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読書全般

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純文学全般の話をまとめたマガジンです。
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記事一覧

私の読書日記~今日について:2024/03/11

この日になると小松左京「骨」という短編を思い出す。 地層と時系列の関係が逆転していて、浅い地層からは古い骨が、深い地層からは新しい骨が出てくるという設定があり、主人公の男が発掘作業を行っていく内に、古代・中世・近代の骨や遺物を発見しながら、最後には自分自身の骨を掘り出してしまうというホラーになっている。 この短編(短編集は1977年、初出は未確認)自体は東日本大震災と無関係である。しかしながら、作者(病死)は震災の同年に亡くなっていることから、私はどうしても作者と主人公の

20世紀の小説作品年表(ジャンル混合)ができました!

20世紀(正確には1900-2000年)の小説作品年表を作成してみました。ジャンル混合なので、純文学やSF・ミステリなどに特化している方でも意外な発見があるかと思います。作業工程や補足説明は脇に置きましょう。まずは完成品をどうぞ。 小説作品年表(完成品)スプレッドシートのリンクをご用意しました。ぜひクリックしてご覧ください。 以下は年表を見る際の補足情報となります。 年表のテンプレート完成品にはその痕跡を残していないのですが、年表作成にはExcelの関数を利用しています

村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』読書メモ

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、全40のチャプターから成り立っている。奇数番号では「ハードボイルド・ワンダーランド」の物語が展開し、偶数番号では「世界の終り」の物語が展開する。  ここでは、40のチャプターに対して1つずつ記した所感を、ツイート形式で紹介していきたい。 1~10(1)精神世界に潜っていくためのエレベーターが提示されると同時に、主人公の一人称が「私」であることが示される。太った女のコロンから何かプルースト効果のような心理現象を想像させつつ、

村上春樹『街とその不確かな壁』読書メモ

※ネタバレ注意  細かい感想に関しては後日、詳細に言及することとして、ここでは全体の所見を述べたい。 全体の所見『海辺のカフカ』や『騎士団長殺し』『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』といった、過去の長編小説を踏まえた描写がいたるところにみられ、「最も村上春樹らしい作品」なのではないかと感じた。 しかしながら、『ねじまき鳥クロニクル』以降に意識されてきたコミットメントが希薄であり、『ねじまき鳥クロニクル』や『1Q84』のようなエッジの効いたメッセージを読者に想像

植物をえがく小説家:キム・チョヨプ『地球の果ての温室で』

 ”ダスト”という大気汚染物質が拡散したことによって、ほとんどの動植物が死に絶えてしまうという厄災が起こった、『風の谷のナウシカ』を連想させるような世界が、作品の舞台となっている。  人類滅亡の危機であることには間違いないものの、文体は暖かく静かなものであり、大樹に守られているかのような気分になる。植物に対する豊かなイメージは、大江健三郎の中期作品に描かれるような巨木の印象と相通ずるものがあるかもしれない。  一方で、作中にみられる”どこまでも広がっていくかのように思われ

懐かしい音楽がよみがえる:村上春樹『一人称単数』

 以前にも『一人称単数』を取り上げたことがあったが、文庫化したので再び読み返してみた。  チャーリー・パーカーのことはほとんど知らないけれど、ビートルズのことは少しだけ知っている。だから、村上春樹の文章に響いているジャズ・ミュージックを鋭敏に感じ取ることはできないけれども、ビートルズを聴いている午後のけだるい心地良さというものは鮮明に思い浮かぶ。  しかし、世間はせわしなくなり、のんきな昼下がりというものは贅沢品になってしまった。だからこそ、この本を読んだときに、そんな感

読書コンシェルジュの制作と失敗

※回答の質はまったく期待できませんが、ぜひ遊んでみてください。なお、アクセス状況によっては、閉鎖するかもしれません。▼  トルストイ『戦争と平和』やガルシア=マルケス『百年の孤独』を読んでいると、どうしても人物を把握しきれないことがある。メモを取りながらゆっくり読むのが、本来の楽しみ方なんだよ。そう言われても、多忙な現代人には贅沢な方法であり、ちょっと現実的じゃない。  そこまでの大長編ではなくとも、世の中には読書が得意ではない人がいて、色んなことを記憶しながら何かを読む

小説探訪記14:激変する時代の中で

 激変する時代において、私はどんな文学作品を読んでいけば持ちこたえられるだろうか。あるいは、過去の作家たちはどのようにして過酷な時代をやりすごしてきたのだろうか。(ときにやり過ごせずに亡くなってしまう作家もいる。芥川龍之介がその代表例ということになるだろうか。)日々、国際情勢に関するニュースを聞くたびにそう感じる。  今年(2023年)の3月3日に大江健三郎氏が老衰により亡くなった。訃報が発表されたのは3月13日のことである。私は大江氏の死を悼む一方、老衰で没したことに安堵

AIに小説を書かせてみる【題名:深夜2時のジャズ】

 今日はAIに書かせてみた小説を、実験結果として紹介したい。 深夜2時のジャズ(Bing AI) まずはBing AI(Creative mode)に次のような質問をぶつけてみた。  質問文のおかげか、文章全体にそこはかとない村上春樹っぽさがある。(とはいっても、それは傾向の問題であり、村上春樹の物真似というわけではない。)筋としては全く面白味を感じないものの、文体は軽く、読みやすい。 「部屋には彼とジャズだけが存在しているような静寂が漂っていた。」という文章から、撞着

読了ツイート集:2023年2月+編

01.小川哲『地図と拳』(1月23日) 舞台は満州の小村・李家鎮。膨大で困難な仕事の末に記されたであろう、信用しきれない地図の上に、欲望や意思を反映した都市が築かれては、拳により破壊される。容赦なく変化する現実と曲げられない虚構の間で、人生を頼りない地図や拳に賭ける人々の姿は、たくましく儚い。 02.S.B. ディヴィヤ『マシンフッド宣言』(1月25日) 舞台は21世紀末、弱いAIにより大半の仕事は奪われ、人類は能力を向上する薬剤(ピル)を摂取することで、専門的な仕事か

小説探訪記13:2023年01月の読書記録

 今回は1月の読書記録をメインに語っていきたいと思います。今月は、嬉しいことに、『戦争と平和』や『地図と拳』といった大作を読むことができました。補足コメントをつけつつ、読了ツイートを一挙に紹介します。 2023年01月の読了ツイートトルストイ『戦争と平和』新潮文庫全4巻第1巻 『戦争と平和』の序盤、アンナ・パーヴロヴナが当時は未知であったインフルエンザに罹患するシーンから始まる。その場面を引用しておこう。 第2巻  本作の主人公を強いて挙げるとすれば、私はピエールと答

人工知能の人権宣言:S.B. ディヴィヤ『マシンフッド宣言』読書メモ

 今日は短めに。Twitterで書いた読了ツイートと感想文を紹介します。紹介するのは、S.B. ディヴィヤ『マシンフッド宣言』について。 舞台設定の原風景人工知能と労働市場  21世紀末、弱いAI(自意識を持たないAI)の活用によって、大半の仕事が人類から奪われた。その結果、高度な知的専門職に就くか、安価な請負い労働に従事するか、人類の労働状況および経済状況の二極化が進んだ。 [現実にも、Stable diffusionやMidjourneyといった画像生成AIや、Ch

小説探訪記12:歴史小説をもっと読む

 名刺代わりのSF小説10選に関する解説記事をやっと書き終えた。今後も、歴史・時代小説部門や幻想小説部門というようにシリーズ化していくつもりだ。とはいえ、その前に一息つくつもりで、今回は小説に関連する記事を雑多に書いてみる。 歴史小説・時代小説をもっと読む 日本人作家の歴史小説や時代物をあまり読んだことがない。2023年1月19日、千早茜『しろがねの葉』と小川哲『地図と拳』が直木賞を同時に獲る運びとなった。前者は戦国時代末期から江戸時代初期の石見銀山を少女の視点から描いてお

名刺代わりのSF小説10選【2022】05【終】

今までのシリーズ 名刺代わりのSF小説10選【2022】01水石鉄二|note 名刺代わりのSF小説10選【2022】02|水石鉄二|note 名刺代わりのSF小説10選【2022】03|水石鉄二|note 名刺代わりのSF小説10選【2022】04|水石鉄二|note 10.安部公房『第四間氷期』  前半は未来のことを正確に予言する「予言機械」が、後半は大洪水の後に人類の代わりに生き延びることになった「水棲人間」が、SF的な主題となっている。一見関わりのなさそうな2つ