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銀行2行による店舗外ATMの統廃合

独占禁止法に関する相談事例集(令和元年度)の事例1です。
「実践知●頁」とあるのは『独禁法務の実践知』の該当部分を指します。 

事案の概要

銀行2行が、日本全国に所在する2行の店舗外ATMの設置拠点のうち、近接しているものの一部について共同して統廃合するとともに、2行間で店舗外ATMを相互開放するという取組を計画したものです。
なお、ATMに係る振込手数料については、従来どおり、2行がそれぞれ独自に決定するものとされています。

事案の概要図は次のとおり(出典:公正取引委員会ホームページ)。

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生じうる独禁法上の懸念は何か

ATMは、個人預金者が銀行との間で預金の預入れや引出しのほか振込などの取引を行う窓口となるものです。銀行間の競争におけるATMの機能について、次のとおり指摘されています(2〔相談の要旨〕(3))。

 一般消費者にとっては、住居、職場等の自らの行動範囲の近くにATM又は店舗の窓口が存在するか否かという点も、預金契約を締結する銀行を選択する際の考慮要素の一つになる。このため、銀行は、契約者を獲得する競争において、預金の金利等の外に、契約者の利便性を向上させる観点から、ATM及び店舗の窓口の数・立地についても、競争手段の一つとしている。

すなわち、各銀行は、個人預金者を獲得・維持する競争の一環として、ATM等の設置拠点を増やすという付帯サービスに関する競争を行っているものと評価されます。

そうしたところ、競争関係にある銀行が「共同して」ATMの統廃合を行うことは、銀行間で本来行われるべき付帯サービスに関する競争を人為的に回避するのではないかとの懸念を生じさせます。これが本件取組につき独禁法上の検討を行う出発点となります。

2行がATMを共同で統廃合する目的は何か

競争者間の協調的取組が、もっぱら競争を制限することを目的とするものであり、それ以外に特段の合理的な目的が認められない場合には、通常、そのような行為自体が反競争的です。
そのため、それが実効性をもって行われたならば、競争阻害効果の有無を厳密に分析するまでもなく、独禁法違反となりやすいといえます(実践知16~17頁、41~42頁)

2行が本件取組を行おうとする目的は、次のとおり説明されています(2〔相談の要旨〕(4))。

 店舗外ATMについては、維持に多額の費用を必要とする一方、相互開放ATMやコンビニATMの増加によってその必要性は相対的に低下しており、2社では、店舗外ATMの配置の見直しが喫緊の課題となっている。
 もっとも、この見直しに当たり、店舗外ATMの設置拠点を削減すると、2社の個人預金者にとって預金取引等に係る利便性は低下する。
 このため、2社は、(本件)取組を一体的に行うことを予定している。

すなわち、2行がそれぞれ独自の判断でばらばらに店舗外ATMを削減すると、2行の個人預金者にとって利便性が低下することになるため、2行の店舗外ATMのうち近接しているものの一部につき統廃合を行うとともに、2社間で店舗外ATMの相互開放を行うことによって、需要者(個人預金者)の利便性を確保することが本件取組の目的であるといえます。

このように、本件取組は、2行間でATM等の設置競争を回避すること自体を目的としたものではありません。そのため、本件取組は、その競争阻害効果を詳細に分析することなく独禁法違反と即断できるものではありません。

正当な目的を実現するために合理的に必要な範囲内での取組か

競争者間での協調的取組が、正当な目的に基づくものであって、当該目的を実現するために合理的に必要とされる範囲内のものである場合には、独禁法上正当化される余地があります(実践知13~14頁、38頁、110~112頁)。この考え方は、事業者団体による活動に関してしばしば言及されますが、事業者間での共同行為についても同様に考えることができないという理由はありません。

本件において、公正取引委員会は、需要者の利便性を確保するという本件取組の目的が正当と評価できるかどうか、また、本件取組の内容が当該目的を実現するための手段として合理的に必要なものであるかどうかにつき、直接的には言及していません。

これは、上記のように、公正取引委員会が目的・手段による正当化を認めているのは事業者団体の活動に関してであり、事業者間での共同行為についてはそれを正面からは認めていないからかもしれません。

もっとも、ある行為が正当な目的に基づくものであって合理的に必要とされる範囲にとどまっているならば、通常は競争阻害効果が生じることもないでしょう(実践知13~14頁)

そのため、公正取引委員会としては、本件につき、目的・手段による正当化を正面から認めずとも、競争阻害効果がないということで適法と取り扱うことができ、結論において実害は生じないということでしょう。

競争阻害効果は生じるか

それでは本件取組による競争阻害効果はどのように評価されるでしょうか。

対象範囲の限定

公正取引委員会は、まず、次のとおり、本件取組の対象が限定されていることを指摘します(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)イ(ア))。

 2社による統廃合の対象となる店舗外ATMの設置拠点は近接しているものの一部にすぎず、また、2社の店舗内ATM及び店舗の窓口は廃止の対象とはならないこと

共同行為の対象となる範囲が限定的であり、統廃合の対象とならないATMや店舗窓口が多ければ多いほど、競争阻害効果は小さいものと評価されます(実践知41頁)
また、これは、需要者の利便性を確保するという目的に照らして、本件取組は合理的に必要とされる範囲内に限定されたものである、と暗に示すものとも読めます。

需要者の利益は害されないこと

次に、公正取引委員会は、次のとおり指摘します(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)イ(イ))。

 統廃合が行われる店舗外ATMの設置拠点の周辺地域においても、2社の個人預金者は、本件取組によって相互開放される2社の店舗外ATM等を無料で利用することができること

これは、本件取組は需要者の利益を害するものではないということを示すものと考えられます。需要者の利益が害されないという結果の観点から、競争阻害効果が生じないことを裏付けるものといえます。

有力な競争者の存在

以上の2点から、本件取組によっても競争阻害効果が生じないことはほぼ確実ですが、公正取引委員会は、さらに、次のとおり指摘します(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)イ(ウ))。

 2社には有力な競争者が複数存在しており、当該競争者は全国各地にATM及び店舗の窓口を配置していること

これは、競争者による競争圧力が存在することを指摘するものです。本件取組の当事者である2行が恣意的にATM等の設置競争を制限する可能性が低いことを示すものであり(実践知40~41頁)、いわば念押しですね。

ATM等設置競争への影響

以上のような考慮要素を挙げて、公正取引委員会は、本件取組につき、次のとおり評価を示しました(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)イ)。

本件取組については(・・・)預金取引等に係る顧客獲得の手段の一つであるATM等の設置競争への影響は限定的であると考えられる。

預金取引等をめぐる競争への影響

ただ、本件で少しトリッキーなところは、これに続けて、次のとおり述べられたことです(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)イ)。

 また、ATMに係る振込手数料については、特段の取決めを行わず、引き続き、2社の間で競争が行われる。
 以上によれば、本件取組は、一定の取引分野における競争を実質的に制限するものではなく、独占禁止法上問題となるものではない。

「ATM等の設置競争への影響は限定的である」ことから直ちに「一定の取引分野における競争を実質的に制限するものではない」との結論に至っているわけではありません。
「ATM等の設置競争への影響は限定的である」ことに加えて、ATMに係る振込手数料については競争が維持される旨を付記することによって、「一定の取引分野における競争を実質的に制限するものではない」との結論を導いています。

これは何を意味するのでしょうか。

「一定の取引分野」とは、競争が行われる場を意味するものであり、競争阻害効果の有無を判断する際の前提となるものです(実践知21~22頁、39~40頁)

公正取引委員会は、本件取組につき検討対象となる一定の取引分野として、次のとおり、日本全国における「預金取引等」と画定しています(3〔独占禁止法上の考え方〕(2)ア)。

 本件取組は2社の店舗外ATMの設置拠点の統廃合及び相互開放を行うものであるところ、店舗外ATMで行われる取引・サービスは預金取引等であることから、「預金取引等」を役務範囲として画定した。
 次に、一般消費者は、自らの行動範囲の近くにあるATM又は店舗の窓口で預金取引等を行うことが多いと推測されるため、一般消費者の行動範囲を基準に、ATM及び店舗の窓口ごとに地理的範囲を画定すべきであるとも考えられる。もっとも、ATM及び店舗の窓口は日本全国に存在しているところ、地域によって預金取引等に係る競争の状況が異なるという事情は存在しないことから、「日本全国」を地理的範囲として画定した。

ここでの「預金取引等」とは、金融機関が、預金契約に基づいて一般消費者との間で行う預金の預入れ・返還の取引や、一般消費者に提供する振込入金の受入れ等のサービスをいうものとされています(2〔相談の要旨〕(1))。

ATM等を設置するという付帯サービスは、預金取引等の顧客を獲得するための手段の一つに過ぎません。
それ以外にも、金利や手数料をはじめとして、預金取引等をめぐっては様々な競争手段が存在します。
そのため、たとえATM等の設置競争が阻害されたとしても、預金取引等の競争は阻害されないということは十分ありえます。

本件において、「ATM等の設置」ではなく「預金取引等」が一定の取引分野として画定されたということは、「ATM等の設置」自体は、一定の取引分野を構成するには足りないと考えられたとも読めます。

他方、もしかしたら、「独禁法上問題とはならない」との結論を導くロジックとして、「ATM等の設置競争を実質的に制限するものではない」と断言するには少し躊躇があったため、より確実なところで「預金取引等の競争を実質的に制限するものではない」と逃げただけなのかもしれません。

たとえ、メインの商品や役務(本件でいえば預金取引等)における競争を制限するものではなくとも、副次的なサービス(本件でいえばATM等の設置)に関する競争を合理的な理由なく制限することは、不当な取引制限として独禁法違反とされる場合があるので、注意が必要です(実践知109頁)

実践知!

顧客獲得手段の一つである付帯サービスについて、競争を共同で制限する行為も独禁法上問題となりうるが、正当な目的を実現するために合理的に必要とされる範囲内に取組内容を限定し、需要者の利益を害さないように配慮することによって、独禁法違反を回避することができる。


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