アーティストや作家の“変化”を再定義したい、という話
「へっぽこマーケターの日々」第18回です(前回更新は2/6)
今回は、コルク代表のsadyが最近noteで熱烈にお勧めしていた『オタク経済圏創世記』(中山 淳雄 著)を、同僚とペア読書して考えたこと。
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本書の内容に関しては、気になるところのつまみ食いしかしていなため、今回は掘り下げないことにするが、ざっとこんな内容だ。
日本のオタク文化商品は、いかにして世界的なブルーオーシャンとなり、成長を続けているのか。「オタク経済圏」のキープレイヤーの戦略を解き明かし、5G時代のビジネスのヒントを提示する一冊。(Amazonより引用)
本書を読んで、アイドルに限らない形態(たとえばソロ活動の)アーティストにも、アイドル商法的な「どれかひとつでも推し要素がある」状態をつくれないものかと、ふと思った。
他にもオタク的消費の文脈でよく語られるのは、「推し」という概念。これはたとえばアイドル系の文脈であるAKBやラブライブ!などでは、数十人いるメンバーの中から、自分の好みに合うキャラを応援するという事象として観測される。
本書で取り上げられているプロレスも、衣装・必殺技・マイクパフォーマンスなどでキャラを立たせ、さまざまなタイプのレスラーを登場させることでアイドル的な楽しみ方を提供することで、起死回生の大ヒットとなったと記されていた。
アイドル的な見方をアイドル以外にもしてみる
これを、アイドル的なあり方からやや遠い音楽アーティスト、ひいてはマンガ家などにも適用することはできないのだろうか。
ここで言うアイドル的なあり方の適用というのは、「1人4役」のようなものをイメージしている。
たとえば、
・ドラマティックでアップテンポな曲が特徴のアーティスト
・切ないバラードが泣けるアーティスト
・アコースティックパフォーマンスによる大人ぽいしっとりとした曲調のアーティスト
・インストゥルメンタルでソリッドな表現を得意とするアーティスト
という、4人のアーティストを1人で演じ分ける感覚だ。
(意味不明だとしてももう少し辛抱して読み進めてもらえたらうれしい)
素っ頓狂なアイデアに思えるかもしれないが、実はこれは、お笑い芸人のロバート秋山がやっている「クリエイターズ・ファイル」のようなものではないだろうか。
これ自体は、秋山氏がさまざまな職業に扮してインタビューを受けるという体裁で、60人以上のキャラクターが存在する。これを見た人は、その中のどれかが強烈にツボにハマってしまうのだ。これも一種の「推し」と言えるだろう。
1人●役が、アイドルを好きになるような好きになる入り口を増やす
好きになる入り口が、ロバート秋山という存在だけのときと、60人のキャラクターのとき、どちらがよりファンを増やすチャンスが多いだろうか。
前述のアイドル商法的なアプローチに当てはめれば、きっと後者の方が可能性が広がるだろう。
好きだったバンドが変わったことで聴かなくなったのはなぜかを考える
ここで、1人で4人のアーティスト、というのが文章の拙さ故にピンと来ずに読み進んでくれた人の苦労に報えたらうれしい。
ミュージシャンや作家などで新作がそれまで好きだった過去作からいろいろ変わってしまって、触れるのをやめてしまったことはないだろうか。個人的には過去に2つのバンドでそんな体験をしたことがある。
これは、そのアーティストを一方向からしか捉えていなかったファンが、違う側面を見せられたときに「以前の好きなあの人ではなくなってしまった」と感じたケースなのではと思う。
たとえるなら、これはおそらく、自分と一緒にいるときの恋人の顔と、友人と一緒にいるときに恋人が見せる顔とのギャップへの戸惑いだ。
これは言ってしまえば、どんなものにも備わっている多面性の見せ方の問題なのではと思う。A→B→Cへの変化ではなく、A/B/Cという多面性として伝えられれば、より多くの好みをカバーできるのではないだろうか。
多面性はどうしたら表現できるのか
1人のアーティストの多面性をわかりやすく表現することを言い換えると、そのひとつに多面性を楽しむフレームをファンに提供することがあると思う。
たとえば、コルク所属である作家の平野啓一郎氏の作品群には「第1期(ロマン主義三部作)」「第2期(短篇・実験期)」「第3期(前期分人主義)」「第4期(後期分人主義)」というカテゴライズがそうだ。
(気になる人は書籍アーカイブを参照)
ひとつひとつの作品の好き嫌いではなく、期という枠組みを通して作品を捉えることで、ただ読む以上の楽しみ方を得ることができる。
他にも、ロッグバンド・フジファブリックであれば、「四季シリーズ」としてシングル4曲(桜の季節」「陽炎」「赤黄色の金木犀」「銀河」)発表したことがそうだ。
センチメンタルさと変態性という振れ幅の大きさを、ポジティブな印象として広く知らしめた、増幅装置であったように見える。
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表現の広さがある作家は、多面性を表現する装置をもってすれば、それをファンの離脱要素ではなくむしろより多くのファンの心を掴むことができると思う。
今後も考えていきたいテーマがまたひとつ増えた。
わたしをサポートしたつもりになって、自分を甘やかしてください。