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帰る場所を守り続けたい 感謝を胸に、地域から世界へ

工業用のステンレス製タンクや熱交換器などを製造する香川県綾川町のサンテック。長年培ってきた職人たちの高い技術が成長の基盤だ。青木大海さん(代表取締役)は米国大使館やリーマン・ブラザーズ証券に勤めた後、2008年に30歳でサンテックに入社。亡き父の後を継いで2013年に代表となった。海外からの人材を積極的に受け入れ、難民認定を受けたシリア人など従業員の約2割が海外の出身者。取引は中国、ミャンマー、モロッコなど世界各地にひろがっている。3月には「ホーム」をコンセプトにした新本社工場が綾川町に完成した。「全ては家族のために。」のスローガンのもと、個々に寄り添い地域に根ざしながらも、視線の先には常に世界がある。青木さんの独創的な経営哲学から、理想の街に通じる普遍性を探った。

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▽目線

寺西 青木さんにとっていい街とは。

青木 国籍や年齢にかかわらず、そこに暮らす人たちが明るく笑顔になれる場所。私は16歳で米国に留学した。自然に色々な国の人たちと交流をもてたし、自身が人種差別を受け多様性を尊重することの大切さを学んだ。コロナ禍でインバウンド(訪日外国人観光客)が激減し、観光業や飲食業が苦しくなった。商店街の店舗は苦境に陥り、中国など外国人観光客の消費に支えられていた構造が浮き彫りになった。また、雇用面でも、街で外国人をみない日がないほど。それなのに日本は外国人にまだまだやさしい国ではない。

寺西 どのようなところでそう感じるか。

青木 例えば、開発途上国への技能移転が目的の外国人技能実習制度を、安い労働力の確保手段としか考えていない経営者もいる。そのような経営者は大抵「受け入れてやった」と上から目線。だが、現実には実習生なしには経営が成り立たない状況もみられるし、今はむしろ逆に選ばれる側であることを知って欲しい。中国は経済成長を続けているし、韓国の魅力度も高まっている。世界のなかで日本の魅力度が低くなっていることを認識しないといけない。日本は色々な国の人に支えてもらっているのだから、その人たちの目線や文化を理解し、生きやすい場所にしていく必要がある。地球規模で物事を捉え、地域でどう行動するかが重要であり、それこそは私が大切にするグローカルという考え。

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▽役割

寺西 経営理念に「従業員第一主義」を掲げてきた。込めた思いは。

青木 経営理念は従業員との約束であり、社会に対する宣言。父親(先代の社長)は溶接の職人でもあった。私は全く違う業界から製造業の世界に入ったので、父と私のやり方は大きく異なっていた。従業員は反発し、「俺はお前の父親についてきた」と言われたこともあった。私ができることは、従業員がより幸せになれる環境をつくることしかなかった。プロ野球の世界に例えると、監督はできないが、一人ひとりにスポットライトがあたり、輝けるように動くゼネラルマネージャーにはなれる。製造業の現場は、3K(きつい・汚い・危険)といわれ若者から敬遠されていた。サンテックはそのイメージを払拭し、「ものづくり職人はカッコいい」という価値観を提示できた。仕事の価値をちゃんと伝えれば雇用を呼び戻せる。

寺西 製造業を取り巻く環境は。

青木 熟練の職人の数は減り、後継者も育っていない。職人の技術は、人口知能(AI)や3Dプリンターで代替できないものばかり。人を長く育てていける企業が勝ち残ると思う。中途半端にデジタルに頼ってもだめで、実はものすごくアナログな世界かもしれない。

▽家族

寺西 サンテックでは「All for the Family.(全ては家族のために。)」のスローガンのもと、国籍も世代もさまざまな人が働いている。

青木 父から「どんな人とでも1時間話せる人間になれ」と言われ、少年時代から多様な価値観に触れようとしてきた。当社では、チュニジア、シリア、コンゴ、スーダンなど色々な国の人が働いている。考え方や文化が全く違うが、共通しているのは、家族のことが大切で、家族に支えてもらっていること。それでスローガンは「All for the Family.」。それに社内の人間同士はまるで家族のような関係性。信頼と責任で成り立っている。営業拠点のある中国、ミャンマー、モロッコのメンバーはもちろん、従業員の家族、お客さまの家族にまで思いを馳せることを忘れないようにしている。

寺西 「家族」がキーワード。

青木 以前、社員の採用のためミャンマーのバゴーに出かけた。社員の家族は、電気も水道もない竹でできた家に住んでいた。両親は涙を流し「うちの息子をよろしくお願いします」と。そこには本物の愛があった。社員アンケートで「会社に求めること」の一位は給料ではなく、会社の安定だった。企業が持続可能であるためのキーワードは間違いなく「人」。家族という永続性のあるものを大切に経営している。

寺西 新社屋に「リビング」と名付けたスペースを設けた。

青木 新社屋のコンセプトは「ホーム」。家にはおかえりと言ってくれる人がいて、守るべき人がいる。会社でも同じように自他ともの幸福を目指している。国家や宗教、民族の枠組みを超えるのは、文化。「リビング」は、お互いの文化を尊重し食事や会話を楽しめる空間を目指した。リラックスして本音で語り合ってほしい。従業員の家族も利用でき、子どもたちが遊べる場所を用意した。礼拝室やハラル食を提供する食堂もある。地球は英語でEARTH、その中心にART(アート)がある。芸術や文化こそが人をつなぎ、心の国境を超える。

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▽行動

寺西 海外からの人材を積極的に受け入れている。この春には難民認定を受けたシリア人が入社した。

青木 採用は、国籍ではなく起業家精神があるかどうかで決めている。当社で技術を学んだ従業員には将来各地で起業してほしいし、私もそこに投資したい。実際、チャドの新規創業者に投資した。この循環が少しずつ世界を変えると信じている。また、私は地球という家に住む「世界市民」の感覚だが、当社の世界展開を考えるなかで、従業員たちの海外に対する心の壁を取り払いたかった。異なる背景をもつ人たちと一緒に働くことで自然にその壁はなくなっていく。英語が話せるから国際人ではない。英語が話せなくても、目の前で困っている外国の人に「大丈夫ですか」と当たり前のように行動できるのが真の国際人だ。

寺西 日本は世界からどう見られているか。

青木 NATO(No Action Talk Only)。視察するだけで投資の判断を下さない。中国や韓国の方が選ばれている。円借款(開発資金の貸し付け)も金利は安いが、審査に時間がかかることが多い。実行力とスピード感をもたないと、選んでもらえない。

寺西 変えるべきものは。

青木 教育。education(教育)は、「引き出す」という意味のeducare(エデュカーレ)というラテン語が語源ともいわれる。どれだけ知識を教え込んでも、ひとたび社会にでれば正解などない。その人にそなわった本来の良い部分をいかにして、引き出すかを考えていく教育がもっと必要であって、「私はこう思う」と主張できる人を育てる教育に変えないと世界では戦えない。国際舞台でディスカッションが弱いのはまさにこういう理由。

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▽感謝

寺西 香川県の強みは。

青木 ある民間調査で「住み続けたい街ランキング」1位に香川県が選ばれた。コンパクトで暮らしやすいところが強み。今後、デジタルと融合して、より安全で便利な街にしていけるかだ。それから、経営者間のつながりが強いことも頼もしい。結束すれば大きな力になる。

寺西 逆に課題は。

青木 行政と民間の距離が遠いところ。例えば、公共交通機関。コロナ禍の苦しい状況でも、民間の「ことでん」は懸命に運行している。行政側にもう一歩入ってきてほしい。コンパクトな県なのだから、行政と民間の枠組みを超えて共創していかないと。

寺西 いい街にしていくために。

青木 対話の場をつくり、いい街にしようとみんなが行動することだ。地域でお金を出し合い、循環する仕組みも必要。新社屋の最寄り駅、ことでん羽床駅の駅名に「SUNTECH」を加えてもらった。「地域の足をみんなで守ろう、応援しよう」と姿勢を示したかった。民間が行政に任せきりにするのもよくない。できることは民間でもやっていく。団結心と行動がいい街をつくる。それから、企業は65歳以上の人をインターンとして受け入れてみてはどうか。人生の先輩から学べることは多いし、多世代が交流する機会を増やすことも大事。当社のホームページのトップには精悍な職人の顔が並ぶ。職人の家族が見て「カッコいい」と感じられるか。人も街も光の当て方次第だ。

寺西 今後成し遂げたいことは。

青木 当社は今後、より国際色豊かになっていくだろう。将来、各国のメンバーを集めた大規模な会議を開催し、世界を驚かせたい、そして世界平和の民営化を目指したい。座右の銘は「飲水思源」、私たちは誰かに生かされている。感謝を忘れず突き進む。

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