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映画「回路」をいまさら考察

 DVDで、テレビの深夜映画で、CSで、アマゾンプライムで、録画したHDDで。幾度となく黒沢清監督の「回路」を鑑賞してきました。マニアではないので微細なシーンまで記録や記憶しているわけではありませんが、最近またアマゾンプライムでじっくり(スマホで)観たので、今さらながらに考察文など認めてみます。

どんな映画?

 2001年に公開された黒沢清監督の映画です。一応はホラー映画ですね。幽霊とか出てくるし、クネクネしながら近づいてくるシーンがあるので。主演は加藤晴彦(川島役)と麻生久美子(ミチ役)、と小雪(春江役)。みんな若い…とくに小雪はあの特徴的なパーツがさほど目立ちません。この後で成長したんでしょうか…。

 人間が死んだら魂があの世に行くとして、あの世の容量の限界を超えたらどうなる?という背景があって、なにかの切っ掛けで死んだ魂=幽霊が現世への通路を見つけて侵略してくる、というお話です。お話であり、中盤に武田真治のセリフでズバリの説明まであるんですが、それは土台としての要素でしかありません。映画の中では、加藤晴彦サイドと麻生久美子サイドで不気味な事件が起きていき、やがて人類は破滅に至るというヒューマンドラマです。

 幽霊が群れをなして人間を襲うシーンもなければ、幽霊を斧でぶった切るような戦闘もありません。あくまでも静かに、淡々とした侵略の中に放り込まれた若者達の死生観を描いている、と受け取っています。 

川島と春江の断絶

 終盤、川島がミチを伴って廃工場で春江と対峙するシーンがあります。川島が一緒に逃げようと提案するも、春江は首を撃ち抜いて死んでしまいます。この自殺の直前、春江は川島に対して「一緒に?」という言葉を残してトリガーを引くのですが、これまでこのセリフにあまり気を払っていませんでした。今回は音声をイヤホンで聞いていたせいか、このセリフがとても印象的でした。

 春江と共に永遠に生き延びたい(=死にたくない)川島に対して、孤独に苛まれ厭世観に身をやつしてしまった春江は、この時に川島との決定的な断絶を感じて自殺したのだ、と初めて思い知りました。これまではずっと、川島の言葉に耳を貸さず、ただ勢いで自殺したのだと思いこんでいたのです。

 一見して、川島と春江は対照的な人物として捉えられます。川島は能天気で現実を直視せず、永遠に若いまま楽しく暮らしていくことを夢想している大学生。一人暮らしの散らかった部屋で気ままに学生生活を送っているようです。対して春江は理知的で部屋は整頓されているものの無機質な面があり、家族の死によって陥った孤独から、死ぬことで"あの世"で家族と再開したいと思い込んでいます。そして、対照的だからこそ惹かれ合ったのだろう、と。

 しかし、二人は本質的に同類なのではないでしょうか。"死ぬことは考えない。いつか永遠に生きられる薬ができる"と言う川島と、"死ねば家族の元に行ける"と言う春江。方向性は違いますが、共に死と孤独に関する現実逃避傾向にあるのです。そして現実として二人共に孤独です。

 川島は劇中、家族や友人に連絡を取ったり、共に行動するシーンはありません。無駄な人間関係を映画的に省略した、という見方もできますが、川島は大学で特定の友人もなく孤立しており、その孤独から逃れるためにインターネットに接続したのではないでしょうか。ボンヤリとですが「インターネットを使って誰かと交流できる」というイメージを持っていたからこそ、ロクに使えもしないパソコンを手に入れて、インターネットに接続してみたと考えると、川島の周囲に誰もいない事に得心がいきます。

 春江は劇中、同じ講義を取っているのかゼミ生なのか、他の学生に相談されるなど、表向きの人間関係が若干あります。また、困っている川島に声をかけるなどの開けた感じも出しています。彼女は表向き健全な大学生ですが、実生活は孤独そのものです。さらに既にインターネットに触れており、それが孤独と孤独を結ぶ通路にはなっても、孤独を解消するツールではないことを知っています。そして彼女は日々、死後の世界への興味を深めています。だからこそ「幽霊」というキーワードを持った川島に食いついたのではないでしょうか。

 おそらく、春江が川島に望んでいたことは何もないのです。幽霊の侵略が本格化して表向きの人間関係も消失してしまったことで混乱し、川島と(現実からの)逃避行を一時的に図りますが、頭の中は絶望と孤独で占められています。同じく現実逃避しているだけの川島では自分を救えない、と理解しているからです。それが、電車で川島が離れた途端に帰宅した行動に表れています。

 インターネットの中も孤独で溢れ、死を迎えたとしても、最早あの世に行くどころか、既存の幽霊たちによって、この世でシミや塵として孤独に閉じ込められることを知った春江にとって、これ以上生きている理由はありませんでした。生き延びて周囲の人間がどんどんいなくなり、孤独に孤独を重ね続けるよりも、死ぬことで孤独を固定することを選んだのでしょう。そう考えると、川島の提案は孤独を何より嫌う春江にとっては、地獄より苦しい道のりでしかありません。

「俺も一緒に逝くよ。ここでふたりで孤独を分かち合おう」

とでも言われていたら、結果は同じでも、あんな (゚Д゚)ハァ? みたいな語気でセリフを残すことはなく、笑顔で引き金を引いていたかも知れません。

 しかし、忘れてはならないのは、その断絶シーンに至る少し前に春江が自宅で何かに接触したシーンです。例のサイトに映ってる連中、てっきり各々がWEBカメラで自室を中継しているんだろうとばかり思っていました。ところがそれは思い違いで、どうやらあの世から現れた幽霊たちの視覚情報(視覚あるの?)だったようです。それで、カメラを設置したわけでもなく、さらにドアが閉じていたのに春江の部屋が映ったんでしょうね。春江は視点の場所を探しますが、そこで何かと接触します。途端に表情が和らぎ、孤独ではなかったのだと漏らします。川島に対する態度とは大違いです。あれはスクリーン上は透明ですが、きっと幽霊がいたのでしょう。春江はあの時点で幽霊に見守られている、孤独ではないと実感したはずです。

 だとすると、なぜ断絶のシーンに至ったのか。あのまま部屋を出ずに幽霊サイトの中に閉じ込められたっていいじゃない、と思います。しかし、春江は銃を手に廃工場へ向かいます。なぜなのか。

 あの接触による孤独からの開放こそ、幽霊の狙いである、と心のどこかで気づいたんじゃないでしょうか。部屋には幽霊がいて、ずっと見守ってくれる。ひとりじゃない。だけど、生きた人間としてはひとりで孤独なのだ。こうして偽りの幸福感を餌に、幽霊サイトの中で永遠の孤独に閉じ込める気なのだ、と。

一番ゾッとしたのは

 初視聴からこれまではずっと、例の訃報読み上げテレビのシーンが一番ゾッとしていました。誰とも知れない、この世の放送とは思えない、死亡者を淡々と画像つきで紹介し続けるだけのアレ、とても怖いですよね。しかし今回は、ミチが矢部から「タスケテ…」という電話を受けたシーンが最もゾッとしました。スッと静かになり、矢部の声が受話器を通じて響いてくるあれ、一体どこからの電話なんでしょうね。演出の妙にハマってしまいました。

 そしてミチが倉庫に行くと、シミになった矢部の幻影を見ます。シミになった人たちにとっては恒例のやつですね。田口しかり、ラストの川島しかり。順子は塵になって飛んでいったので、幻影を見ることは叶わないんでしょうね。あのシミは何でしょうか。

 きっと、あれはこちらの言葉でいう地縛霊でしょう。シミのある場所に魂が縛られて動くことはできない。あの世から侵略してきた幽霊たちは自由に動くことができるので、同じ霊と見るには大きな違いです。では、塵になった人たちはどうなんでしょうか。浮遊しているから浮遊霊?

 むしろ、地縛霊の方がまだマシという状況なんだと思います。魂がなくなるわけでもなく、欠片が散り散りになってただ彷徨うだけの存在。幻影にさえなれず、誰に触れられることもない永遠の孤独…

 現実世界にも、ああいうシミってありますよね。昭和に建築されたような古びた団地やアパートの端々に、ああいう人間大の黒ずみを見ることがあります。きっとあの場所の近くに開かずの間の形跡があって…と想像するだけでゾッとできます。(楽しい)

あれって結局なんなの?

 まずは開かずの間について考えてみたいと思います。劇中、哀川翔(演じる工事現場監督風の男)が"なんとなく"解体前のビルの一室を赤いテープで封印することで、あの世から幽霊が進出できる場が発生しました。幽霊が自らこの場を離れることはできませんが、封印を解くことで幽霊は自由を得られます。さらに電話回線が場に含まれていれば、電話回線やインターネット回線を伝って移動することが可能になります。これが回路(=ルール)として固定されました。

 "念"という言葉があります。きっと哀川翔はあの時、遊びのつもりで次のようなルールを頭の中で作ったはずです。そして、それが念となって実現してしまった。

・赤いテープで開かずの間を作ると、そこに幽霊が現れる
・幽霊は封印の中でしか動けない
・封印がなくなれば、幽霊は自由になる

図らずも哀川翔が作った開かずの間にはインターネット回線が残っていて、陽光に晒される前に幽霊たちは広大なデジタルの海に避難したのです。

 そして幽霊はインターネットを通じて孤独な魂を見つけては時間をかけて観察し、孤独を深める間に開かずの間の情報を与え、最後には接触して"空いた席"を奪うのです。これが幽霊サイトの実態なのでしょう。作られた開かずの間には、孤独な魂を抱えた人間が引き寄せられて開封します。幽霊は開封した人間に接触して孤独に閉じ込めて、空いた席を奪います。こうして徐々に、静かに幽霊たちは現世への侵略を行っているのです。

 まさに「回路」という言葉に相応しい、システムができあがっていますね。少しずつですが確実に、指数関数的に拡がっていき、そしてある時を境に爆発的な侵攻が始まるのです。

 このシステムに気がついた人間もいるはずです。武田真治演じる吉崎は、気がついていたのだと思います。彼はシミュレーションの状態から幽霊の存在を確信し、そして好奇心から根源を探り、システムの存在までたどり着いた。侵攻が本格化した時、彼はきっと望んで席を譲ったことでしょう。あの研究室のモニタでループしている影は、どことなく吉崎のように見えます。

 では、他の気づいた人たちはどうでしょうか。幽霊は人間を殺すことなく、死と同然でありがなら、シミ(=永遠の孤独)に閉じ込める戦略を採っています。対抗策は、死ぬことだけでした。彼らの手が及ぶ前に自殺してしまえば、魂はあの世に向かうはずです。仮にあの世にスペースがなくとも、幽霊として現世に留まることができます。ところが田口や春江、劇中で飛び降りた女性は自殺したにも関わらず、シミになりました。おそらく、既に幽霊に接触された魂は、正しく死ねない状態になっていたのだと思います。そして、順子のように孤独と絶望に砕かれた魂は、シミにもなれず塵となって彷徨うことになります。

 しかし、春江が作ったと思われる開かずの間にいた幽霊は、死は永遠の孤独だったと告げます。もしかすると、接触前に自殺することに成功した気づいた人だったのかも知れませんね。いずれにしても、結局のところ人間は生きていても死んでもシミになっても孤独だということです。

ミチと田口、矢部、順子あるいは社長

 ミチは観賞植物を販売する小さな会社に勤めていました。(初めて見た時は学生のバイトなんだと思っていましたが。)そこには同年代の田口と矢部、順子という同僚がいて、温厚そうな社長と楽しく働いていました。それが田口の無断欠勤を切っ掛けにして徐々に崩壊していきます。この映画の冒頭部分ですね。

 田口が死んだあとも、社長が失踪し、矢部がシミになり、順子は開かずの間に入っちゃって最後は塵になるという散々な目にあう会社にいながら、ミチだけは最後まで無事でした。なぜでしょうか。彼女は決して絶望せず、孤独をはねのけるメンタルの強さを持っているから、でしょうか。

 推定する材料のない田口を除く3名は総じて受け身タイプでした。田口が無断欠勤していた時、田口の家まで行ったのはミチです。幽霊に接触されて塞ぎ込むようになった矢部をフォローしたのもミチ。社長が失踪した後、方方に連絡したのもミチ。順子を救出したのもミチで、何なら川島に春江の捜索を提案し、川島を救出し、川島を看取ったのもミチです。みっちみち。社長は基本的に逃げてるし、順子は不安がるだけで何もせず、矢部もシニカルに構えて何もしません。

 このように、ミチ以外の全員に幽霊が浸け込む隙があったのに対して、ミチだけは活力に溢れていました。自宅でテレビ画像が乱れる異変はあったものの、順子を助けに入った以外で開かずの間に招かれることもありませんでした。彼女は決して恵まれた環境にいるわけではありません。両親は離婚、少なくとも別居状態にあり、彼女自身も小さな自家用車を所有しているとは言え、広くはないアパート暮らしです。にも関わらず、孤独に苛まれることも死に惹かれることもない、実に健全な人間性を発揮していました。

 きっと、確たる目標もないが漠然とした無根拠な不安は持たず、孤独を苦とせず、身近な小さい出来事にも幸せを感じて生きていけるようなタイプなのだと思います。母親の件で打ちひしがれはしても、川島が現れると立ちどころに回復します。体が動く限り立ち向かっていく強靭なメンタル、という定番のヒロイン像とは違って、現実逃避はせずに身の回りでやれることをやるだけ。文字にすると実に平凡そうな人物ですが、劇中ではチョイ役の役所広司を除いてたったひとりしかいませんでした。現実世界でも、平凡そうな人ほど実は少数派なのではないか、と思わされました。

おわりに

 さて、書きたいことを書いていたらあっという間に5000字超えてしまいました。何度見ても新しい発見があったり、思い直すことがあったりして楽しいし、他の作品とのつながり妄想も楽しいです。例えば、役所広司と言えば「カリスマ」の薮池役でもありますが、どことなく回路に出てきた役所広司の雰囲気が薮池ぽいなと感じています。カリスマの世界と回路の世界が同じで、薮池があるがままに船を動かしているのだと思うと胸アツです。

 こういうことを書き始めると切りがないので、そろそろ筆を置く的なことをしたいと思います。ではまた。

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