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サンゴ礁の生物多様性ホットスポットを探せ!

私たちの研究チームは、サンゴ礁生物多様性の保全計画を分析しています。

まずは、サンゴ礁の基盤を造っているイシサンゴ類の種多様性の分布を把握することから、研究をスタートしました。

前の記事で解説したように、イシサンゴの種分布は、海洋保護区(MPA: marine protected areas)を設計するときの基本情報になりますから。

先日、私たちはサンゴ礁の種多様性に関する2つの論文を発表しました。そこで、今回の記事では、最新の研究成果を基に、イシサンゴ類の世界的な分布の特徴を解説します。

ホットスポット、種数が豊かなサンゴ礁はどこなのでしょうか?

どのような仕組みで、サンゴ礁のホットスポットは成り立っているのでしょうか?

イシサンゴの分布データ

イシサンゴ類の分布情報は、Ocean Biogeographic Information System(OBIS)やGlobal Biodiversity Information Facility(GBIF)などの生物多様性のデータベースに収録されています。

私たちは、OBISやGBIFからイシサンゴ類 697種の分布情報(109,367ポイント)を取り出して、分析データを整備しました。

以下の地図は、世界のサンゴ礁分布(水色)とイシサンゴ類の分布ポイント(黒丸)を示しています。

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サンゴ礁(水色)の分布エリアが大きいのは、アジア太平洋、特に東南アジア、そしてインド洋西部や紅海、大西洋のカリブ海などですね。

そして、世界の海を、様々な大きさのメッシュに分割して、メッシュごとのイシサンゴ各種の分布(在・不在)を判定しました。

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生物の分布データには空間的な歪み(偏り)があります。例えば、頑張って調査してるメッシュと、あまり十分に調査してないメッシュでは、観察された種数におのずと違いが生じます。

このような問題を解決するため、私たちは、調査努力量に関係した分布データの偏りを統計数理的な手法で補正して、メッシュごとのイシサンゴの標準的な種数を推定しました。

イシサンゴの種多様性パターン

以下の地図が、イシサンゴの推定種数の世界的なパターンです。赤色っぽいメッシュほど種数が豊かで、青色っぽいメッシュほど種数が少ないサンゴ礁です。

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生物多様性は、緯度や経度に沿った地理的な勾配があることが一般的です。

そこで、イシサンゴ類の種数の緯度・経度パターンを検証しました。

下のグラフは、横軸に緯度、縦軸にイシサンゴの推定種数をとって、種多様性の緯度勾配を見ています。メッシュのサイズを小さくしたり(1 x 1 °)大きくしたり(15 x 15 °)して、様々な空間スケールで種数の緯度勾配を検証しました。

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推定種数は茶色・黄緑・水色・青色の実線で示されています。

​灰色の背景で示された熱帯外の高緯度で、イシサンゴ種数が減少するのがわかりますが、種数の緯度勾配は、さほど明瞭ではありませんね。

ちなみに、黒色の破線は、種のレンジマップデータから推定されたイシサンゴ種数のパターンを示しています。レンジマップデータ種数の緯度勾配は比較的クリアです。レンジマップの分析については、後述します。

下のグラフは、横軸に経度をとって、縦軸にイシサンゴの推定種数(茶色・黄緑・水色・青色の実線)を示しています。

インド洋西側でイシサンゴ種数が豊かで、東南アジアにかけて種数が少なくなります。種数の経度勾配が明瞭です。

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コーラルトライアングル

今までのサンゴ礁生物多様性の研究では、東南アジアのコーラルトライアングルと呼ばれる地域が、多様性ホットスポットとして注目されてきました(Briggs 2005. Journal of Biogeography 32: 1517–1522)。

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海洋生物の多様性を世界規模で分析したTittensor et al.(2010. Nature 466: 1098–1101)は、沿岸性の海洋生物の種数がコーラルトライアングルで豊かなことを示しています。

レンジマップデータで、イシサンゴや海草・マングローブ・ウミヘビなどの種数を地図化すると、以下のように種数の豊かな赤色っぽいメッシュが、コーラルトライアングルと重なってます。

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サンゴ礁魚類やタカラガイ科のホットスポットも、コーラルトライアングルです(Bellwood & Meyer 2009. Journal of Biogeography 36: 569-576)。

しかし、OBISやGBIDのサンゴ分布データを活用した私たちの種数分析では、コーラルトライアングルの多様性ホットスポットが、クリアでないのです。

なぜ、従来の研究で報告されてきたサンゴ礁生物多様性のホットスポットと異なる結果になったのでしょうか?

生物多様性データの問題:分布データの充足度

前述したように、生物の分布情報は調査努力量に関係した歪み(偏り)があります。

サンゴ礁の多様性調査は、以下の写真のように、区画内に生育しているサンゴ種をリスト化して被度を定量します(コーラルトライアングルで調査中の九州大学・新垣先生のチーム)。

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労力のかかる調査なので、様々な場所で十分な調査をすることは難しいのです。研究者の調査努力には限りがあるので、サンゴ礁の”真の種数”を知ることは困難です。

なので、よく調査された場所の調査情報と、不十分にしか調査されてない場所の分布情報を、そのまま同等に扱って種多様性を比較しても、場所間の種多様性の違いは、調査努力量の違いを反映しているだけ、かもしれません。

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このような情報バイアスをうまく補正してくれるのが、台湾清華大学Anne Chao先生が提唱している多様性推定の理論です。Chao理論の分析ツールiNEXTをイシサンゴ分布データに適用すると、分布データの充足度(カバレッジ)を定量できます。

以下のグラフは、場所によって、よく調査されている地域(赤色メッシュ)、あまり調査されていない地域(青色メッシュ)を可視化した地図です。

インド洋西側が青くなっていて、分布データが十分でないことがわかりますね。

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この記事で紹介した、緯度・経度にともなうイシサンゴ種数のパターンは、Chao理論で分布データの充足度(カバレッジ)を標準化して種数を推定しています。

コーラルトライアングルとインド洋西岸(マダガスカル地域)のイシサンゴ種数を、データのカバレッジを考慮して比較した結果を以下に紹介します。

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以上のグラフの横軸は分布データの充足度(カバレッジ)、縦軸は推定種数です。分布データのカバレッジにともなう推定種数の曲線が、コーラルトライアングル(青色)とマダガスカル海域(赤色)で示されています。

推定種数の曲線から分かるように、コーラルトライアングルよりも、インド洋西岸(マダガスカル地域など)の種数が豊かです。この推定種数は、調査努力量に関係した分布データの歪みを緩和しているので、信頼性の高い結果です。

生物多様性データの問題:種のレンジマップ

一方、従来のサンゴ礁生物多様性の研究では、種のレンジマップ(分布地図)を用いた分析が主流でした。以下のように、生物種の分布地図を重ね合わせて、種数ホットスポットを特定していました。

イシサンゴ・海草・マングローブ・ウミヘビなどの種数が豊かな赤色っぽいメッシュが、コーラルトライアングルと重なってます。

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この分析の元になっているレンジマップは、専門家(エキスパート)の経験で描かれているので、不確かな要素があります。

エキスパートレンジマップは、分布情報の外縁を元に描かれることが多いので、本当は分布していないけど、分布しているといった偽陽性の誤差が顕著なことが、問題点として知られています。

さらに、レンジマップを重ね合わせると、重ね合わせした真ん中あたりの種数が、必然的に多くなるという統計学的パターンも知られています。

これは、マクロ生態学の中領域効果(ミッドドメイン効果)と言われています。

例えば、サンドイッチを作るとき、食パンの上にチーズ・ハム・レタス・トマト・キュウリ・ゆで卵など、様々な素材を重ねることを想像してみてください。できたサンドイッチを半分に切って断面を見たときに、どの部分が一番素材の種類が豊富かというと、挟んだパンの真ん中付近なのです。パンの端っこは、どうしても素材の重なりが貧弱になり、サンドイッチの真ん中が分厚くて多様になります。

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従来の、種レンジマップ重ね合わせによるサンゴ礁生物多様性の研究では、中領域効果(ミッドドメイン効果)で、コーラルトライアングルがホットスポットとして強調されすぎていたのかもしれません(Bellwood et al. 2005 Ecology Letters 8: 643–651)。

サンゴ礁の重点調査地域はどこか?

いずれにしても、生物多様性ホットスポットを特定するには、詳細な種分布データが不可欠です。現状知られているイシサンゴの分布データが、私たちが思っている以上に不足しているとしたら、つまり私たちが観察している種数が、真の種数からとんでもなくかけ離れていたら、どんな理論を用いても、推定種数はいい加減になります。

やはりデータが最も重要なのです。

このような観点から、私たちはイシサンゴの分布情報をいかに充足していくかという点にも関心を持ちました。

そこで、イシサンゴ多様性の情報不足を充足するための調査戦略も分析してみました。どこを調査すれば、新規的なイシサンゴ種を発見できるのでしょうか? 

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以上の図で示したように、調査努力量あたり、新たに記録・記載できるイシサンゴ種の数が多い地域を優先的に調査するのが効率的です。

調査努力を優先的に投入すべき地域をランク付けしたのが下の地図です。

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​サンゴ分布やサンゴ多様性の情報を効率的に補完するには、赤色・黒色・白丸で示された地域を優先的に調査すればいいかも、という提案です。マダガスカル周辺のモーリシャスやレユニオンは、世界的なサンゴ礁生物多様性を明らかにする上で、最優先で研究すべき地域であることがわかります。

ホットスポット形成の進化生態学な要因

とはいうものの、コーラルトライアングルが、サンゴ礁生物多様性のホットスポットの一つであることには疑いはないでしょう。

実際、コーラルトライアングルの生物多様性の起源と維持のしくみには、様々な進化生態学的な要因が関係しています。

サンゴ礁生物多様性ホットスポットの形成メカニズムを説明する仮説は、いくつかあります。例えば、環境フィルタリング(環境のふるい)仮説、ハビタット面積仮説、起源中心仮説、集積中心仮説、バイカリアンス(分断)仮説などです。

熱帯から高緯度にかけての気候の違いが、環境フィルター効果として作用して、イシサンゴ類の種多様性の緯度勾配を形成しています。

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一方、熱帯のイシサンゴ種多様性の経度勾配(海域間の種数の違い)には、1)サンゴ礁が十分に発達できる浅海域の面積の効果、2)種が進化的に起源した起源地の効果、3)生育環境の安定性で種がうまく集積できた効果、4)島嶼化によって浅海域が分断されて異所的種分化を促進したバイカリアンス(分断)効果などが、複合的に作用しています。

興味深いことに、サンゴ礁域の生物群集が起源して多様化した時代は、生物の分類群によって異なります。例えば、イシサンゴは1億7500万年以前に起源、マングローブは白亜紀後期以前に起源、ウミクサは約1億年前に起源、ウミヘビは5000万年前に起源して、その後、現生にかけて多様化しています。

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そして、これらの生物が起源した時代の環境は、現在とは大きく異なっていました。白亜紀後期は、現在と大陸の位置が異なり、全球にわたる海洋(テチス海)がありました。また、サンゴ礁が発達できる浅海域の分布も現在と異なりました。始新世になると、大陸移動による海域間の地理的分断が進行しました。中新世になると、それぞれの海域は分断され、浅海域の面積が大きく拡大しました。

プレートテクトニクスによる大陸移動と、それにともなう海域の結合や分断は、海洋生物の生息域や分散できる範囲を変化させます。そのため、年代によって、サンゴ礁の生物多様性形成に作用した要因は異なったはずです。

例えば、ウミヘビは5000万年前にアジアで起源しました。その当時は既に、太平洋と大西洋は分断されていたので、ウミヘビは太平洋とインド洋の範囲内で多様化・分散しています。一方、イシサンゴ・ウミクサ・マングローブが起源した当時は、全球を横断する海流があったので、各生物群集は太平洋・大西洋・インド洋に分散でき、大陸移動で海洋が分断された後に、それぞれの海域で多様化しました。

最近では、古生物の化石情報と現在の生物分布情報を統合した研究も活発です。生物多様性ホットスポットの超長期のダイナミクスが解明されつつあります。以下のグラフは、有孔虫の多様性(属数)が、始新世、中新世、現生までにどのように変化したのかを示しています(Renema et al. 2008. Science 321 )。

太平洋・インド洋・紅海・地中海の各地点の有孔虫の属数が◯で示されています。赤・黄色の地点は、有孔虫の属数が豊かなことを表してます。始新世中期の有孔虫多様性ホットスポットはテチス海(現在の地中海付近)、中新世初期は現在の紅海や東南アジア付近です。そして、現生の有孔虫多様性ホットスポットは、コーラルトライアングルです。この結果から、プレートテクトニクスの大陸移動に関係した浅海域の変動によって、有孔虫の多様性ホットスポットが歴史的にホッピングしていることがわかります。

サンゴ礁生物多様性の保全計画

サンゴ礁生物多様性のホットスポットの成り立ちには、様々な要因が作用しており、進化生態学的に興味深い点が多いです。また、生物多様性ホットスポットがどのようなプロセスで形成されたのか、そのメカニズムを理解することは、サンゴ礁の保全計画を考えるときにも重要なポイントになります。

現在地球上に分布しているイシサンゴ類全ての種を保全することを目標にすると、最も重要なサンゴ礁は、どこでしょうか?

最重要なサンゴ礁を特定した結果が以下の地図です。赤色で示された地域は、地球上のイシサンゴ種を全てカバーする上で最低でも厳正に保全すべきサンゴ礁です。

日本にも、世界的に最重要のサンゴ礁が分布していることがわかります。

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この記事で解説したように、サンゴ礁生物多様性は、進化的に起源した後、長い時間をかけて、様々な環境条件に関係して多様化した歴史的な産物です。

サンゴ礁の生物多様性を将来的に永続的に保全するには、サンゴ礁生物多様性の起源と維持のメカニズム自体を持続させる必要があります。つまり、サンゴ礁の進化生態学的な潜在力(evolutionary potential)を捕捉した保護区ネットワークが必要条件になります。

さらに、以上の地図の赤色で示されたサンゴ礁の保全最重要地域の地理分布を説明する因子をみると、サンゴ礁近傍の人口・人為影響指数・GDPなど社会経済的な因子の説明力が大きいこともわかっています。

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つまり、サンゴ礁生物多様性の最重要地域に海洋保護区を設置する場合、人間社会の経済活動と保全計画を、いかに調和するかがポイントになることもわかります。

今後も、サンゴ礁の生物分布や進化的系統に関するデータを収集することが重要です。さらに、海洋自然保護区の設計に関係する社会経済的コストの分析も必要です。サンゴ礁生物多様性情報と社会経済情報を統合して、社会的に実行可能で十分な保全効果のある海洋保護区の空間デザインを考案すべきでしょう。

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追記:モーリシャスの座礁船による油流出事故に関して

日本の貨物船がモーリシャスで座礁し、油流出が周辺のサンゴ礁などに影響を与えることが懸念されています。

この記事で解説したように、マダガスカル周辺のモーリシャスなどのサンゴ礁は、今までの調査が不十分で生物多様性が過小評価されている地域です。イシサンゴ種の分布情報の不完全性を考慮すると、モーリシャスのサンゴ礁は、現在の評価以上に多様性ホットスポットとして重要視される地域です。

下の地図は、イシサンゴ種の分類(種の誤同定)や分布情報の不完全性を考慮した上で、イシサンゴ種の絶滅リスクを最小化するための保全上重要なサンゴ礁をスコアリングしたものです。赤い箇所ほど保全上重要なサンゴ礁です。

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どこに、どのような種類のイシサンゴが分布しているのか、その情報の信頼性(完全性)が不明確なので、「現在のデータが100%信頼できる」と仮定した場合の保全重要地域、「現在のデータがあまり信頼できなくてイシサンゴの種分布が過小評価されている」と仮定した場合の保全重要地域など、様々な場合について保全上重要なサンゴ礁をスコアリングすることができます。

上の地図の2つ目と3つ目の結果を比較することで、イシサンゴ分布データの不確実性が保全優先地域のスコアリングに与える影響、すなわち、データの不十分さのために重要度が過小評価されている地域(ポジテイブサプライズなサンゴ礁)を明らかにできます。

それが以下の地図です。赤色地域が、ポジテイブサプライズなサンゴ礁です。

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ご覧の通り、モーリシャスは赤色で、今後研究が進むと、保全上重要なサンゴ礁として、さらに評価されることが予想されています。

今回の座礁船による油流出事故は、研究的に未知で保全上とても重要なサンゴ礁で発生していていることがわかります。未だ知られていないイシサンゴ種の存続にも影響する可能性があり、世界的なサンゴ礁の生物多様性保全を考えた場合に、大きな問題であることがわかります。

この記事の内容の元論文

Kusumoto B.,  Costello M.J.,  Kubota Y.,  Shiono T.,  Wei C‐L.,  Yasuhara M. &  Chao A. (2020) Global distribution of coral diversity: Biodiversity knowledge gradients related to spatial resolution. Ecological Research.

Chao A., Kubota Y., Kusumoto B., Costello M.J., Wei C‐L., Yasuhara M. (2020) Quantifying sample completeness and comparing diversities among assemblages. Ecological Research.

宮城祐太(2015) サンゴ礁生物群集の全球多様性パターンの形成機構:地理的要因と気候要因の相対的重要性. 琉球大学 大学院理工学研究科 海洋自然科学専攻 修士理学学位論文.

科研費基盤研究A  太平洋イシサンゴ類の保全生物地理学:系統分類バイアスを考慮した群集形成機構の解明








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