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🎥黒澤明『夢』について

※※ヘッド画像は きよひこ さまより

ほとんどの場合、私は映画を最後まで観ることができない。2時間もジッと座っているのが辛い。1時間も経ったところで、観るのを中断してしまう。

ただ黒澤明『夢』は最後まで観ていられた。座りっぱなしの辛さを全く感じなかった。むしろ、楽しかった。

ネタバレは避けられない。未視聴の方は、ぜひ本編からご覧になっていただきたい。また、この映画には、解説するようなストーリーもさほどない。(なにせ『夢』であるから。)本作の魅力は、ストーリーにではなく、カメラワークや構図や個々のシーンに宿っている。ぜひ一度ご覧になっていただきたい。

どんな映画か?

幻想的な短編映画8つが繋がれた映画である。「こんな夢を見た。」というシーンで個々の映画が繋がる。夏目漱石の『夢十夜』を意識したつなぎ方である。その中でも「狐の嫁入り」と「兵士とトンネル」を特集したい。

狐の嫁入り

狐の嫁入りとは、いわゆる天気雨のことだ。【太陽が出ているのに雨が降る】という矛盾したような天気を、昔の人々は凶兆と捉えた。そんなときに執り行われる狐の嫁入りは、人間が見てはならないもののように思えてくる。かくして、狐の嫁入りは、見てはならない禁忌として言い伝えられるようになった(らしい)。

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この映画を観たとき「『雨月物語』の世界だ!」と思った。あるいは柳田国男や折口信夫が書き遺した世界かもしれない、とも思った。

さらに『夢』は能の世界でもあった。映画の前半は能で出来ている。と、言っても過言ではない。能面の美と恐怖。日本古来からの甘味と苦味とが混じりあっている。緊張と緩和が視聴者を捕らえて離さない。この感覚によって、我々はこの映画が只者ではないと知る。

カメラの性能は当時よりも向上しているはずである。しかし現代の映画よりも、『夢』の方が、画として整っているという点も見逃せない。湿潤な空気や和らいだ日差し。『夢』ではそれらが映し出されている。

兵士とトンネル

帰還兵がトンネルを潜る夢
戦争が終わり、故郷に帰ろうとする帰還兵はトンネルを潜る。山中の薄気味悪いトンネルである。そこを抜けようとすると、一人分では済まない足音が聴こえてくる。トンネルを抜けたはいいものの、足音は止まない。止まぬ足音の正体を見届けねば、気が落ち着かない帰還兵は、足音の群れの正体を待つ。

……という話であるが、これ以上言及すると怒られそうなので、秘密にしておく。しかし、この短編では、犬が辛子のように利いている。黒い犬の動きが、帰還兵と玉砕した兵隊の本音を如実に表現していて、よくできている。

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