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汚れた英雄の自己決定と運命 ー『アラビアのロレンス』映画評


「アッラーは諸天と大地を創造される50000年前に、被造物の定命(カダル)を書きとめられた。」(『運命の書』ムスリム2653)


(上の動画は『アラビアのロレンス』をテーマに制作したポエトリーフィルム「決定論的デタッチメント」(110秒))


映画におけるヒーローの表象として、『アラビアのロレンス』(1962)ほどにリアリスティックかつ批評的なものを私は知らない。
それはこの作品が、18世紀以降のロマン主義において天才と同一視された英雄という概念を、精神病質との必然的な関係性において再検討する働きをなしているからだ。
そしてその批評性は、(実話をもとにした脚本ながら)虚構の作者が思うがままに操作できる「運命」(とその前で脆くも潰える自己決定)というものの取り扱いにおいて、よりいっそう酷薄な性質を浮き彫りにする。

ムスリムの文化に親しみ、博識で、軍規にとらわれない快活なイギリス陸軍将校ロレンスは、オスマン帝国とのアラブ独立闘争(1916年から1918年)を指揮した実在の人物をモチーフとしている。
流血を好まず、あくまで人徳と勇気と智略で敵に立ち向かい、アラブの諸民族の結束を固めようとする彼は、軍の判断を仰ぐことなく、アカバ攻略を自己決定で行う。

紅海北部の町アル・ワジュからアラブ人五十人を率いてネフド砂漠を渡り、アカバへ向かう夜間行軍中、ガシムという男が列にいないことに気づき、ロレンスは助けにいくことを主張する。
「ガシムは寿命が来た。運命だ」(Gasim's time is come, Lawrence. It is written.)と言う者に対し「運命などない」(Noting is written!)と語り、来た道を引き返す。
抗議するハリト族のアリに対し、「(アカバには)必ず行く。それが運命と書かれてある。ここにな」(I shall be at Aqaba. That is written. In here)と自らの頭を指差すロレンス。

やがてガシムを救出し、アカバ近くのオアシスで隊に合流したロレンスにアリは「偉大な人間は自分で運命を切り開く」(Truly, for some men nothing is written unless they write it.)とその功績を讃える。

アラブ人の言う"It is written"とは、コーランにおける神の記述=定命(カダル)を暗に示すものであろうが、some men「偉大な人物」=英雄においては自らそれを書く=運命を切り開くとアリは語る。
いわばロレンスの自己決定は、定命=ムスリム世界における既存の運命論の解体と、新たな創造という意味をもち、その伏線としてネフド砂漠横断を目前にして喜ぶ場面での「だがあんた(ロレンス)は神に挑んだ事になる」というアラブ人のセリフが響く。

近代における西欧の個人主義、主体性の理念が、非西欧の信仰を凌駕し、自己決定が運命論を圧倒する前半の英雄的な行軍の果てに、自ら救ったガシムを自らが処刑する出来事、戦線に加わっていた二人の少年の非業の死を通し、次第に憔悴していくロレンス。
仲間の不信を招き、隊のメンバーを減らしつつ、ロレンスはトルコ軍に囚われたのち、漁色家・ベイ将軍による拷問と強姦を受け、別人のような姿で戦線からの除隊を申し出る。

「結局私は平凡な人間だった」。

除隊を受理されず、結果的に戦線に復帰したロレンスはやがて復讐の連鎖に巻き込まれ、虐殺に手を染めてしまう。大国の思惑に翻弄されながら混乱を極める新生アラブを前に廃人のような姿で母国への帰還を申し出るところで物語は幕を下ろす。

自己決定では統御できない偶然性=逃れがたい運命の前で自意識にとらわれ、その輝きを失うロレンスには、映画をはじめとする20世紀の大衆文化の中心にあった英雄像への批評的な視線を明確に読み取ることができる。
前半のアカバ陥落の余韻も冷めぬうち、先述した二人の少年のうちの一人、自身を慕っていたダウドが流砂に巻き込まれて死んだあと、ロレンスの天衣無縫ぶりは影を潜め、シナイ半島を越えるという自身の作戦にモーセの行いを意識するところから、メサイアコンプレックス、やがては自己のカリスマ性への崇拝に依存する人間の弱さが描かれる。

「君は私をただの人間だと思っているのか」
「私と水上を歩こう」

虚構における英雄、とりわけ20世紀映画におけるヒーローは、「自分で運命を切り開く」あたかも神に代わる存在として表象されてきた。

『アラビアのロレンス』公開の翌年『大脱走』(1963)のスティーブ・マックイーン演じるアメリカ兵のバージル・ヒルツは、ジョン・スタージェス監督が繰り返し好んで描いた「何があってもへこたれない不屈の男」だった。
ドイツ軍にとらわれた捕虜3名を脱走させることに成功したものの、他の50名を犠牲にした結果、自身は独房に送り込まれてもなお、快活さを失わず口笛を吹きながら野球ボールで壁当てを続けるヒルツは、ロレンスにはない「不屈の男」=運命論には屈しない自己決定の権化を体現している。戦勝国としてのアメリカが、悪の枢軸との戦いを描く20世紀映画における英雄像の定型がここにはある。

だが、オスマン帝国軍から解放されたアラブの諸民族、とりわけフサイン=マクマホン協定を信じ大アラブ王国を構想する老練な族長ファイサルにとっても、サイクス・ピコ協定によりアラブをフランスとともに分割する方針を決めていたイギリス陸軍の将軍にとっても、もはや英雄は不要であった。

ファイサルは語る。
「もうここには勇士は必要でなくなった。私達は協定を進めます。老人の仕事です。若者は戦う。戦いの長所は若者の長所、つまり勇気と未来への希望なのです。だが、老人は平和を作る。そして平和の短所は老人の短所、つまり不信と警戒心なのだ。」

成功も失敗も、ともに個人の行い、国家間の政治をも含む偶然性の結果でしかない。その運命論の前に英雄が膝を屈する、という構図には、第一次世界大戦を回顧して、時間的な距離をおいて眺めた「勇気と未来への希望」と「平和」への冷徹なリアリズムがある。

これは、時あたかも1962年という本作の公開時期を思えば、ベトナム戦争におけるアメリカという英雄像の興亡をも反映していると解釈することも可能だろう。
タファス村でのトルコ軍の大量虐殺の前で、理性を失い、自らその報復に乗り出すロレンスは、サーチ・アンド・デストロイ作戦で南ベトナム解放民族戦線への虐殺を繰り返したアメリカ兵の隠喩とでもいえようか。
だが、砂漠もジャングルも、ともに自己決定以上に大きな力を持つ偶然性が支配する空間であり、ロレンスは1973年に全面撤退するアメリカと運命をともにすることとなる。

(上の動画は『アラビアのロレンス』をテーマに制作したポエトリーフィルム「Nothing is written, unless they write it」(100秒))

西欧の大国の思惑が衝突し、そのはざまでアラブをはじめ、世界の諸民族もまた老獪にも自身の利益を狙っている、そんな20世紀前半の二度の世界大戦と、その後の冷戦の「英雄なき時代」の現実を映すものとしてこそ、従軍新聞記者ベントリーをしてこう呼ばせた『アラビアのロレンス』の「汚れた英雄」像は機能する。

#PS2021


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