見出し画像

多様な生き方が肯定される社会に 足りないものは自らつくる

医療の目的は、赤ちゃんからお年寄りまで全ての人が健康で長生きできる社会の構築にある。けがをしたり病気になった時に、安全で質の高い医療サービスを受けられることは、いい街の基盤とも言える。

人生観が多様化する昨今、ウェルビーイングなどの言葉で表される一人ひとりの幸せに医療がどのように貢献できるのか。他分野との連携や共創の事例が生まれるなど医療の概念は拡大している。

今回の未来人は、高松市で「医療」に携わり地域に足りないものを自らつくろうと行動する二人に焦点を当てた。

一人は、高松市で住宅型有料老人ホーム「レインボー恵」を運営するリンクスケアの田村禎啓さん。2012年の事業開始時から「医療が軸となった介護」を掲げ、地域の病院から「最後の砦」と評されるほど信頼されているという。 

もう一人は、高松市内で精神科医として働く渡辺大さん。古民家を改装したゲストハウス「燈屋」の運営のほか、ゲーム制作をしている人たちで作る団体「讃岐GameN」代表の顔も持つ。渡辺さんは学生時代に知った「医療だけでは解決できない問題」と向き合うため、医療以外の場づくりに取り組む。 

「生き方の選択肢を増やしたい」と共通する思いを持つ二人の理念を聞いた。 

年の瀬、「レインボー恵」にて

▽最期まで

 寺西 田村さんが考えるいい街とは。

田村 自分で生き方を選べる街。僕はその選択肢を増やしたくて今の事業に取り組んでいる。

寺西 住宅型有料老人ホームは、食事等のサービスが付いた高齢者向けの居住施設で、介護が必要となった場合は、訪問介護等の介護サービスを利用しながらホームの居室で生活を継続することができる。「レインボー恵」の特徴は。

田村 医療が軸になった介護を実現したいと始めた施設。特徴は3つある。まず、看護師が24時間常駐していることに加え、提携医療機関との連携の良さ。施設に近接する「たむら内科」の医師は私の父親。次に、光熱水費やオムツ代を含んだ定額制でわかりやすい料金設定。最後に、介護技術が高く、元気で明るい職員たち。喫煙者はおらず、入所者の生活に責任を持ち支えるプロ集団だ。私も看護師として夜勤をすることもある。

寺西 地域における役割は。

田村 寝たきりで常時サポートが必要など、介護負担の重い要介護4や5の方を受け入れており、地域の病院からは「最後の砦」と評される。私たちの施設が入所を断れば他に行く場所がないと捉えられているようだ。多くの入所者が施設で最期を迎える終の棲家。だからこそ、看取りに責任を持っている。入所者が心穏やかに生きられ、入所者の家族にも満足してもらうことを目指している。「この施設を選んで良かった」の言葉が励みだ。

▽多様

寺西 「高松南ロータリークラブ」の会長を務める。

田村 他業種の方との交流を大切にしている。例えば、先日卒業した「高松青年会議所」でのつながりから、2019年に施設の敷地内に企業主導型保育園を開設した。施設の周辺には、県外出身の子育て世代が多く暮らす。子どもを預けられるなら働きたいというニーズがあったので、それを満たせる環境をつくった。病児保育に対応し年中無休。高齢者と子どもの世代間交流を積極的に行っている。自分の業種の常識は、他業種の非常識。逆もまた然り。視野を広げることが大切だ。

寺西 渡辺さんが考えるいい街とは。

渡辺 多様な生き方が肯定される街。人が生きることを支えるために、誰かの仕事が生まれる。

寺西 渡辺さんは精神科医として働く傍ら、ゲストハウス「燈屋」を運営する。毎週水曜日の夜には、燈屋に人が集まり食事やボードゲームを楽しむ。

渡辺 医学科を卒業して12年ぶりに香川県に帰ってきて、2019年に高松市亀井町で燈屋を始めた。田村さんは「介護の現場がもっと医療とつながることが必要」と考えた。僕は医療の現場にいて、「医療だけでは解決できない問題に向き合うためには、医療以外の場が必要」と考えた。医療の現場で出会えない人とのつながりが、いつか医療サービスの質の向上に寄与するという仮説を立てた。

▽愛情とつながり

寺西 精神科医になったきっかけは。

渡辺 工学部の大学生だった20歳の時、将来は途上国支援の仕事をしたいと東南アジアを巡った。1か月ほどボランティアをした施設で、人の死に立ち会うことがあった。文化や価値観が違っても身近な人が亡くなると誰もが涙を流す。人類共通の価値観がそこにあった。その体験が医者を目指すきっかけになった。その後、日本で医学科に入学して、虐待された児童を養育する専門里親と出会った。医療では解決しない問題が、里親の愛情により解きほぐされていく光景を目の当たりにした。途上国では医療が受けられず、明日も生きたいのに生きられない児童がたくさんいた。一方で、日本には死にたいと思いながら毎日を生きている命がある。日本にあるこの課題に取り組もうと精神科医になった。

寺西 燈屋をどのような場所にしたいか。

渡辺 先ほど話した里親の家が僕にとっての理想形。まるで愛情を具現化したような空間で、病院ではない場所が持つ力を体感した。僕は医師として軸足は病院に置くが、病院外でも自分にできることはしたい。燈屋はゲストハウス、イベントスペースなど医療とは全く関係なく使われている。利用者は誰も僕のことを医者だと思っていない。ただ、稀に病院で出会った人が来てくれることもある。例えば、「人が怖くて他の場所には行けないが燈屋になら行ける」となればうれしい。地域の縁をつなぐ場所でありたい。

寺西 香川県でゲーム制作をしている人たちで作る団体「讃岐GameN」の代表を務める。

渡辺 僕自身ずっとゲームが好きで、子どもの頃ゲームに関わる仕事をしたいと思っていたが、当時は同じ思いを持つ人に出会えなかった。4年前に「讃岐GameN」を立ち上げ、ゲームを制作する人たちのコミュニティーを作った。VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)など、現実世界と仮想世界を融合することで、現実にはないものを知覚できる技術は、社会の基盤になっていく。その技術を扱える人材を香川で育てる。

寺西 香川県内の生徒や学生が多く参加している。

渡辺 子どもたちが学校以外のコミュニティーに属することで、心のよりどころができたり地元への愛着につながる。子どもたちの人生の選択肢を増やしたい。情報通信交流館「eーとぴあ・かがわ」と共同で、ゲームを即興で作るイベントを開催した。また、子どもたちの描いたサンタが夜空を飛ぶARアプリを開発した。「讃岐GameN」がアプリを作れるようになったことで、ある病院から「一緒にできることはないか」と相談を受けた。いつか医療の新しい領域を拡張できるかもしれないとワクワクしている。