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100の回路#08 演劇結社ばっかりばっかりが考える、演者にも観客にもバリアフリーな演劇のつくり方

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(美月さんと鈴木さんのツーショット写真です。鈴木さんが、美月さんの肩に手を添えて、カメラを見据えて微笑んでいます)

はじめに

こんにちは。THEATRE for ALL LAB研究員のミノです。
私はある時、「障害役者? 普通にいますけど何か問題でも?」という、バリアフリー演劇結社ばっかりばっかりの言葉に出会いました。ばっかりばっかりの看板女優、美月めぐみさんは、全盲の女優さんです。美月さんと鈴木橙輔さんが代表を務めるばっかりばっかりは、「観る側も、演じる側も、バリアフリー」を理念に掲げた活動をされています。「障害者だから出来る演劇をやらないと意味がいない」。そう話すお二人の、明るく魅力溢れる演劇活動に迫りました。 

  「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、”まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。

今回の「100の回路」第8回では、障害当事者として演劇を作り、障害者と健常者の橋渡しをされている、バリアフリー演劇結社ばっかりばっかりの回路をお届けします。

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(椅子に腰掛けた美月さんと、その横に立つ鈴木さんを写した写真です。鈴木さんは胸の前で、両手の指を絡ませています。左隣にいる美月さんは、両手を膝の上に置き、優しく微笑んでいます)

美月めぐみ
バリアフリー演劇結社ばっかりばっかり所属の全盲役者。 誰もが楽しめるエンターテインメントを追求して活動中。宝塚歌劇団が大好きで、ファン歴は36年になる。企業向け人権教育ドラマ 「お互いの本当が伝わる時」出演。バリアフリー映画鑑賞推進団体「CityLights」副代表。
鈴木橙輔
バリアフリー演劇結社ばっかりばっかり主宰。映画『ぼくらは動物探検隊』全男性キャラの声。映画『天外者』全外国語のボイスオーバー。ドキュメンタリー映画『へんしんっ!』出演。演技やナレーション、朗読や視覚障害者向け音声ガイドなども手がける。

役者仲間で、人生のパートナー。ふたりの出会いは、音声ガイドの制作現場

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(美月さんを含めた、3人の役者が舞台上で芝居を演じています。写真左には緑の服を着て犬のぬいぐるみを腰の横に付けた盲導犬の役の役者さん、中央に美月さん、写真右には一段高い台に乗っている鈴木さんが立っています)

美月さんは、先天性の視覚障害を持って生まれました。高校を卒業する頃までは、少しは見えていましたが、それでも文字を読むといったことは出来ない程の視力でした。従姉妹たちが読んでいる漫画を自分は読めないことに、みんなと同じようにエンターテイメントに触れたいという思いを募らせていたと言います。

美月さんが芝居に初めて触れたのは、中学生の時。演劇同好会に入ったことをきっかけに生の舞台に接し、大きな衝撃を受けました。ただ当時は、自分が演じる側まわるという意識は全くなく、演劇よりはむしろ音楽に熱中し、バンド活動に力を入れていました。

芝居活動を始める転機となったのは、宝塚との出会いです。

声を聞いて、背中に電流が走っちゃった。

みるみる宝塚の大ファンになった美月さんは、上演される公演の台本を点訳してもらい、友達を巻き込んで、宝塚のごっこ遊びを始めます。そこから演劇にのめり込み、本格的に芝居に取り組むようになりました。 

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(鈴木さんの収録風景を写した写真です。椅子に腰掛けた鈴木さんが原稿を持ち、目の前にはマイクが設置されています)

一方鈴木さんは声優を志し、声優・田口昂氏さん(みなさんよくご存知の作品では、ときめきトゥナイトのペック役や魔女の宅急便で最後にデッキブラシを貸すおじさんの声を担当されていた方)に師事し、「声」の演技に魅せられます。舞台の世界へ入られた後も、声で伝えるとはどういうことなのかを追求されてきました。

僕から言わせれば、今の役者の喋り方は少々早すぎるんです。普段の会話のスピード、抑揚、息遣い、音程。声で誰にでも聴かせる、伝えるということを考えて演技をしています。

鈴木さんの朗読を拝聴すると、抑揚が深く、じっくりと言葉を味わうような台詞回しが、ぐっと心に刺さってきます。

セリフをしっかりゆっくり話すようにしたところ、統合失調症の方や、普段演劇を見た時、なかなか役者の言っていることをその場で理解できなかったという人が「演劇を見て、初めてストーリーがちゃんと理解出来た」と言ってくれました。

音、声の専門家である鈴木さんにとって、自分が音として伝えた世界に対する障害のある方の率直な反応は、新鮮な驚きを感じさせるものでした。

ご夫婦でもあり、演劇のパートナーでもあるお二人。その出会いは、美月さんが活動していた「バリアフリー映画鑑賞推進団体 City Lights」で、鈴木さんが、字幕朗読のボランティアに参加したことから始まります。
字幕朗読とは、吹き替えが付いていない洋画(外国語作品)の日本語字幕のセリフを朗読するというものです。

「制作現場には視覚障害当事者が何人かいたけれど、美月は、とても耳がいい人なんだなと思いました。みんなが気付かなかった歌の音程の違いを正確に指摘したりしました」と鈴木さんは当時を振り返ります。

美月さんはというと、「この役者さんは他の人と違うなって最初から思っていた。めちゃくちゃうまいな」と思われていたそうです。

音と声のオタク同士。その後、美月さんは後鈴木さんの劇団に参加するようになり、いつしか、お二人は、人生を共にするパートナーとなります。

「障害役者?普通にいますけど何か問題でも?」障害者だから出来る役者の仕事

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(ばっかりばっかりの練習風景が写っています。2人の役者が演技をしているところを、残った3人の役者が見ています)

ばっかりばっかりでは、障害当事者が障害者の役を演じることに、こだわりがあります。

視覚障害の役者が見える役として舞台上で演技をすると、お客さんは、役者が舞台から落ちてしまわないか等、不安に感じてしまうかもしれません。見えないことをお客さんに気が付かせないよう努力するよりも、自分が視覚障害者として舞台上に居た方が、お客さんに安心して観てもらえるし、社会の縮図というか、視覚障害者は普通に当たり前に居るんだよ、ということを知ってもらうことも出来ます。

「当事者として舞台に立つことで伝えられることがある」。そんな思いのもと、福祉系コメディと銘打ち、暗い、悲劇的テーマとして扱われがちな福祉のお芝居を、障害のある方のあるあるネタを活かした、シニカルかつコミカルな物語として表現することを意識しています。

美月が演じると、嘘にならない。それは障害のある美月にしかない強みなんです。
あるあるネタを観て、障害当事者のお客さんが笑っている。それを見て健常者のお客さんも笑っていいんだと思って笑う。タブー視、特別視されていることを舞台で表現することで、障害のある人と普段出会うことがない人たちにも伝えられる世界がある。

そう話されるお二人は、芝居を作る上でも様々な工夫をしています。

例えば、視覚障害のある役者さんが舞台に立つ際は、ストーリー内にうまく織り込まれるような形でサポートする人(配役)を登場させます。
もし、どうしても視覚障害者の役者さんが一人で動かなくてはならなくなった時は、点字ブロックを敷いたり、平台を置いて、この台にぶつかったら振り返るといったような、手がかりを舞台上に置くようにしているそうです。

足音も、他の役者の動きを知る重要な手掛かりになります。大きめに足音を立てることで、視覚に障害のある役者、お客さんの双方に、舞台上を移動したことを伝えることが出来るようになります。

障害がある人とない人が、お互いに疲れない空間を作っていけるようにしたい。
皆さんの隣に障害者が居て、違うコミュニティに行ったらまた別の障害者が居てというのが当たり前になれば、わざわざ福祉系コメディーと銘打ったお芝居をやる必要はなくなります。障害者が芝居に出ていると、現在は、何で出ているの、という風になるから、出ている理由を設定しなくてはいけません。障害者が「はい、居ます」というのが普通になる。「高校で野球していました」といったことと「障害があります」とが同列の立場で捉えられ、障害者の立場で言うとね、と前置きしなくてもドラマが作れるようになるのが良いです。

回路32 障害当事者の役者が舞台に立つことで、障害当事がいることが当たり前になる世の中を目指す

疎外感を感じさせない芝居作りのルール

映画や、他の舞台の音声ガイド作成にも協力しているお二人ですが、ばっかりばっかりの舞台では、ガイドなしで誰もが楽しめる舞台作りを目指しています。

音声ガイドで培ってきたスキルを活かし、音声ガイドは付けない、両耳フリーで楽しめる舞台を作る。そこには一体、どんな工夫がなされているのでしょう。

ばっかりばっかりの字幕システムは、聴覚に障害があるお客さんにも芝居が解りやすい、マンガの吹き出しのような字幕になっています。この字幕を見れば、誰がどんなタイミングでセリフを話しているのか、リアルタイムに演劇に重ねて知ることが出来ます。

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(舞台上に並んだ役者たちの上に、吹き出し状の文字が表示されています)

障害のある方も健常者も同じものを観て、同じタイミングで、一緒に丸ごと楽しめるような芝居にするために、独自ルールも生まれました。その1つが、役者のアドリブ使用の禁止です 。突然のアドリブに対し、聴覚障害者への字幕が対応出来ないというのが、その理由。

障害がある人の疎外感って大きくて、同じ情報が共有されているか否かっていうのに、敏感なんですよね。今一瞬、あの人がやっていることが分からなかった、置いていかれていると思うと、心が途切れちゃうんです。

その他にも、セリフに「あれ」「これ」「それ」といった、見えている人にしか伝わらない表現を使わないようにしたり、事前に読むことが出来るパンフレット(展示、CD版)を充実させる等を行っています。
この音声パンフレット(CD)ですが、役者さんの肉声で、キャラクターの衣装や体系の説明等も収録されているそうです。

舞台説明を行う際は、開場してからの時間を使い、一般のお客さんと、障害があるお客さんが自然な形で一緒に参加出来る場を作ります。

また、劇場や客席の作りにおいても、劇場最寄駅からの送迎誘導はもちろんのこと、 アンケートの回答をメールや電話でも対応出来るようにするといった工夫を欠かしません。

回路33 特別なツールを使わずとも、同じ時間、空間で障害のある人とない人が一緒に楽しめる演出を工夫する

意味が伝わる音声ガイドの作り方

セリフや音楽、効果音では分からない、動作や情景も伝える必要がある音声ガイド。
演劇のガイドだけでなく、プロレスの実況中継なども手がけている鈴木さんが、言語化する際のコツについて、教えてくださいました。

●観ていて、何が面白いのか、ということが一番大事
●ダンス公演のガイドを行う際は、「まるで〜のように動く」といった喩えの表現を使ったり、その時流れている音楽と役者の動きをリンクさせて説明すると分かりやすい
●「〜のような」の〜には、視覚障害者が触ったことがあるもの、イメージ出来るものを示すと良い
●主体を変える(「〜する」が「を〜される」になる))と話のリズムが良くなり、見え方も変わる  


視覚に障害がある方に対しての、色の扱いについても伺ってみました。すると、視覚に障害がある方も、それぞれ色のイメージを持っているとのこと。

「湖のように澄み切った青」と、「濁った青」、同じ「青」を表現していますが、そこから受け取るイメージは違います。その人その人が、人生の中で、こういうものなんだと折り合いをつけてきたものが蓄積され、イメージとなる訳です。

形容する言葉によって受け取るイメージは変容します。美月さんがおっしゃられていましたが、具体的なもの、実際に見たことがないものでも、例えば「「情熱の赤」とか「イチゴの赤」に対し、テレビやラジオを通じて知った一般的なイメージから、その色を思い浮かべることが出来るそうです。

色が見える人でも、情熱の「赤色」を見たことはありません。それでも「情熱の赤」と言われれば、鮮烈な赤い色のイメージが頭の中に浮かぶのと同じです。

音声ガイドでは、その場面で「何が大事」(また大事でないか)を選び、イメージをリアルに引き出すことが重要なようです。

回路34 音声ガイド作りには、作品全体や各シーンごとの本質(=監督さんの意図)を的確にとらえ、イメージを沸き立たせる言葉や言い回しを選ぶ

芝居の届け方 オンラインとリアルと

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(Zoom配信を行った時のスクリーンショットです。画面には鈴木さんと美月さんが映し出されています)

コロナの影響もあり、現在オンラインを使った朗読会中心の活動にシフトしているばっかりばっかり。障害者にとっては長距離の移動が困難ということもあり、オンラインにしたことで、日本各地からの参加者が増えたそうです。
でも、「やっぱりリアルな劇場の方が良い」と美月さんは言います。

オンライン朗読会ばかりでしたが、11月に1度だけ、公共施設の会議室で行う朗読会にお呼ばれしました。その際、リアルタイムで拍手がきて、しかも面白い話をすればワッと笑いがきて、悲しい場面ではすすり泣きが聞こえる。なんて有り難いんだって、涙が出ました。

生の舞台は、役者さんだけでなく、観客にとってもプラスになると、鈴木さんは言葉を足します。

舞台を移動する生の足音などに触れて、その迫力に驚いたと話してくれた視覚障害者がいました。障害者には、自分が芝居を楽しめることに気づいていない人が多くいると思います。そうした人たちに知ってもらう機会を増やしていきたいです。

おわりに

生活に浸透すると、それは「当たり前」となります。

立場が違う人たちが同じ場面に泣いたり、笑ったりすることがそれぞれの生活に浸透し、受け入れられていくと、障害者、健常者と呼び分けている現在の社会の見方が、少しずつ変容していくような気がします。

そんな時、共通・共同の体験を促す舞台や芸術は、「当たり前」の扉を開く重要な役割を担ってくれるのではないか。私は、ばっかりばっかりのお二人のお話を伺って、そんな思いに囚われました。

「障害役者? 普通にいますけど何か問題でも?」という言葉、実は、美月さんではなく、鈴木さんの言葉なのだそうです。

障害がある美月さんではなく、健常者である鈴木さんが発したということ。そこに重要な意味があるように思います。


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また、noteと同じ記事をアメーバブログでも掲載しています。視覚障害をお持ちのパートナーさんから、アメブロが読みやすいと教えていただいたためです。もし、アメブロの方が読みやすい方がいらっしゃれば合わせてご覧くださいね。

https://ameblo.jp/theatre-for-all

こんな風にしてくれたら読みやすいのに!というご意見があればできる限り改善したいと思っております。いただいたお声についても記事で皆さんに共有していきたいと思いますので、どうぞ教えてください。

執筆者

箕浦 萌
色彩学を学ぶ。人によって、色の捉え方は様々。自分が見ているトマトの赤を、隣人も同じ赤色として見ているのか、正直、確かめようがない。その不思議さを解明しようと「伝える」ということをキーワードに、ギャラリーやデザイン会社、出版社を転々とし、現在THEATRE for ALL LABLAB研究員として、伝える方法を模索中。

(取材日:2020年12月22日)

■ 令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業『文化芸術収益力強化事業』バリアフリー型の動画配信事業

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