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教科書に載っていない『枕草子』②

今回は、現代的なテーマと古典を結びつけて話したいと思います。まずは、以前話題になった、上野千鶴子氏の平成三十一年度東京大学入学式祝辞から一部を引用しましょう。

東大に頑張って進学した男女学生を待っているのは、どんな環境でしょうか。他大学との合コン(合同コンパ)で東大の男子学生はもてます。東大の女子学生からはこんな話を聞きました。「キミ、どこの大学?」と訊かれたら、「東京、の、大学...」と答えるのだそうです。なぜかといえば「東大」といえば、退かれるから、だそうです。なぜ男子学生は東大生であることに誇りが持てるのに、女子学生は答えに躊躇するのでしょうか。なぜなら、男性の価値と成績のよさは一致しているのに、女性の価値と成績のよさとのあいだには、ねじれがあるからです。女子は子どものときから「かわいい」ことを期待されます。ところで「かわいい」とはどんな価値でしょうか?愛される、選ばれる、守ってもらえる価値には、相手を絶対におびやかさないという保証が含まれています。だから女子は、自分が成績がいいことや、東大生であることを隠そうとするのです。

「かわいい」という価値の裏には「相手を絶対的におびやかさないという保証」すなわち相対的無力が求められていることを喝破した鋭い言葉です。そして、その「かわいい」を自身の価値と重ねて生きる女性の息苦しさや抑圧について、忌憚なく述べたスピーチでもあります。

同様の抑圧は遥か昔から存在し、それに対する抵抗の歴史もまた古い。清少納言は、『枕草子』第21段にて次のように書きます。


この世に女性として生まれながら、将来、これといった展望の開ける見込みもなく、ただただ家庭人として真面目一方に生きて、小さな幸せに満足して、それを守り通そうとするような人間には、まったく鬱陶しく、ほんとに軽蔑せずにはいられない。
宮仕えする女性のことを、軽々しく、よくないことに思っている男性は、ほんとに憎らしい。ただし、それももっともかな、と思わぬ節もないではない。
宮中に仕える男性貴族たち、そしてまた同僚の女房たちという、宮廷を構成している、ありとあらゆる人々の中で、自分の顔をまったく見られずにすむことは、皆無に近いだろう。
宮仕えした経験のある女性と結婚して、彼女を「上(北の方)」として、大切にしている夫の場合は、妻が世間慣れしているのを奥ゆかしくなく思うのも、もっともであるが、たとえば典侍の場合には、結婚後も内裏にたびたび参上したり、葵祭の際には所謂「内侍車」に乗って奉仕したりする。それもまた、面目のあることではないか。とはいえ、ひっそりと実家に籠りきっているというのも、またそれでよい。受領階級の男が、五節の舞姫として娘が選ばれた時に、自分自身は地方勤務が続いて鄙びていて、宮中のことを何も知らずとも、宮仕え体験のある妻の助言で、いちいち人に聞いたりしないでも役目を果たせる、そんなあり方にも、わたしは心惹かれる。やはり、宮仕えする女性の体験は、役に立つのである。(ちくま学芸文庫『枕草子 上』より)


当時、貴族の姫君は人前に姿を現すことなく、まさに「奥ゆかしい」存在であることが美徳とされていました。彼女たちの必須教養が「手習い(書道)」「琴」「和歌(古今和歌集)」であったことは前回のnoteでも述べましたが、これは間接的な形でしか他者と交流できないライフスタイルと深く結びついています。


一方、貴族の男子にとって大事なのは「漢文」でした。当時、政務文書はすべて漢文で書かれていたのですまた、一年を過ごす中で訪れる数々の儀式やイベントでどのような道具を用い、どう振る舞うのが貴族として相応しいか、という超絶具体的なノウハウも恥をかかないために重要でした。これを「有職故実」といいます。貴族の男性たちは日記に日々の具体的記録を書き留め、それで以って有職故実を子孫に伝えようと努めました。これらの知識が、貴族の政治的な実務能力を決めたのです。

中宮定子や、彼女に仕える清少納言ら女房たちは、豊富な知識と機知で以って、こうした当時の男女観を揺さぶる存在でした。

定子と清少納言は、どちらも大変漢文に詳しかった。そもそも、定子の母である高階貴子(百人一首でいうところの儀同三司母)が、当時の女性としては珍しく漢文に長けていたのです。(詳しくは『栄花物語』をご参照ください)

貴子はその能力が評価され、女房として出世してゆきます。結果として、のちに関白となる藤原道隆に見染められ、正妻へ迎えられる運びとなった。高階家はもともと学者の家系で、貴子の父の代に初めて高位の公卿となれた家に過ぎなかったため、これはとんでもない玉の輿でした。

中宮定子の才気煥発な育ちぶりの背後には、母貴子のこうした成功体験があったことでしょう。彼女たちは、それまで男性が独占してきた「漢文」という実力を、自分たちの魅力の中に取り込んでいきました。

「有職故実」についてもまた然りで、先に引用した「五節の舞姫」の例からもわかるとおり、天皇の側に仕える女房たちは、下手な田舎貴族よりも余程、貴族社会の慣習について詳しい知識を有していました。

時に男性以上の知識と実力を見せつける彼女たちのあり方は、当時の一般的な「かわいい」女性のそれとは異なっていました。そのことに対する風当たりの強さと、自負と、矜持とが『枕草子』第21段の記述からは窺われます。これが決して男女の平等を掲げるような次元ではなく、単に愛され方のオルタナティブを示しているに過ぎないことも事実です。しかしそれでも、社会的抑圧を乗り越え、人間としての新しい輝き方をその身で体現する気高さは、やはり魅力的に映ります。


「かわいい」とは何か。それを形作り、時に押し付ける社会についてどう思うか。「かわいい」ことに依拠した生き方についてはどうか。こうした問いは、高校生にとっても身近であり切実であり、議論が尽きません。古典文学の中にも、それを考えるヒントやきっかけはたくさん存在します。

古典文学とジェンダーを絡めた授業については、以前書いたnote「『竹取物語』で何を教えるか」もよければご一読ください。



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冬の夢のおどろきはつる曙に春のうつつのまづ見ゆるかな 藤原良経
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地方の国語教員。古典文学を教える新しい形について、一緒に考えてくれる人を求めています。同じようなこと考えてる人もいるんだ!と、誰かの励みになれば幸いです。

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