のランクに）分布面積の小さいな希少種が含まれていることがわかります。

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