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小説探訪記03:SF小説回

今日も小説探訪記。長文を縷々るると書いていく。長いと感じたら、一休みしていただけると幸いだ。ゆるりゆるりと読んでほしい。

最近のSF小説について

ここ最近はSF小説をたくさん読んでいる。読んだ作品をリストにまとめたい。ネタバレがあるので注意されたい。太字の作品については特に。

劉慈欣『三体』
アンディー・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』
伊藤計劃『虐殺器官』
佐藤究『Ank: a mirroring ape』


劉慈欣『三体』~監視への恐怖

劉慈欣『三体』から感じたのは「監視への恐怖」である。地球を発見した三体星人は、加速器に智子(ソフォン)という超小型量子コンピュータを送り込み、素粒子物理学の実験にて人間が誤った結果を得るようにしている。(人類が科学を発展させることを妨害するためである。)

地球全体も三体星人に監視され、人間の思考すらも読まれてしまう。

一方、三体星人はどこから見ているのかわからない。ゲリラ兵が森林にこもっているように、三体星人も宇宙の闇の中に潜伏している。誰かに見られているが、私たちはその誰かを確認することができない。その恐怖感が『三体』に現れている気がする。

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』~衰退へ向かうしかない超大国の危機感

こちらは「国家の衰退」への恐怖が見え隠れしているような小説である。地球に到達する太陽光の強度が小さくなってしまった。なにか代替手段を見つけて光エネルギーを確保せねばならない。このままでは農業が困難となり、飢餓と戦争の時代になってしまう。……そういう問題設定から始まる小説である。

絶望的な自然災害の前に、人類は一世一代の博打・大逆転の一手として、宇宙探査計画〈ププロジェクト・ヘイル・メアリー〉を実行する。本作には超大国としての威信と衰退への危機感が秘められている気がする。大逆転の一手。それを打たねばならない事態なのだ。アメリカの繁栄は限界を迎えて、あとは衰退していくしかないのか。そういう像が見えてくる。

伊藤計劃『虐殺器官』~SNS時代の予言

いつからそうなったのかは定かではないが、SNSは怒りの闇鍋になってしまった。ヒトラーというポピュリストにあれだけ痛い目をみたにもかかわらず、世界ではポピュリストが増えている。どちらも民衆の狂気にねざした現象である。では、どのようにして狂気は伝染するのか?

伊藤計劃『虐殺器官』と佐藤究『Ank: a mirroring ape』――大衆が抱えている憤怒と狂気がどのように伝染していくのか。それぞれ異なる視点から、面白い考察を通して描かれた作品である。

『虐殺器官』で登場したのは「虐殺の文法」というアイディアである。人々を憤怒へと駆り立てる文法ないしは言葉が伝播していくことによって、テロや戦争が起きる。興味深い設定は多々あるものの、本線から逸れるので、ここでの詳述は差し控えたい。しかし、重要なのは「言葉」である。言葉が原因となった人々は暴走してしまう。SNSの時代を的確に予言している小説といえるのかもしれない。

佐藤究『Ank: a mirroring ape』~共感モンスター群の暴走

しかしながら、SNSで交わされているのは「言葉」だろうか? LINEではスタンプを用いる機会が多く、Twitterで見かけるのは定型文の応酬ばかり。どのSNSでも長文は避けられ、共感が求められる。炎上もこの延長にあり、時勢をみて叩ける人間を叩いておく。その怒りに共感して連帯感を獲得する。そこには「虐殺の文法」よりももっと原始的な感覚が働いている気がする。

そんな2010年代の世相を反映して生まれた小説が『Ank』ではないかと思う。Ankとは一匹のチンパンジーであり、人間はAnkの雄叫びを真似たこと(鏡像行為ミラーリング)によって暴動が起きてしまう。狂気の伝染にことばもウイルスも必要ない。必要なのは相手の行為を真似る「鏡像行為ミラーリング」だけだ。つまりは同じポーズを表明すればいいだけである。

大衆の狂気に言葉や文法といったものは不可欠ではなく、鏡像行為ミラーリング(共感のポーズ)というもっと原始的な営為に起因しているのではないか? 読みながらそんなことを感じた。

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