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ダラダラスマホが何分だったかを記録する


ドラッガー本を2冊。休みを利用して一気に読みました。さらっと読みましたが、さらっと理解できるものではなく、今後もくり返し本書をひもといて、思考するツールにしたいと思います。あらたな事業をはじめるとき、部門全体のリブランディング、もしくは起業など、今後つかえる場面はたくさんありそうです。

現時点で一番心に残ったのが「時間からスタートする」という言葉。成果をあげる人は、仕事や計画から取りかからないそうです。何かをはじめるときはまずメモを取りだし、おもむろに計画を書き始める私にとって耳の痛いフレーズ。ですが、「何に時間をとられているかを明らかにする」ことは以前から取り組んでいました。

ビジネスに直結する話ではありませんが、生活習慣の見直しは常に行っています。「朝起きて出社するまでになんでこれだけしかアウトプットできないの?」と、先日ふと疑問に思って振り返っていたところ。5時起床、9時外出までの4時間で、トレーニング、英会話、論文チェックは約3時間。あとの1時間はいったい何をしていたのか?そのときはすぐに答えられませんでした。

実際は、ジムへの行き帰りだったり、シャワー、歯磨き、洗濯だったり、けっこうやることがあることが分かってスッキリしました。いつも分刻みで焦り気味なので、もう少し精査したら余裕が出てくるかもしれませんが、いずれにしてもこのような「振り返り」は非常に大切だとあらためて感じました。

一日24時間。誰一人として30時間を与えられることのない、全人類が公平に使える資源です。そして同じ時間をつかって大きな成果をあげる人と、そうでない人がいることも厳然たる事実。成果は、単位時間あたりの生産性で算出されるとすれば、時間がどのように使われているかを把握したうえで整理、そしていかに時間を有効活用するかがアウトプットの質を左右します。

24時間には「時間を奪おうとする非生産的な要求」もあります。この時間が少なければ少ないほど生産性が高くなります。しからば非生産的な時間を、生産的な時間に振り替える努力が欠かせません。そういえば一昨日、なぜか身体が疲れてしまい、やってしまった「帰宅後のスマホいじり」 あれがどのくらいの時間だったか定かではありませんが例えばそんな時間を極限までそぎ落とすことが結果を出したい人には要求されます。

もちろん、休み時間、リラックスタイムもまた必要不可欠。睡眠時間も絶対に削ってはいけません。私の朝の4時間中1時間も、厳密には削れない時間です。それらの時間を差っ引いてあまりある時間をどれだけ生産的な活動にあてられるかが勝負。そのためには「一日のうち何に対してどれくらいの時間が消費されているか」は絶対的に把握していなければなりません。

コップに水が入っているとして、でもコップに黒い紙が巻かれてあったら「量」がわかりません。つまり「あとどれくらい水を入れられるか」がわからないということ。水と空気の境界線が明らかであれば、可能な注水量も明らかになるということです。同様に、生産的な時間を把握しようと思えば、非生産的な時間の際(きわ)を見極められなければなりません。

そして非生産的な時間はえてして、努力や工夫、仕組み次第ではある程度削減が可能です。そして言うまでもありませんが、非生産的な時間の「輪郭」がわかっていないと、何をどう工夫すればいいかも見えてきません。夜のダラダラスマホを意図的にリラックスタイムとして換算するのか、そうでなければダラダラしない環境づくりをしなければならず、さらにそのためにはダラダラ時間の総量をつかんでおきたいという理屈。

時間と労力と資源を集中するほど、
実際にやれる仕事の数と種類が多くなる。

ドラッガー氏が記した言葉に何もかもが凝縮されています。まずは時間の整理、廃棄と集中、それが習慣となるような仕組みづくり。成果をあげるために、取り組んでみたいと思います。

久保大輔




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