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「霜降り明星のオールナイトニッポン0」でお笑いは初めておれたちのモノになった。

本当に良いラジオ番組というのは、初めて聴いたときに衝撃が走る。

「面白い」とかもうそういう問題じゃない。
感情が昂って全身からワー!っとアドレナリンが出る。

理解出来ない何かがある。

「霜降り明星のオールナイトニッポン0」を聴いたとき、その衝撃を確かに、ハッキリと感じた。

霜降り明星のラジオは、まさに「次世代」。
20〜30歳くらいの(おれと同じように)霜降り明星と同世代の人のためのラジオだ。

理解出来ないと言うことは、「新しい」と言うことだ。

そんな「霜降り明星のオールナイトニッポン0」の新しさを3つ紹介したい。




①「初めて現れた同世代パーソナリティ」

おれは、1994年生まれの今26歳だ。

小中学生の頃、テレビにいたお笑い芸人は、さんまさん、紳助、ビートたけし、タモリさん、志村けん、ダウンタウン、とんねるず、爆笑問題、さまーず、くりーむしちゅー、ナインティナイン、雨上がり決死隊、ロンドンブーツ1号2号、バナナマン、おぎやはぎ。
異論はあるだろうが、まあ大体そんなところだ。

それから10以上年経った今、不祥事だったり、最近亡くなってしまった方も多少はいるが、基本的にテレビにいる芸人の顔ぶれはたいして変わらない。
お笑い芸人は完全に飽和し、テレビ番組に出るための席は詰まりに詰まっている。

お笑い芸人は、出る番組の枠がないからブレイク出来ない。
その結果、テレビの外で芸歴を積みまくった30代、40代のベテランお笑い芸人が「若手芸人」としてテレビに出てくる。

だから、俺たち20半ばくらいの人たちは、「同世代」のお笑い芸人をほとんど知らなかった。
というか、上の世代の芸人しかテレビにいなかったから、それを特に意識することも出来なかった。
これは単に、年齢が同じくらいのお笑い芸人が現れなかったとか、そう言う単純な話ではない。

テレビとは、お笑い芸人とは、常におれたちにとって一世代前(とかもっと昔とか)のカルチャーをネタにしていた。
芸人はおれたちが直接触れてこなかった全日本プロレスに関するトークをしていて、それにおれたちも笑っていた。
ドラマ、漫画、音楽の話にしても、基本は一世代前のものがネタになった。


おれたちの世代にはダウンタウンもナイナイも現れなかった。

芸人たちは、テレビで活躍するためには、なんだかんだMCの芸人や、番組のノリに合わせるしかない。

霜降り明星のラジオを聞いて最初に感じた衝撃は、まさにそこだった。
このラジオは、実際におれたちが慣れ親しんだカルチャーをネタにしてた。

かいけつゾロリ、ポケモンアニメ、遊戯王カード、ナルト。

会話だっておれの、おれたちの、言葉で交わされる。
せいやのボケに、粗品は「キモっ」とつっこむ。

おれたちが使ってきた共通言語でお笑いをやっているという衝撃が、初めての体験が、そこにあった。
学生のとき、休み時間で、帰り道で、部活で、おれたちがまさにしていた会話の空気がそこにあった。

初めてお笑いは、おれたちのものになった。
霜降り明星は俺たち同世代の代弁者なのだ。

霜降り明星は松本人志のことを、岡村隆史のことを、太田光のことを、ラジオでいじりまくる(愛を持って)。
先輩芸人としていじるのではない。
おれたちと同じく小さい頃テレビで観ていたお笑い芸人として、今の柔らかくなった世界と違う文化で育ってきた不器用でかわいいおじさんとしてイジる。

そんな芸人はいなかった。
そこにも驚きがった。

霜降り明星は、初めておれたちに現れた同世代パーソナリティなのだ。




②「ダウンタウンのお笑いへのアンチテーゼ」


霜降り明星は、ダウンタウンが作り出した芸人像をことごとく破壊する。

芸人が熱い部分を見せるのは、ダサい、カッコ悪い、そんなの芸人じゃない。
そんなところを霜降り明星は、あっさりと超えて来る。

おれたちは、別に自分たちから願ってそうなった訳では無いが、「ゆとり世代」である。

他人と戦う時代じゃ無い。
俺たちは多様性の中で生きてきた。

おれたちゆとり世代にとって、「カッコつける」ことは、「カッコ悪い」ことなのだ。
不況の中で社会が後退することしか知らないおれたちは、無意識にいろんなものを許容してきたし、たぶんするしかなかった。
他人を許すし、自分を許す。ライバルを応援するし、励まし合うし、弱音も吐くし、感謝も伝える。

おれたちは素直だ。

霜降り明星は、どんな想いでお笑いをやっているのか、どんなお笑いをやっていきたいのか、全て等身大の言葉で恥ずかしがりもせずにコンビでアツく語る。
2人でお互いを褒め合うようなことも結構多い。

霜降り明星はアツさをネタにはしない。

言い方が悪いが、多くの芸人が昭和、平成と積み上げられてきた古いルールの中での、「お笑い芸人」を目指していたし、目指している。

これまでも、「お笑い」を更新してきた芸人はたくさんいたが、「お笑い芸人」を更新したのは、霜降り明星だと思う。
エネルギーが、華が他のスター級のお笑い芸人と比べても2つも3つも抜けている。
更新していく者に必要なのは、技術よりもエネルギーなのかもしれない。

もう若手芸人が、若者が尖っている必要はない時代だ。




③「「霜降り明星」のイメージとのギャップ

おれが1番衝撃を受けたのはこの部分かもしれない。

M−1を取った後の霜降り明星は、テレビで順調に売れていった。
その時期に世間が持っていたイメージは、「せいやを操る天才粗品」だったし、おれにとってもそうだった。

霜降り明星が全国区になる前、2018年のすべらない話にいきなり出て来て、超面白いフリートークをかましてMVSを取ったせいや(おれは一本目の元カノから逃げる話の方が好きだった)のことを観てはいたが、やっぱり持ち上げられる粗品に目が行っていた。
せいやは容姿や体型や、短パンの衣装からも「本格っぽさ」とか「カリスマっぽさ」みたいのからはちょっと遠い存在だった。

テレビ番組にゲストで呼ばれて、先輩芸人たちにイジられてリアクションをする「元気な霜降り明星」のイメージもかなり強かった。

ラジオを聴いた時、そのイメージとのギャップにマジで唖然とした。

「元気な霜降り明星」からは想像が出来ないほど、淡々としたトーンでトークが行われる。
テレビでは全力でリアクションしまくるせいやが大御所のようにドシッと構えて、ゆる〜くボケる。
粗品もボソッと突っ込む。

せいやがギアをいきなり上げる、粗品もしっかりつっこむ。
このままトップギアに入るか??と思ったら、、、またフェードアウトして焦らしてくる。
中々大爆発はしてくれない。

でも、ここだ!とトップギアに入ったらもう止まらない。手が付けられない。
せいやがボケてボケてボケまくる。
粗品がそれに全て会心のツッコミを入れる。

笑いまくって、涙出まくりだ。

せいやは、ワードセンスも引き出しの数もテンポも天才級だ。
粗品が操るどころか、霜降りのラジオをグングン引っ張っていく。

粗品ももちろんボケられるし、せいやも実はツッコみがめちゃくちゃうまい。
どちらもオールマイティだ。

ラジオを聴くと、そこには2人の天才がしっかりとそこにいる。




「霜降り明星のオールナイトニッポン0」は、いつでも等身大だ。
おれと同じく、同世代の人たちにこそ聴いてほしい。

霜降り明星は新しい時代のお笑い芸人像を、人物像を提示している。
2人の魅力が電波にノッテ、あなたの街に流れている。

良かったら、同世代のあなたとか、君とか、お前とかに聴いて欲しい。

あ、そうそう!それとね、粗品の声変わりの時期の陰キャラみたいな「アヒャヒャヒャヒャ!」って笑い声も最高なんだよ。



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26歳です。エッセイと漫画あげます。札幌出身でアイスホッケーをずっとやっていました。オードリーのANN毎週聴いてます。腰痛が痛い。Twitterもやってます👉🏻 http://u0u0.net/6REW

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