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【コラム】柔らかいものに触れると落ち着くのはなぜ?ー心地よい感触のメカニズムが判明!ー

ハイライト
・ソーシャルタッチは心地よい感情を生み出す。
・本研究では、脊髄におけるソーシャルタッチによる心地よい感情の伝達メカニズムが明らかになった。
・著者らはマウスが触覚により生み出される心地よい感情を感じているかを検証する実験系を世界で初めて提案した。
・in vivoでの電気生理学的解析を行うことにより、発見したニューロンがソーシャルタッチを伝達する強力な証拠を得た。

人間には「触覚」と呼ばれる五感が備わっています。
触覚は我々の生活に欠かせない感覚であることはみなさんも想像つくことでしょう。

実際にモノに触れることで、その物体の位置を確認する。きっと触覚が無ければモノを掴むことすら困難になるはずです。なぜならどのような力の大きさ、どのような力の方向で掴めばいいかが分からないからです。

また、歩くことすらままならないかもしれません。ひょっとすると触覚が無ければ浮いているのと何ら変わりないのかも、なんて思ったり。

しかし、本当に触覚の役割はそれだけでしょうか。
実は「何かに触れること」で人間の感情は左右されます。

簡単な話です。みなさんも子供のころ親御さんに抱かれると気持ちが落ち着いたと思います。

このような行為をソーシャルタッチといい、社会的な生き物である人間にとっては不可欠な行為です。
人間同士触れ合うことはある意味お互いを認め合う行為でもあります。嫌いな人とわざわざ握手やハグをする人はいないでしょう。

ただ、ここで考えられる一つの反論として、それは脳が感じていることであり触覚は関係ないのでは?ということです。つまり「母」に抱かれることが重要なのでは?と。

確かにソーシャルタッチにそのような側面があることは否めません。全く知らない人に抱かれるのと母親に抱かれるのとでは天地の差があると思います。むしろとても怖い話です(笑)

しかし、ここで興味深い実験があります。
幼児のアカゲザルを母親と分離させて飼育させたところ、なんと幼児のサルには母親に抱きしめてほしいという欲求を満たすために柔らかい布を抱きしめたいという欲求が発生しました。

柔らかい布が母親代わりになったわけですね。つまり、触覚自体にも何か気持ちいいと感じる情報が含まれているという仮説が立てられます。その気持ちよさは脳ではなく皮膚の時点で決まっているという訳です。

実は上記の実験、1958年とかなり古い論文であり、このような考え方は古くから存在してました。おそらく皮膚の「ある神経(ニューロン)」がソーシャルタッチを司っているだろうと考えらえれてきましたが、その決定的な証拠が解明されずにいました。

そんな中、今年の4月に「Science」誌にそのメカニズムを解明した論文が掲載され一躍話題になりました。

前置きが長くなってしまいましたが、本記事ではその経緯やどのような実験が行われたか、この研究がどんなところがすごいポイントだったのかを紹介していきたいなと思います!

Zhou Feng Chen et al., Molecular and neural basis of pleasant touch sensation, Science(2022) 376:483-491


1.  脊髄においてソーシャルタッチを司る候補ニューロンを同定した

触覚や痛覚をはじめとした体性感覚は、皮膚から脊髄後角と呼ばれる部位に情報伝達されて最終的には脳に伝わります。
先行研究より、ヒトではCT線維と呼ばれる神経が皮膚から脊髄後角にソーシャルタッチ情報を伝えるだろうと考えられてきました。しかし、このCT線維が心地よい感情をもたらすのか、また脊髄に入力した後どのように脳に情報伝達されるかが未解明のままでした。

ここで体性感覚と脊髄の研究に精通している著者のグループは、あるタンパク質に注目しました。
それがプロキネチシン受容体2(PROKR2)です。この受容体が発現している脊髄後角の神経(以降PROKR2ニューロンと呼ぶ)がソーシャルタッチ情報をCT線維から受け取っているのではないかと仮定し、研究がスタートしました。

まず著者らは、脊髄後角にPROKR2が発現していることを確認しました。
励起光を当てPROKR2が光るようなマウスを作製し、マウスを解剖して脊髄を取り出し脊髄切片を作製し、蛍光顕微鏡でPROKR2の発現を検討しました(免疫染色)。
そうすることによって、脊髄後角にPROKR2ニューロンが存在することを発見しました。また、他の物質も同時に光らせてPROKR2の光と重なるか検討することで、PROKR2ニューロンの特性を見出しました。

免疫染色 イメージ図


2. PROKR2ニューロンが心地よい感情を伝えることを証明した

続いて、PROKR2ニューロンが本当に心地よい感情を伝えるか否か検証していきました。
みなさんはどのような実験を行えば上記の説が立証されると思いますか?
ここで難しいのは、マウスが心地よいと感じた証拠を得ることが難しいことではないでしょうか。例えば、マウスが「気持ちいい!」と喋ってくれれば説が立証されますが、そんなことはもちろんありません。私が普段行っている「かゆみ」の実験では、マウスはかゆいと掻き動作を起こすので見た目でかゆいことが立証されます。しかし、心地よいと感じた時に起こる行動は無いのです。みなさんも気持ちいい時になにか特定の動作をするわけではないと思います。

ここで著者らはある実験デザインを提案しました。ブラシでマウスをブラッシングしてあげると、マウスは心地よい感情を感じてさらなるブラッシングを求めるはずです。そこで廊下で繋がれた二つの部屋を用意して、片方はブラッシングを受けられる部屋、もう片方は受けられない部屋と区別します。その装置にマウスを入れて数日間条件付けすると、マウスはブラッシングを受けられる部屋に長く滞在するようになります。つまり、ブラッシングを受けたがっている=心地よい感情であるわけです。

ブラッシングによる条件付け嗜好性試験

さらに著者らは4つの系統のマウスを交配させて、脊髄後角PROKR2ニューロンが発現しなくなるようなマウス(以降ABLマウス)を作製しました。そのマウスを用いて上記の実験を行なったところ、ABLマウスではブラッシングを受ける部屋での滞在時間が長くなることはありませんでした。つまり、ABLマウスはブラッシングによる心地よい感情を感じていないため、やはりPROKR2ニューロンが心地よい感情を伝えていることが明らかとなりました。

この結果を裏付けるために、脊髄に光ファイバーを挿入して光らせるとPROKR2ニューロンが活性化するようなマウスを作製しました。今度は光らせる部屋と光らせない部屋に区別して同様な実験を行なったところ、やはりそのマウスは光らせる部屋において長く滞在するようになりました。ブラッシングを受けずとも、その部屋の滞在時間が長くなったのはPROKR2ニューロンが活性化すると心地よい感情が生み出される証です。

光ファイバーを挿入したマウス


3. PROKR2ニューロンはおそらくCT線維からの入力を受けている

前述した通り、ヒトにおいてはCT線維がソーシャルタッチ情報を皮膚から脊髄に伝えていることが知られていて、先ほどの実験結果から脊髄ではPROKR2ニューロンがソーシャルタッチ情報を伝達することが明らかとなった。よって次に解明すべき点はPROKR2ニューロンはCT線維から情報を受け取っているか否かである。

改めて確認すると、PROKR2とはプロキネチシン受容体2であるため、PROKR2ニューロンを活性化させるためにはプロキネチシン2(PROK2)が必要であることが想像つくかと思います。

簡単に言うと、ニューロンが活性化するということはニューロンに電流が流れるということですので、その電流を測定することでニューロンが活性化したか否かを解析することが出来ます(電気生理学的解析)。

よって、まずマウスを解剖し作製した脊髄切片にPROK2溶液をかけて電気生理学的解析を行うと、PROKR2ニューロンの活性化を確認することが出来ました。

さらに著者らは、生きたままマウスの脊髄を開けて電気生理学的な解析を行い(in vivo 細胞外記録法)、PROKR2ニューロンの特性を解析しました。

in vivoでの電気生理学的手法

するとブラッシングをするともちろんPROKR2ニューロンの活性化が観察されましたが、ブラッシング速度が速すぎるとあまり活性化せず、遅すぎてもあまり活性化しない、つまりある一定の速度でブラッシングしなければ活性化しないという特性が判明しました。

たしかに、我々も適度な速度で頭を撫でられないと気持ちいいとは感じませんよね。

そして、このような特性は、CT線維においてもみられることが以前の研究より明らかになっています。これはCT線維から情報を受け取っているため、活性化条件が同じである可能性を意味しています。

最後に、CT線維がPROK2を放出することを検討するため、CT線維にPROK2が含まれているか解析しました。
マウスにはCT線維はありませんが、それにあたる線維がありますので、1.で行った実験のように、その線維とPROK2を光らせることでそれらの光が重なるか否かを検証しました。すると見事に重なりました。

これらの結果を踏まえて、おそらくCT線維がPROK2を脊髄に放出し、PROKR2ニューロンを活性化させることを強く支持します。


4. まとめ

以上をまとめると、

  • 脊髄後角に存在するPROKR2ニューロンがソーシャルタッチを伝達することが明らかになった

  • ソーシャルタッチ情報は皮膚からCT線維を介し脊髄に入力し、PROKR2ニューロンがその後の伝達を担う

ことが明らかになりました。

Scienceに掲載されるほどですからもちろんこれは大発見ですし、新しい実験系を提案したほか、in vivoでの電気生理学的解析など手技が難しい実験を行い重要なデータを得たことがこの論文の価値だと思います。

実際に臨床ではソーシャルタッチの欠如は自閉症スペクトラム障害などの神経精神障害の特徴であることから、今後このPROKR2ニューロンのさらなる解析がこれら疾患を治療する重要な手がかりに繋がる可能性があります。


長かったですね、最後まで読んで頂きありがとうございました!


僕の研究を応援して頂ければ幸いです!