『WAVES/ウェイブス』における監督の作家性とその変容
『WAVES/ウェイブス』を観た。
日本の宣伝から漂う『ムーンライト』の二番煎じ感、映像&音楽重視な雰囲気に最初はスルーしようと思っていた。
しかし、「ネタバレ厳禁案件」というネットでの評判、監督のデビュー作『クリシャ』の衝撃が頭に残っていたことから、鑑賞を決意。
監督の前作『イット・カムズ・アット・ナイト』を予習して、映画館に足を運んでみた。
すると、想像とは全く異なる意外な展開に圧倒され、過去作との様々な相違点から作家性が浮かび上がる鑑賞体験となった。
今回は、そんな『WAVES/ウェイブス』について、監督の経歴、過去作との相違点を中心に述べていきたいと思う。
監督の経歴
出典:https://eiga.com/person/307763/
トレイ・エドワード・シュルツは、本作の監督であり、1988年生まれアメリカ出身の映画作家。
18歳の頃、インターンでテレンス・マリック監督『ボヤージュ・オブ・タイム』の撮影に参加したことから、監督の他の作品にもスタッフとして参加。
独学で映画について学び、2014年、短編『krisha』でSXSWの賞を受賞したことから、映画監督としての道を一気に登り始めた。
過去の長編作品には、『クリシャ』(2015)、『イット・カムズ・アット・ナイト』(2017)がある。
監督の過去作
・『クリシャ』(2015)
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感謝祭に合わせて、家族のもとにやって来たおばあさん・クリシャ。難を抱える性格ゆえ、周囲から疎まれてしまう彼女の「孤独」を描いた作品。
家庭内で感じる精神的な圧迫の描写、360度回転の独特なカメラワークは、『WAVES/ウェイブス』にも継承されている。
きつく伸ばした糸のように緊張感が張り詰める展開と、それらが少しずつ断ち切られていく後半、そして、全てが濁流のように流れる衝撃の結末。
『WAVES/ウェイブス』前半の展開は、まさしく、本作の別パターンともいえる。
・『イット・カムズ・アット・ナイト』(2017)
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とある事情から、山奥で密かに暮らしている家族。彼らのもとに"ある訪問者"が現れたことで巻き起こる「恐怖」を描いた作品。
『WAVES/ウェイブス』同様、日本での宣伝と本編の内容が激しく乖離した一作。
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ポスターや予告編などから、ホラー映画のような印象を与える本作だが、実際のところ、危機的状況における人間たちの内面描写が印象的な作品だった。
「精神的に追い詰められていく登場人物」たちを表す演出では、画面アスペクト比の変化が用いられており、これは『WAVES/ウェイブス』でも共通している。
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また、『WAVES/ウェイブス』同様、主演を務めているのは、ケルビン・ハリソン・Jr.。鏡を見つめる、自分の手のひらを見つめるなど、類似したシーンが数多く登場。
主人公が不思議な夢をみるという設定は『WAVES/ウェイブス』における一家の妹・エミリーにも通じていた。
監督の作家性
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ここまで、過去の監督作品を紹介してきたが、その主な共通点(作家性)としては、以下のものが挙げられる。
・家庭内でのしがらみ
・緊張感が張り詰める展開
・周囲との関係性から生じる居心地の悪さ
・悲劇的な結末
一方で、『WAVES/ウェイブス』では、悲劇的な結末という部分に大きな変化がもたらされていたのではないか。
監督の過去作同様、精神的に追い詰められていく主人公の姿が苦しい前半、しかし、その後には思わぬ展開が待ち受けている。
出典:https://eiga.com/movie/92257/gallery/12/
これまでの作品では一貫して、人間が「崩壊」するさまを描いていた監督が、本作の後半では一転して、そこからの「再生」を描いているのである。
正直なところ、筆者は監督のデビュー作『クリシャ』を鑑賞した際、映像の編集などには驚かされたものの、悲劇的な結末には煮え切らない思いを抱えていた。
登場人物たちの結末は明確に描かれず、その後の物語は突き放されるように観客へと委ねられる。
そして、精神的に追い詰められた末、絶望の淵に落ちた主人公たちは、救われることなく、物語は結末を迎えるのだ。
それは作品の良さであると同時に、どこか弱点でもあったのではないかと思う。
出典:https://eiga.com/movie/92257/gallery/5/
しかし、本作ではどうだっただろうか。
「悲劇」という部分は一貫していながらも、これまでの作品にはない物語の主体に対する救済の兆し、そして、厳しい結末でありながらも、ささやかな希望を感じさせるラスト。
このような過去作品との変容は、鑑賞後の後味を全く異なったものにしており、筆者は強く心を突き動かされた。
アリ・アスター監督作品との類似性
出典:https://eiga.com/movie/91493/gallery/
また、トレイ・エドワード・シュルツ監督作品には、以下の部分において、アリ・アスター監督作品(『ミッドサマー』『ヘレディタリー 継承』など)にも通ずる部分があるように思われる。
・親密な関係性から起こる不和
・観客の精神を追い詰める音楽の使用
・徐々に入れ替わるカット手法(ディゾルブ)
・A24が製作、もしくは、配給に携わっている。
これらの内容を総合すると、両者の作品の共通点は他者との心理的な関わりを独特な映像的手法で表現している部分と言えるだろう。
家族や恋人であっても、完全に理解することができないのが、人間というものの性。
そんな難しい題材を時に美しく、時にまがまがしい映像で切り取っているところに、両監督の魅力があるのだと筆者は考えている。
このように、監督の過去作品やアリ・アスター監督作品を追うと、より見え方が変わってくる作品『WAVES/ウェイブス』
トレイ・エドワード・シュルツ監督のデビュー作『クリシャ』は、現在、公開を延期中だが、『イット・カムズ・アット・ナイト』は、各種ストリーミングサービスで鑑賞することが可能。
また、アリ・アスター監督の過去作品も各種ストリーミングサービスで絶賛配信中。
ぜひ、本作にハマった方も、そうでなかった方も、鑑賞後には、これらの作品を観て、その相違点を楽しんでほしい。
参考文献
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