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歴史のすみっこ話(3) 〜松下幸之助がラジオ事業を始めた理由〜

歴史のすみっこ話。今回は松下電器、といいますか松下幸之助が、当時、最先端のメディアであったラジオの製造事業を始めようとしたきっかけの話です。

有名な話なのでご存じの方も多いと思います。
きっかけは、松下幸之助が購入したラジオが故障して、楽しみにしていたラジオ番組が聴けなかったから、です。

当時はNHKしかラジオを放送しておらず、娯楽番組もあれば教養番組も放送されていました。
実家が没落したため高等教育が受けられなかった松下幸之助は新聞や本の文字がすべて読めるわけではなく、当時の松下幸之助の教養の多くはラジオによって培われたものでした。

ラジオを聴くことを楽しみとしていた松下幸之助でしたが、ラジオが故障してしまったことで怒り心頭です。
それまでも時々故障はしていましたが、聞きたい番組があるときに故障したものですから、部下の「ラジオは故障をよく起こすものです」という言葉にも耳をかしません。

今でいえば、パソコンは使っているうちに調子が悪くなることが、ままあるので、再起動とかしながら使うものです、といわれて、そんな馬鹿なことがあるかと言い出す困った偉い人みたいな感じでしょうか。

柱時計は故障しないやろ、なんでラジオは故障するんや?故障するものというのなら、ウチで故障しないラジオを作ろうやないか。

そう思った幸之助は部下の技術者に、故障しないラジオをつくってくれと指示します。
すぐにはできません、それなりの時間をくださいという技術者に対して、幸之助は言います。

『ボクは信じる。きっと君たちによって立派なものが作られると確信する。だから断じてやりたまえ』と。

言う方は、自分でなにかをするわけじゃないので、気楽でいいんですね^^;。

しかし、ラジオについて知識のなかった技術者のたちの懸命の努力によって、本当に、松下電器製のラジオができてしまうんですね。

もっとも、この時のラジオは、故障しないことを第一につくられたものですから、使われている部品ひとつひとつが質のいい高級品であったため、結果として製品としては高額になり、あまり売れなかったそうです。

ではでは、本日の歴史のすみっこ話はここまで。
最後までお読みいただきありがとうございました。


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はーぼ
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