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辺野古の生物多様性:普天間飛行場代替施設建設事業の科学的問題点

生物多様性戦略計画2011-2020、及び、愛知目標の達成状況や今後の達成見込みについて分析した地球規模生物多様性概況第5版(Global Biodiversity Outlook5、GBO5)によると、この10年間依然として、サンゴ礁生態系は複数の脅威を受け続けている、という評価でした。

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海の生物多様性保全は緊急の課題で、待ったなしの状況です。この点に関する日本における象徴的な問題は、普天間飛行場の代替施設建設に伴う辺野古の埋め立て事業でしょう。この記事では辺野古問題を、生物多様性科学の視点から解説します。

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なお、ここで紹介する分析結果は、日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)の生物多様性ビッグデータを元にしています。また、普天間飛行場代替施設建設事業の埋立変更承認申請に関する沖縄県からの助言依頼(計画変更に伴う環境影響の予測が従来の環境アセスメントと同程度又はそれ以下と主張する事業者(=国)の判断が妥当かどうか)において提供した知見を元に、記事にしました。

辺野古は海の生物多様性ホットスポット

辺野古の海の生物多様性を評価した結果が、以下の表です。様々な生物分類群の種数を示しています。数多くの生物種が分布していることが明らかで、イシサンゴ類は、日本に分布する種の80%以上、さらには地球上に分布する種の45%が分布しています。辺野古のサンゴ礁は、生物多様性のホットスポットなのです。

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次に、生物分布データをもとに、辺野古の生物多様性の重要性を分析しました。日本全土の沿岸海域を1km区画のメッシュに分割し、各メッシュの種数の豊かさ、希少種(絶滅危惧種など)の分布を評価し、生物絶滅リスクを最小化するという観点から、各メッシュの保全優先度を計算しました。その結果、保全優先度トップ10のうち9箇所は沖縄県の沿岸で、辺野古は日本の沿岸25,750メッシュのうちトップ4位の保全重要地域でした。生物の分類群ごとにみても、辺野古のイシサンゴの保全優先度は全国1位です。辺野古は、日本の海の生物多様性を存続するために代替不可能な、”かけがえのない”エリアです。

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生物種数の分布や保全優先度の順位は、日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)の以下サイトでも閲覧できます。

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これらの分析結果から、普天間飛行場の代替施設は、生物多様性科学の観点から最も不適切な場所に計画されていることがわかります。

環境アセスメントにおける生物多様性データの不備

以下のグラフは、海の生き物の分布データが、どのように集積されてきたのかを時系列で示しています。辺野古の問題が表面化した1997年当時、海の生物分布情報は、ほぼ皆無だったことがわかります。

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2000年代になり、海の生物多様性に関する調査研究が進み、上真ん中のグラフのように、生物分布データが集積されます。そして、上右のグラフに示されているように、調査するほど新産種や新種が発見され、現在の辺野古の海には、魚類・イシサンゴ類・甲殻類・貝類・海藻草類だけで1765種以上の分布が確認されています。1997年当時のこれら分類群の観測種数は203種ですから、この20数年間で、生物多様性の評価値が8倍以上に増加したことになります。特に、甲殻類・貝類・海藻草類は、調査データの集積に伴う観測種数が増大し続けており(下のグラフ参照)、辺野古の生物多様性の評価値は、今後さらに高くなると予想されます。

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以上の生物多様性情報集積の時系列パターンから、埋め立て事業の計画段階(1990年代)および環境アセスメントの実施段階(1997年〜2008年)では、辺野古の生物多様性の科学的価値評価や事業の影響評価が、情報不備な状況で実施されたことがわかります

補足)海の生物分布データの集積パターンは、辺野古や大浦湾の地域特有のものではありません。辺野古の埋め立て事業に関係した調査努力の増大だけが原因ではなく、日本全体で見ても海の生物情報の整備は2000年以後に本格化しています。以下の記事で紹介した、陸域の生物情報は1970年以来集積されてきたのとは対照的に、海の生物多様性データの整備は、未だ始まったばかりなのです。

生物多様性に関する社会情勢と生物多様性科学の進展

生物多様性の保全と持続可能な利用を推進するため、生物多様性条約が1993年に発効しました。そして、2010年から2020年にかけて生物多様性の損失速度を減少させるための国際的な戦略目標(愛知目標など)が設定され、日本も生物多様性国家戦略を策定して、目標達成に関する様々なアクションを推進しています。

つまり、辺野古の事業が計画された1997年と比べて、現在の社会情勢は大きく変化しました。辺野古のサンゴ礁埋め立て事業は、生物多様性の保全と適切な利用を推進する国際的・国内的コンセンサスと全く逆行しています

さらに、海の生物多様性情報が不十分だった過去の環境アセスメントは、不正確な評価しかできませんでした。例えば、辺野古のジュゴン分布に関する議論は、不十分な情報を元にした従来型の環境アセスメントの限界を象徴しています。以下の記事で解説しているように、海の生物多様性に関する網羅的データに基づくと、沖縄県全域のジュゴンの生息適地適正度やジュゴン分布が予測でき、辺野古の生物多様性の科学的価値が可視化できます。

2020年になり、1997年の建設計画は修正されつつあり、普天間飛行場代替施設建設事業における軟弱地盤改良工事の追加等に関する公有水面埋立変更承認申請に関する検討が行われています。また、最近20年で生物多様性科学は、大きく進展しました。生物多様性ビッグデータが近年急速に整備され、環境影響評価の情報基盤も根本的に変化しました。前述したように、完全性の高い2020年時点データの分析から、辺野古海域のサンゴ礁生態系は代替不可能な保全優先エリアであることが解明されました。結論として、辺野古の埋め立ては生物多様性の観点から支持されません。

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