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発達障害の育児マンガを描くのは何故か

一億総発信者時代の中で発達障害のマンガを描くこと

私は現在、育児マンガを描いている。

巷には育児マンガというのは本当に溢れかえっていて、その中で私の漫画が多くの人の目に知られるようにしていくというのは本当に大変なこと。
1億総発信者時代とか、誰かが言っていたっけ。

多くの育児マンガは「子どもが可愛い瞬間を残したい」というのをきっかけに描かれ始めたものだと思っていて…実際、育児している身から育児マンガを読むと「あ~わかるわかる」とついニヤついて読み込んでしまう。

そんな育児マンガの渦の中で私は「親子発達障害」の育児について書いている。

私がマンガを描く上で意識していることは
『成長した娘に堂々と見せられる漫画にすること』。

発達障害育児マンガも結構多いのだけど、ちょっと育児マンガの中でも色が違っている。

ほのぼの系より、どちらかというと
「どうして我が子に発達障害があると思ったか?」
「発達障害がある子を育てるのはこういうところが大変」
「発達障害があるとこんな感じ」
みたいな育児マンガが多くなってくる。

大抵”どのような場面で診断を受けるに至ったのか”そこから漫画が始まる。

私はそういう漫画をやっぱりついつい読んでしまうけど。
少しだけモヤモヤすることがあるのだ。
(否定する気はなく、あくまで個人的なモヤモヤです)

発達障害の子の大変さ『だけ』を描いた漫画を、後から本人が読んだ時。
本人がどう感じるか…ってこと。
もちろん、読み手からしたら、そこだけ欲しい人の方が多いと思う。
そこだけ書かれた漫画の方が人気が出るし、話題にもなると思う。

でもノンフィクションだからこそ、私は、登場人物として描かれた人の気持ちも考えたい。

だから私は漫画を描き始める前に「こういう漫画を描こうと思う」という話を長女にして許可も貰っているし、長女の前で堂々と作業もするし、たまに手伝ってもらったりもしている。

「発達障害のある子育てが大変である」ことにも触れるけれども、それ以上に日常にも触れることを大切にしている。
大変なことも多いけど、何だかんだで可愛いことも多いのだ。
私が伝えたいのは、どちらかというとそっちなのだ。

発達障害があろうがなかろうが、私は我が子がかわいい。

ただ、その障害を持つ子ども本人の苦しさ、親としてその特性に向き合うことの難しさを伝えてもいきたいのだ。


最初に娘に何かあるのでは?と疑ったのは2歳のころ。
家ではよくしゃべる娘が、保育園では全く喋らないことを知ったとき。
私は場面緘黙を疑って、発達支援センターに行った。

恐らくそこから漫画を描いた方が、きっとガツンと読者は増える。
そういう心配をしている親ほど、そういう内容の漫画に食いつくからだ。

でも、私はあえて0歳からの育児を描く。
夫婦喧嘩の話も、母乳トラブルの話も、発達障害と関係ないけど、そこも書く。アクセスは伸び悩んでいるが、描く。

”大変だと感じたところから。”
”「なんだかうちのコ他の子と違うかも」って思ったところから。”

そういうところから、私と娘の物語を書き始めたくなかった。
娘の育児は0歳から始まっているからだ。

いや、一度は描いたのだ。
それこそ「発達障害が発覚した」そのころの話から。
数記事で読者は一気に増えた。

私は調子に乗って「発達障害育児あるある」を漫画にした。
コメントやイイネがどんどん増えた。

でも、ふと気づく。
成長した娘がこれを読んだらどう思うだろうかと。

これは違う、これは娘に見せられない。
そう思って、過去のマンガは消した。

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長女が産まれて数年、私と長女が抱えた劣等感


他の子が当たり前に出来ることを、何故か自分が出来ない劣等感。
それを長女はずっと抱え込んで生きてきた。

3歳過ぎてもぼっこ手袋すら一人ではけない。
靴も靴下も上手にはけない。
チャックもあげられない。
時間や約束が全然守れない。
人の話をちゃんと聞けない。


娘だけを見ている分には(小さい子どもなんてこんなものだろう)と思っていたのに、ふと周りと比べたら同じクラスの子はみんなできている。
連絡帳には「みんなちゃんとできていたのに、長女ちゃんだけが出来ませんでした」と書かれることもあった。

”なんで周りの子が出来てるのに、うちの子だけ?”
その劣等感は、親として私も感じていた。

”みんなが出来るアタリマエのこと”が出来ないのでは、娘自身がきっとこの先苦労する。

だからこそ私は”出来るようにしてあげなければ”と躍起になった。

「こんな当たり前のことが出来ないの?」
「普通わかるでしょ?」

そんな言葉のシャワーを受けながら大人になった私。
私はそういう人生がとても苦しかった。

私は手のかかる兄と、年子の弟がいた中間子。
放っておいても一人で遊んでいたから、あなたは本当に手がかからない楽な子だったと母は言った。

きっと、あまり手をかけられなかったから色々出来ない大人になっただけなのだ。ちいさなうちから丁寧に声掛けすれば、どんな子でも同じようにやれるはずだ、なんて考えていた。

私は娘に自分と同じ思いをさせたくなくて。
「当たり前」のことが出来る事
「普通」になること
それを殊更娘に求めた。

「みんな出来てるから頑張ろう」
「やれば何でも出来るようになるよ」

それが、私が受けた辛い記憶をそのまま娘に繰り返していることだなんて…当時は気付いていなかったのだ。
*
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私が変わったきっかけ


私が考え方を大きく変えたのは、娘が診断を受けたときじゃなかった。

娘が診断を受けてしばらくたった時期。
診断を受けた結果、療育や児童発達支援に通い、私も新しい知識を取り入れてることで接し方を変えていくに従い…
長女は今までより私に本音をぶつけてくるようになった。

そんな、ある日。
妹と喧嘩して、思わず妹を突き飛ばし泣かせてしまった長女。
突き飛ばされて泣いた小さな妹の姿を見て

「こんな”いいお姉ちゃん”にもなれない自分なんて、この世にいない方がいい!もう死んだ方がいい!」

長女は狂ったように泣いて暴れた。

そして自ら自分を殴り続けた。
たった5歳の女の子が”自分がこの世にいない方がいい”なんて言葉を言いながら自分を殴る姿は、母親5年目の私にとってすさまじい衝撃だった。

この言葉は、しばらくの間…
劣等感を感じる度に彼女の口から出るようになる。
私は、言われるたびに胸がえぐられるようだった。

「そんな悲しいこと言わないで」

自分が泣き出したいぐらいの気持ちをこらえて、泣き叫ぶ長女を慰める日々が続いた。

その後色んな人に相談したところ「死にたい」と言われたときに「そんなこと言わないで」という言葉は言ってはいけないと。その言葉は「相手の気持ちを受け入れずに自分の思うように相手を変えようとしているだけだから」と。

確かにそうだ。
”死にたいと思う長女の気持ち”より”そんな言葉言ってほしくない”という自分の想いを、私は押し付けていたと反省した。

「そう思ってしまうんだね」「でもお母さんはあなたが大好き」
そう、受け入れてあげる方が良いと。

ただ、この”受け入れる”作業もまた、私にとってはなかなかの負担だった。
娘が死にたいと思う気持ちなんて受け入れたくないのだ。

私だってまだまだ母として未熟なんだから。

負の感情を本当に小さな頃から抱え続けて
”自分はダメな子”と思い込んだ長女。
そんな自分がこの世にいる意味を見出せなくなった長女。


そして私も、今までの幼少期からの生きづらさについて思い返した。
娘の診断が降りた後に、自分も精神科のドアを叩く。

「ASD、自閉症スペクトラムですね。
能力の偏りが相当大きいので、さぞかし生きづらかったことでしょう」


40手前にしてわかった、自分が周りと違うことの正体。
脳のつくりが違う人が、同じことが出来るはずがないじゃないか。
脳のつくりが違うからこそ、出来ることもあるんじゃないのか。
そこに気が付いたことで、自分が出来ない事への劣等感は軽くなった。

少しずつ、少しずつ。
長女との向き合い方を変えた。
多くの人に会うようにして、色んなことを始めた。
前記事に書いた、イベントなんかもそう。
凸凹な自分を、娘を、受け入れてくれる場所を増やそうとした。

それによって、少しずつ長女は
「自分なんていない方がいい」という言葉を口にしなくなっている。

時間はかかるけど、変わっていけると信じている。



私たちは、そこに早くから気付けたから良かったのだ。
でも、気づけない親子が、世の中にはきっと沢山いて

親も子も、それによって苦しい想いをしているかもしれない。

言葉で上手に伝えることが難しい、子どもからのメッセージ。

それを丁寧に伝えるには、突然、障害発覚の部分に触れるのではなくて。
子どもが産まれて育っていく過程から触れていくのが大切だと、私は思っている。

知らず知らず、「普通」を押し付けてしまっていた時期。
「みんながそうなんだから」と思い込んでいた時期。
知らず知らず、「親がそうなってほしい」願望を押し付けていた時期。

子どもに障害があるとかないとかより、その部分を子どもがどう感じていたか…を、知ってほしい。

幼い子どもの心が、無意識の大人の心に潰されてしまわないように。

だから私は、マンガでそれを描く。



発信者としての力を得られたら


この漫画がもし、多くの人の目に触れるようになれたなら

私は「発信者」としてそれなりの発信力を持てるようになるはずであり
そうなったときには、漫画の上だけではない場面で、面と向かって助けられる人がもっと増えるはずだと信じている。

今はちっぽけな、どこの誰にも知られていない弱小市民。
イベントで何かやりますと声をあげても、数える程度の人しか動かない。
それが、あの漫画を描いたテトムさんが言うなら…と、思わず人が動いてしまうような。

最終的にはそんな漫画描きになれたら、最高だなと思っているんだ。


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ちなみに、娘の人生だけを漫画で晒していくのは私的に不義理と感じているので、自分の人生を先に不特定多数に晒している。
自分の恥ずかしいところとかそういうのは知られたくないのに、娘のことは色んな人に言って回る…というのは、なんというか、”ずるい”と思ったのだ。


さすがに数十年の人生をマンガで描くと膨大な量になるので、ほぼ文章。
現在のはてなブログに移行する前に書いていたので、タイトルは「マンガ」になってるけど、ほぼほぼマンガではない。
こんな私の人生に興味を持ってくれた方は、こちらも宜しければどうぞ。
No.200ぐらいまであるので、まともに読もうとするとかなり時間かかりますよ。







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親子でASD。 なかなか社会に馴染めません。 発達障害育児の漫画描いてます。マンガはこちら。 https://tetom.hatenablog.com/ noteでは文章系の投稿をまとめていきたいと思っています。 西野エンタメ研究所発、夢幻鉄道もこちらに。

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  • 2本
コメント (4)
こんばんは😊
確かにうちも発達障害あるあるの本はよく読んだ気がします。こもたろ君は好きだったなぁ(笑)

でもおっしゃる通りお子さんが読まれた時にどう思うかという視点は無いかもしれませんね。
そこに気付けたテトムさんはすごいと思います!天才ですか!
でもそれだけ娘さん目線で物事を普段から考えてるって事ですね。やっぱすごい。

あとはどうやって広めていくかですね!
微力ながら応援しています。
頑張ってください!!
コッシーさん
おはようございます☺️
あるある系、読んじゃいますよね~
天才というか、気にしぃなんです、色々と(笑)

自分が小さかった頃の失態とか、
変な行動したときの話とかを周りから言われると嫌な時、あるじゃないですか?
それを全国レベルで不特定多数に発信するって物凄いことだよなと。

そこで失態ばかりが書かれてる本だったら「自分はダメな子どもだったんだ」「お母さんに迷惑かけてた」って思っちゃうよな…と思ったんです。そんな本ではなくて、親子で読み返して「大変だったけど貴女が大切」って伝わる本が出せたらいいなーと。

ちなみに、漫画を書き始める前に自分の人生をまるっと書いたのも過去のblogに載ってます。娘の人生を晒すなら、まずは自分を晒さなければと😅

どうやったら広まるんでしょうね…。地道に続けて、時に投稿したりしています。
※追記※自分の人生まるっと書いた過去ブログも、本文の下に張りました。
ブログ引っ越して、目立たなくなっていたので。目立たせたいわけではないけど、単なる自分のポリシーです。
こんばんは!
明日お休みなのでゆっくりブログを読ませていただきます。

西野さんも言ってましたが、やっぱり地道にどぶ板営業するのが1番の近道かもしれませんね!
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