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『仮面ライダーセイバー』最終回バハトとファルシオンで背負った魂は誰が為|谷口賢志

奇跡の様な幸福な時間を過ごした。

数年前、『仮面ライダーアマゾンズ』で、変身ベルト(アマゾンズドライバー)を初めて手にしたときのこと、初めて腰に装着して変身(アマゾン)したときのこと、そしてみんなと戦い続けた日々のこと(心臓食べたこと)、一日も忘れたことはない。

「本当の仮面ライダーを取り戻す!」と、プロデューサーが銘打った作品。おかげで撮影中、プレッシャーはもちろんだけど、「仮面ライダーとはなんぞや?」という難題をずっと考えながら生きていた。

そして、僕が鷹山仁と共に導き出した答えは。

「手にした力を誰が為に使うか」だった。

ヒモだろうが、アル中だろうが、メッシュが入ってようが、ピアスをしていようが、髭が生えていようが、ヒーローじゃないと言われようがクソ喰らえだ。恐れられようが、ときには残酷だろうが、手にしたアマゾンアルファという力を、悩みながら、もがきながら、答えを探しながら、葛藤し、背負い、覚悟を持って、愛する人たちの為に使う。それが、僕の、仮面ライダーだ。

アマゾンズが終わってから。

さらにさらに考えることが増えた。

アマゾンズを終え、新たに手にしたのは、「仮面ライダー出身俳優」という肩書きの力。

変身ベルトの力には及ばないかもしれないけど、これはこれで超強力で、扱い方を間違えれば危険なことになる。発言ひとつ、行動ひとつ、己だけでは到底出すことが出来なかった力がそこに宿るから、勘違いすれば即奈落に堕ちる。

そして、僕が導き出した答えは同じ。

「その力を自分の為じゃなく、誰かの為に使う」

それを肝に銘じて生きてきた。

今回、『仮面ライダーセイバー』に出演する奇跡に巡り合い、バハトとして仮面ライダーファルシオンに変身する夢の様な時間を過ごす中、僕は決めていたことがある。

「再び得た力を、新たに得た力の全てを、仮面ライダーセイバーの為に使いたい」

約20年前、役者の世界に導いてくれたニチアサに役者として恩返ししたい。その機会をくれた方々の為にも、そしてこのコロナ禍の中、必死に戦い続けていたセイバーチームの力になりたい。できることはとことんやろうと挑んだ。

世界は繋がり広がり続ける一方で、各所では細分化が進み、「ヒーロー」の定義も曖昧になってきている時代。ひとつのテーマに沿い、役者と作品を育ててながら創る行為は、少なからず賛否両論を必ず生むでしょうし、その期待は仮面ライダーが背負うべき責任でもあると思いますが、今の状況の中、より熾烈な戦いだったと思う。

現場で、必死に仮面ライダー魂をみんなに届けようと本気で戦っていた、キャスト・スタッフの姿。それは新たな僕の財産です。

そして、バハト/仮面ライダーファルシオンも僕の人生の年表に深く刻まれました。

僕がバハトとして生きた時間が、微塵でも作品の為になり、この苦しい時代を共に生きる皆様に、人生を彩る力として届いていたら幸せです。

アダムとイブの時代から、人間は未知なる力に憧れ、渇望し、掴み取り、輝かしい未来を切り開き、同時に罪を重ねてきた。

現代の変身ベルトとも呼べるスマートフォンの力。手のひらの中で、誰もが、自分以上の何かの力を得ることができる機械。

それを自分を幸せにするために使うのか、誰かを幸せにするために使うのか、自分が苦みから逃げるために使うのか、誰かを苦しめるために使うのか、その力をどう使うのかで「人間」を問われているとも思うのです。アダムとイブが果実で試されたように、変身ベルトが仮面ライダーを試すように、仮面ライダー出身俳優の肩書きが僕を試すように。

手にした力を、どう使うのか。

これからも、考え、覚悟を持ち、背負って生き様を重ねていきたいと思います。

最後になりましたが、『仮面ライダーセイバー』及び、バハト/仮面ライダーファルシオンを応援してくれた皆様に心より感謝しています。

そして、僕は、アダムよりもイブよりも未知なる力を渇望するタイプの人間なので、スピンオフ・ファルシオンも、スピンオフ・鷹山仁も、はたまた新たな3人目の仮面ライダーも、強欲に狙っていきたいと思います。神様に怒られない程度に。

もちろん。

自分ではなく、誰かの為に。

では、また逢いましょう。

しーっ。





バハト/仮面ライダーファルシオン


谷口賢志


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