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クリエイティブの価値を高める 多様な創造性が集まる街へ

高松市牟礼町でデザイン事務所を経営する村上モリローさんは、クリエイティブ(広告、PR、ブランディングなど)の力をまちづくりに活かそうと取り組んでいる。25歳で帰ってきた香川県は、クリエイターとして生きていくには過酷な環境だった。今でも景気や企業業績が悪くなると真っ先に削られるのは広告宣伝費。「誰も変えようとしないなら自分が変えるしかない」とやむにやまれず動き、商品やイベントを通じてクリエイティブの価値を発信し続けている。広告代理店だけに依存しない、地方のデザイン事務所としては異例のビジネスを確立。既成概念にとらわれない活動は多くのクリエイターに影響を与え、仲間からは「クリエイティブ界の吉田松陰」と評される。「クリエイティブで、よくできることが多すぎる。」と話す村上さんに理想の街を聞いた。

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▲株式会社人生は上々だのメンバー
2月22日に自社のホームページをフルリニューアル
https://jinseiwajojoda.com/#jumpto

▽勝手に瀬戸芸

寺西 村上さんにとっての香川県は。

村上 デザイナーとして帰ってきた香川県をいい街と思えなかった。だからこそ変えていきたい気持ちが強い。デザイナーは都会に集まる。僕も関西で仕事をしていたし、そのうち東京で働こうと考えていた。海鮮料理の店を営んでいた父親が倒れたことがきっかけで、2003年、25歳の時に大阪から香川に戻り店を手伝った。08年に父親が亡くなるまで、店を手伝いながらデザイナーをやった。香川でデザインの仕事を始めたころ、業界の先輩たちは「昔はよかった。これからは厳しい」と言っていた。たしかに昔と比べて受注金額の桁が違うこともざらにあった。ではその厳しい状況を誰か変えようとしているのか?みんな「仕方ない」と受け入れているように感じた。誰も変えようとしないのなら自分が変えるしかない。やむにやまれず動いた。

寺西 具体的にどんな行動をしたか。

村上 クリエイティブの会社に入り、2年ほど働いたのち2009年にフリーランスになったが、とにかく仕事がない。恩人の不動産会社の社長からもらった仕事でなんとか生活していた。その後、仕事は少しずつ増えてきたが、フリーランスだと大きい仕事や面白い仕事のチャンスがない。それならと13年に株式会社スクルトを立ち上げた。私が社長兼デザイナーで同級生を営業担当に迎え、二人でスタートした。通常、デザイン事務所は広告代理店から仕事を受注するため営業担当は必要ない。当時の私には人脈がなく、営業がローラー作戦で1ヶ月100件を回ったが誰も相手にしてくれない。自らの環境を変えるために最初から仕掛ける必要があった。折しも第2回の瀬戸内国際芸術祭の開催が迫っていた。第1回に地元のクリエイターがほとんど関われていないことにじくじたる思いがあり、私含め高松工芸高校出身の3人で「瀬ト内工芸ズ。」を結成し「勝手に瀬戸芸」を掲げ、活動をはじめた。

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▲「瀬ト内工芸ズ。」メンバー

▽切り口

寺西 「瀬ト内工芸ズ。」では何を目指したのか。

村上 クリエイターの存在を知ってもらうこと。瀬戸内国際芸術祭に関われないのは、認識されていないから。僕らの仕事は基本的に裏方だが、アイデアの力で物事を面白くできることを示し「僕たちはここにいる」と旗を振る必要があった。「瀬ト内工芸ズ。」は仕事ではなく部活動のようなもので私が部長(代表)。Tシャツは活動のシンボルになった。広告は自慢になりがち。アイデアで切り口を変えることで人が話題にしてくれる。僕らの仕事はその面白い切り口を考えること。瀬戸芸後のゴミ拾いイベント「瀬トピカ」もその一つ。それらの活動により認知が広がったことで、16年の第3回瀬戸内国際芸術祭には「瀬ト内工芸ズ。」で参加、作品が展示された。

寺西 「瀬ト内工芸ズ。」は、ビジネスマッチング「瀬トBマッチング。」や今年で6回目を迎えるキャッチコピーコンテスト「平賀源内甲子園」を開催している。

村上 ビジネスと教育を切り口にした取り組み。「瀬トBマッチング。」は企業とデザイナーの交流の場。例えば、「瀬トBカフェ。」で500円のコーヒーを注文すれば、デザイナーに個別相談ができる気軽な出会いを演出した。「平賀源内甲子園」は、日本初のコピーライターといわれる平賀源内の故郷香川県で開催するキャッチコピーコンテスト。応募資格を香川県内の中学生以上の学生に限り、若い人たちがクリエイティブの仕事を知るきっかけを作っている。昨年は地元企業のキャッチコピーなどあわせて1万2634点の応募があり、若者と地元企業の接点にもなった。僕らクリエイターは、普通のことをしても意味がない。テラロックという名前のようにどうすれば面白くなるかを常に考えている(笑)

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▲キャッチコピーコンテスト「平賀源内甲子園」

▽壊して、創る

寺西 2020年9月「株式会社人生は上々だ」に社名変更した。込めた思いは。

村上 顧客に「変える」や「壊す」を提案する自分たちが変化をおそれてはいけない。リブランディング(企業の価値の再構築)は変え方次第で好転することを証明しようとしている。なるべく記憶に残りやすいようにと変な社名に変更したが、一応意味はある(笑)

寺西 料金体系を明確化し複数の契約の形を提示している。

村上 クリエイティブは人の役に立ち一人ひとりの幸せを実現するためにある。よく「クリエイターと企業はパートナーになれ」と言われる。でも企業(顧客)だけがリスクを負うのでは真の信頼関係は築けない。弊社の仕事の大半は、代理店業務ではなく顧客と直に契約を結んでいる。業界では超異例なこと。それで、顧客との信頼関係が重要になるので、自分たちもリスクを負えるようインセンティブ(成果報酬)型の契約を用意した。顧客との信頼関係は成果物の良し悪しに直結する。

寺西 リスクを分担する以外に、どのようにして顧客と信頼関係を築いているのか。

村上 顧客の頭の中を知るために、幾度となく対話を繰り返す。例えば「ことでんは、自由をはこぶ。」のタグライン(理念)はことでんの真鍋社長と何度も話し合ったことで生まれた。クリエイティブの本質的な部分は顧客の頭の中にある。優秀なクリエイターは聞き上手。人の心を動かすことを目指すクリエイターという職種は「究極のサービス業」だ。

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▲LEXUS NEW TAKUMI PROJECT
桐下駄の「ZAN-SHIN(残心)」

「ことでんは、自由をはこぶ。」はこちら

▽創造性

寺西 村上さんにとって、いい街とは。

村上 褒めあえる街。褒める行為は価値を増やす。ビジネスにも好影響を与えることを実証するための計画がある。今後弊社は、フリーランスや他社所属のクリエイターたちと契約してチームを作る。チームで仕事を受け、調整役を僕が担う。そして僕はクリエイターの強みを褒めまくる。普通、プロはプロを褒めない。なぜならお互いが敵になる時があるから。敵を味方に変えて、みんなで高めあって、みんなで成果を出す。この事業を始めると短期的には僕の会社の売り上げは落ちるが、チームで対応する方がより良いアイデアが出て顧客の役に立てる。役に立ててさえいれば、目先で儲からなくても必ず将来に返ってくる。生まれた利益で、弊社内だけではなくフリーランスや若手のクリエイターに学ぶ機会を提供したい。クリエイターが育つ土壌が必要だ。社会がコロナ禍のような危機に直面したときに、クリエイティブの力で危機を克服できる環境を作りたい。景気や企業の業績が悪くなると、真っ先に広告宣伝費が削られる状況を変えなければならない。

寺西 クリエイティブの価値を高めることはまちづくりにどうつながるか。

村上 クリエイティブは武器。武器を活かせるかどうかは使い方次第。クリエイターはまちの問題を解決するアイデアを持っている。それを使わない手はない。ただ、デザインやクリエイティブをまちづくりに上手く取り入れたいなら、その武器の使い方を知っているクリエイティブディレクターを雇い入れるべき。時流を捉える先導役であり、つなぎ役として住民と行政、企業と行政、経営陣と従業員などを結びつける。ナイスタウンは行政がもっと活用すべき媒体だと思うが、それを行政に気づいてもらえるように動くのもクリエイティブディレクターの役割だ。

寺西 どうすればクリエイティブが集まる街になるか。

村上 香川にいながら世界中のクリエイティブの仕事をする人が増えることだ。僕は以前、フィリップモリスジャパンの仕事で北海道にアート作品を作った。世界の仕事はどこにいてもできる。それに地方には地方の強みがある。中央のクリエイターは基本的に専門分野に特化しており、組織も細分化しているが地方ではそうはいかない。私自身、経営者、デザイナー、アーティスト、クリエイティブディレクターなど、その時々に求められる役割を果たしてきた。弊社でもマーケティングにブランディング、商品開発からPRまで全てをやっている。地方には地方の戦い方があり、可能性にあふれている。これほどクリエイターが役立てる環境はない。

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▲IQOS×東福太郎 アイコスストア札幌
コンセプトアート「HOU-OU」

寺西 「クリエイティブで、よくできることが多すぎる」と言い続けている。

村上 アイデアで社会は変えられる。香川県がクリエイティブの集まる街になれば競争力を持てる。香川のような小さな県はアイデアで伸びていくしかないとわかりきっている。あとはやるだけ。地方にクリエイティブな仕事を増やしていく。もしかしたら目に見える成果が出るのは20年先かもしれない。いつか自分の息子が香川でクリエイティブを仕事にしたいと思った時に、めいっぱい楽しめる社会をつくりたい。

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