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日本人であることを実感する日々

タイに来た時、「10か月間タイ人になる!」という目標を立てた。今も一応タイ人挑戦中の身である。

この目標は漠然としたものである。込められた意味は、3つある。

1つ目は言語の面だ。タイ語をタイ人みたいに話すようになるという単純な目標。

2つ目は、生活の面。食事やその他の面で日本と異なること、不便なことがあってもそれが当たり前だから受け入れるようにした。水シャワーもしょうがないし、虫が出ても気にしないようにする。

3つ目は考え方の面。タイ人の考え方や、やり方を理解して、自分も同じように考えて行動していくこと。

しかしいざ生活が始まってみると、痛烈に自分が日本人であることを実感するようになっていった。理解不能な出来事や不合理、非効率なことも多い。

授業の進め方やスケジュール管理など例をあげたらきりがない。日々、ここで暮らしていると驚くことがたくさんある。驚くということは、自分の今までの当たり前がタイで覆されているということである。もちろん、両親への尊敬が強いことなどいい面での驚きもある。

しかし、半年暮らしてみて、本来の目標「10か月タイ人になる」の3番目の側面は、どうしても受け入れがたいと感じた。俺が生まれ育ったのは日本で、日本式の考え方が染みついてしまっているからだ。何かがあっても、タイ人の考え方で考え、行動することはDNAレベルで無理だ。

そこで目標をこうしてみよう。「タイ人の考え方を理解して、行動できる日本人になる」

自分はやはり日本人の合理的な考え方、効率主義、スケジュールを立て、それ通りにことが進むのを好む人間であった。しかし、今住んでいるのはタイである。それならまずは、タイ式を受け入れて、自分がいいと思う日本風のやり方をなんとなく挟んでいく。そして、違いを痛感しても、必要以上にイライラしないで受け入れていくことが、楽に生活するコツだと思った。

まあ、ここでいう「タイ」は、俺が住んでいる小さな田舎町の、学校の中だけの話である。その中の「タイ人」というのは、俺がかかわっているたったの数人の中の話である。だから、これがタイのすべてではないことを常に頭に入れていかないといけない。バンコクに行けば、日本人よりもスケジュール志向で几帳面で、成果主義で効率を追い求めるようなタイ人がたくさんいるに違いない。

いずれにしろ、自分の考え方が当たり前でないことを身をもって痛感できたのはいい経験である。将来、会社に入っていろんな人と仕事をしたり、外国人と会えば、、理解不能な考え方や、摩擦が生まれそうな出来事があるだろう。自分の考え方を信じて押し付ける人ではなく、理解を示したうえで、いい方向を探っていくという人間になって行きタイ。

以上。

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