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「サードアイ・オープニング」第2話(#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門)  

 第2話:額の封印

 気が付くと俺は硬いベッドの上だった。ウィーンという微かな機械音がする。ここはどこだ。起き上がろうとするも、身体が思うように動かない。向こうから話し声が聞こえる。二、三人くらいか。しばらく様子をみることにするか。
「よくもまあ、こんな大物を一人で引き揚げてきやしたね。ステファンにしては上出来でやんす」
「だって、レッドアイの持ち主だよ。あっちで野放しにしておくわけにはいかないじゃないか」
「正確 には ファイヤーレッド アイ デス」と、とんがった女の声が平たく拡がる。
「そうそう、今や希少なファイヤーレッドアイでさぁ。それにしても、指で無理やりこじ開けるなんぞ、びっくり仰天でやんす。おかげで大手術となりやんしたぜ」
「仕方なかったんだよ。じゃあ、あの男にどうやって説明したらよかったと思う?あなたは取り込まれてますから、急いで元の世界に戻らなきゃいけませんって言ったところで、はい、そうですか、とはならないでしょうよ。こっち側の記憶をなくしちゃってるんだから。それに、あのまま放っておいたら、自分の魂を溶かしちゃってただろうし」
「それでもって、指をズブズブっと入れて緊急脱出ってわけでっか。案外ステファンは大胆でんな」
「だから、仕方がなかったんだってば。ボクだって、できれば避けたかったよ。久しぶりに過去世に戻って、順調にクリーニングしてたっていうのに、すぐにこっちに帰ってくるはめになっちゃったんだから」
「そうでっか、そうでっか。それはそうと、本当に、やつの額に、例の札が貼られたんでっか?」
「うん、本人がそう言ってた。老人に貼られたって話だったけど、たぶん、アリフの仕業だと思う」
 俺は、なまくら頭で懸命に考えた。過去世だと?取り込まれる?何を言ってるんだ。ここはいったい、どこなんだ。そんでもって、こいつらは、あのじじいを知ってるってことか。
「ところで、こやつの名前はどうしやすか?」
「うん、なんとなく、これかなっていうのはあってね」
「おっと、お早い。さぁ、さぁ、どんなんでさぁ」
「オーエン、はどうだろう?何だか強そうでしょ?」
「オーエン、でっか。ふむふむ。なかなかいい響きでやんす。さすが、ステファン!センスの塊でやんすね」
「ミチエル、彼の名前がオーエンでいいか、照会してもらえない?」
 かしこまりました、という女の声が部屋にこだました。
 身体の感覚が戻ってきたので、そろそろ起きてこいつらをのして、とっとと家に帰るとするか。男二人と女一人ならさくっとやれるだろう。そう見積もって、勢いよく起き上がる。だが、女は一人じゃなく三人、全員同じ顔で一斉にこっちを振り返ったと思ったら、あっという間に囲まれて押さえつけられてしまった。

 俺は元いたベッドの上に座らされ、五人に取り囲まれた。見回すと全員、風変わりなやつらばかりだった。三つ子なのか、全く同じ顔をしたモデルみたいな背の高い女たちが、同じポーズでにらみをきかせている。ちょっとでも下手な動きをしようものなら一瞬で封じられそうなオーラに、さすがにこっちも気圧される。
 その後ろには、ひらひらとした服を着たなよなよとしたやつが、女どもの影にかくれるようにして様子を見ていやがる。繊細な小動物みたいに不安げに、こっちの出方をうかがっているようだ。こいつがステファンか。
 残りの一人、白衣を着た色白の小柄なおっさんが、道化師みたいな足取りで前に出てきて、素っ頓狂な声で話しかけてきた。
「ごきげんよう。お目ざめになってなにより。私の名前はブルーノ。そして、こちらのレディーたちは、ミチエルでさぁ」
 こいつらは三人一組なのか。やけにツルっとした肌をしてやがる。
「てっきり、男二人と女一人だと思ったぜ。オレの勘も鈍ったもんだ」
「いえいえ、さすがでやんすよ。ミチエルはAIロボで質量が人間の三分の一程度に設計されてて、気配としては一人分なもんで。それから、こちらが、おまえさんをこっちの世界に連れ戻した立役者、ステファンでさぁ」
 公園で会ったやつとはあきらかに異なる人物だった。透き通るような肌に、涼し気な目鼻立ちで、女どもが黄色い声をあげそうな優男だ。
 俺はステファンとやらをにらみつけた。そいつは今にも泣きそうな顔をして、すっと目を伏せた。
「おい、ステファンとやら。おめえは、さっきのメガネなのか?変身でもしたってのか。まったく、さっきはよくもやってくれたなあ!」
 ステファンは目を合わせないまま、「す、すみません。何しろ、緊急事態だったもので。本当に失礼しました」というと、さっと女たちの後ろに隠れてしまった。
「さっき というのは 間違いで 正確には 三日前 デス」と、三人の女たちが一斉に声をあげた。
 俺は三日間も寝ていたのか。そうだ、手術とかなんとか言ってやがったな。額の傷のことか。あのやろう、ぐりぐりと指を押し込んできやがって。
 そう思いながら、ふと、額を触ってみると、なにやら硬いものに触った。
「これは、どういうことだ?てめえら、何しやがったんだ!」
 さっきの道化師が一歩下がって、目を泳がせながら説明した。
「さ、サードアイ、でさぁ。しかも、ファイヤーレッドアイってんで、頑丈に封印しておかないと、とんでもないことになるんでさぁ」
「とんでもないことって、なんだ?」
「とんでもないことは、とんでもないこと、でさぁ。それは、持ち主によって違うんでさぁ」
 ブルーノの慌てぶりを見かねてか、ステファンが女たちの後ろから顔だけ出して話し始めた。
「あなたの特殊能力は、この星の存亡にかかわるのです。我々は指導者を求めています。ファイヤーレッドアイを持つ者はその可能性を秘めているのです」
「ちょっと待ってくれ。オレの目は赤くない。たしかに、殴り合ってるときは、目に炎が走るって噂されてたけど、通常は薄茶色だぜ」
 ブルーノがポケットに手を突っ込んで、左右に揺れながらこちらに近づいてきた。ポケットから取り出したのは手鏡で、ひょいと俺に渡す。
 俺は鏡を見た。そこに映ったのは、俺であるようで俺ではない人物だった。確かにこいつらの言うように、炎の宿るような赤い目をしている。そして、額にはブロンズ色の金属が鈍く光を放っていた。
「これは、いったい」
 ブルーノは、ばつが悪そうにして頭を搔きながら説明を続ける。
「手術自体はまずまず成功でさぁ。ただ、おまえさん、記憶を失っちまったもんで、しっかり封印しとかないとって、こう、がっつりと嵌め込みやした。でも、大丈夫でさぁ。じきに上手いことコントロールできるようになりやすよ」
「顔は、オレの顔は、この体は、どうなっちまったんだ、これは」
「あぁ、そうでやんした。説明不足、言葉足らず、っと。ここは、おまえさんがいたところから言うと、まぁ、ざっくり言って、未来、でさぁ。ステファンと一緒に時空を超えてきたんでやんす。それはレッドアイの持ち主と、他には特別に選ばれた人間しか許されないんでやんすよ」
 ステファンが女たちの後ろから半身だけ出して後を続ける。
「あなたと会ったとき、ボクは丁度、細胞記憶が合致した過去世にクリーニング旅行にいっていたんです。人は無数の過去世の記憶を細胞でも記憶していて、例えば、戦争で人を殺したり殺されたりの体験や、人を裏切ったり裏切られたりといった体験も、この身体にしっかりと記憶されています。その中のある記憶群が人の魂の成長を大きく妨げている可能性があって、それを解消するためには類似した過去を追体験するのが一番効果的なんです」
「じゃあ、オレと会ったときはトラウマ治療中だったってことか?」
「そうです。過去の自分に入り込んで、生まれたときから思春期までのある一定期間を追体験していたのです。ボクは、あっちのボクの中に魂を送って、その人の人生を見守っていました。あくまでも介入はせずに。多少はシグナルを送ったりはするけれど、基本はあっちのボクが体験することを客観的に眺めているわけです。そうすると、色々なことに気づけますと気づけます。あー、こういう事象に、ボクはこういう感情をもって、こんな風に反応するんだなって。それを積み重ねていけば、今のボクが抱えている成長課題の根本原因にも気づけるってわけです」
 ステファンは、俺が危害を加えないと分かったのか、女たちの後ろからようやく出てきて話を続けた。
「たぶん、あなたも、その旅の途中だったんだと思います。あるいは、何かの研修の一環か。そこで、何らかの不具合があって記憶をなくしちゃったようですね。本体と同一化してしまっていた。あのままだとこっちに戻ってこられなくなったでしょう」
「じゃあ、オレは、もう元の世界には戻れねぇってことか」
「いや、記憶と能力が戻ったら、あるいは、もう一度行けるかもしれませんが、あまりお勧めはできません。何しろ、一度事故が起こってるんだから、再度うまく入り込めるかどうかの確証はありませんし」
 俺は、この話をまともに受け取っていいものか、しばらく迷っていた。けれども、つねってみても痛くないからやっぱり夢だったっとは、どうやらなりそうになかった。これはリアルな話で、俺は、この造りの俺だということになる。
「すると、本来、オレはここの住人だってことか」
 ブルーノがまた一歩前に出てきた。
「実は、おまえさんの身元はまだ照会できてないんでさぁ。こっちで記録が見つからないってことは、もしかしらた、別んとこから飛んだっていう可能性もあるんでさぁ。いずれにせよ、しばらくはここでゆっくり記憶と能力を取り戻すのがいいでやんすね」
 突然、後方のドアが開き、誰かが入ってきた気配がした。振り返ると、逆光でもないのに、やたらと眩しい人影があった。


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