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コーヒー豆 片手鍋 自家焙煎の記録 Vol.142

INDONESIA - SULAWESI MAMASA

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今回の片手鍋焙煎の記録は、インドネシア産の豆です。インドネシア産は以前にバリ島の神山ハニー(芸人のような名前)を試したこともあります。

今回の豆はインドネシアはスラウェシ島産。とにかくインドネシアは島がたくさんあります。

それでは今回の焙煎記録を見ていきましょう。

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最近になって、焙煎度を数値化していますが、1.19はシティ〜フルシティな感じ。これが1.20になるとフルシティ になる感覚があります。感覚です(笑)。

焙煎度に関しては、基準がいまいち僕にはわからないので(もちろんアグトロン ・スケールとかありますけど、あくまで「カラー」ですからね)、自分なりのデータを蓄積して判断しようと、今は思っています。多分、ここがコーヒー豆の焙煎の「遊び」の部分。そして、そこが面白みのある部分なのだと思います。

お味の方は、ネルで90℃で淹れたのですが、おいしいです。バランスがとっても良い。

↓スマトラ島のマンデリン族が栽培したものが、「マンデリン」となりました。

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↓今回の豆の栽培地は、Sulawesi島。この島はトラジャ族から名前が取られた「トラジャコーヒー」が有名です。一度は衰退したトラジャコーヒーを復活させたのが日本のKEY COFFEEさんというのは知りませんでした。

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↓以前、同じインドネシア産の神山コーヒーの記事の時にも、地理的なことを書きました。この時の豆はバリ島産。

コーヒー史的には、トルコ→オランダ→スリランカ→インド→インドネシアの伝播のようです。そこには、もちろんオランダ東インド会社が関わっています。

世界史をコーヒー史で再度学びたくなりますね。

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夕空に龍のような雲。縁起が良さそうな雲が西へと続いていました。

月曜日。この暑さだと、エスプレッソが飲みたくなります。未だエスプレッソには手が出せないのですが、これを機に色々と調べてみよう。

皆さん、良い1日を!

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7月26日 林則徐(りんそくじょ)(1785 - 1850) この日、福建省侯官県で生まれた。1839年、広東でイギリスの商人が持ちこんだアヘンを焼却、英清開戦の端を開く。中国近代化の先覚者の一人。

 もしイギリス兵の侵入がアヘンの禁止から起ったというなら、彼らがアヘンをもって内地にはいったこと自体、早くから禍心を包みかくしていたことになる。その禍心を今このとき爆発させるのは、他日これを爆発させるのに比べて、どちらが軽くどちらが重いかよく判断せねばならない。・・・さいわい広東では関税だけでも他省に比べて豊かである。外国と通商して得た銀を、外国の禍心を防ぐための用に回す。(技術的には外国の長所を摂取し)砲を作っては極めて鋭く、船を作っては極めて堅にするなら・・・益するところが多いはずだ。(林文忠公政書)

桑原武夫 「一日一言」(岩波新書)より


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