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「線引きマン」にはご用心

損切りだとか、リスクヘッジだとか、断捨離とは全く関係が無いのに同じような意味で捉えてる人が多い「線引き」と言う概念。

本来の意味は“物事の境界を決めて分けること”なのだが、今回の話は“誰がどんな意図で決めて、結果がどうなるか”が問題なのである。

要するに「そこまではやる必要が無い」と言う自分の中での判断基準、考え方だ。

当然有って然るべき考え方だろうと思われた方も居るかも知れないが、「判断」と混同してはいけない。

判断とは「〇〇だから〇〇」と言う理由がある考えて方で、線引きの場合は「やる必要が無いだろうな」と言う自分勝手な判断であり、客観的な根拠は後から人に言われて後付けで考える屁理屈なのだ。

例えば会社から与えられた作業がある。それが自分の本来の仕事では無かったとする。
例えば
「今日中にA社とB社に連絡してアポを取っておくように」
と言われた場合、普通は何か自分に頼んだ理由があるのだからどんな状況であっても電話連絡した事を上司に報告をするのが一般的な判断だろう。

何故自分に?と気になったのであれば、あとで理由を確認してそれが納得出来ないのであればそう上司に伝えれば良い。
しかし、ここで仕事を止めると自分は上司から頼まれた仕事をしないと言う自己判断になる事がすぐ理解出来るので、その仕事を実行するのが不可能な状況で無い場合はする人が多数派だろう。

ところが、「線引き」をする人は真っ先に「僕の仕事ではないですけど、なぜ僕がしなければならないのでしょうか?」と言うと上司に言って仕事をしない。

仕事の場合は明確な賃金が発生しているので、ここで議論の余地が発生するし、上司の知性次第ではあるが、裁量によっては線引きをする人間の信頼と地位は下がるのだが、仕事においても「線引きマン」の屁理屈によっては正当性があるかのように周りが説得されてしまうケースも少なくない。
これが賃金が発生しない日常などであれば恐ろしい事だ。

つまり、はっきり言ってしまえば
サボる為に全力を尽くす生産性ゼロの人間のクズ=「線引きマン」
なのである。

このような人間に関わったが最後、永久に仕事や責任、面倒な事を押し付けられて、「線引きマン」の生活を支える奴隷になってしまう。
当然、支える側は鬱になってしまうだろう。

やりがい搾取や人間関係などと言う言葉にネガティブなイメージが発生するのはこう言った人間のクズの仕業であり、本質的に社会システムの問題と言うよりはこのような人間が排除されない事なかれ主義者が蔓延する社会に問題があるのだと思う。

「線引きマン」の屁理屈は大体一貫して以下の通りで口癖になっている。

・僕がやる必要ありますか?
(会話を遮断で拒否)
・〇〇さんだってやってないですよ?
(責任転嫁、陥れる人間に裏工作済み)
・それなら以前から〇〇するべきだったんじゃないでしょうかね?僕が責められる意味が解らないです。
(話のすり替えで誤魔化す)

周りでこのような人間を見かけたら積極的に全員で協力して排除するように働きかけて欲しい。
何故ならば、この屁理屈を見ても解るように「線引きマン」は会社などにおける絶対的なルールはけして破っていないのだ。ルールを破る場合は共犯者を作り、密告出来無くする狡猾さも持ち合わせている。

ルールは守っているので話し合いや注意で終わり、勿論本人に罪悪感は1ミリも無い。ただただ報告した者へ「線引きマン」報復が待っているだけなのである。

「線引きマン」が居なくなれば、きっとあなた達の生活環境は劇的に良くなるはずだ。

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