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愛情なんてわからん

今日は父の話を久しぶりに人にして、ふと、何が愛情なのかと考えてしまった。

現在、両親は犬と都内に住んでいる。

わたしは父が好きだ。

自分が10代のころは特に父の外見が好きだったし、勉強熱心さやスラムダンクが好きなところも好きだし、彼の仕事も尊敬していた。いわゆる“自慢の父”だった。

しかし、父とわたしの関係性をよく考えたとき、彼の愛情がいわゆる世間の“愛情”と同一かは、わたしはわからない。

娘という存在に向けられる特有のそれを、父は持ち合わせているのだろうか。それを考えるとますますわからない。

たとえば小さいころの父との楽しい時間は、父からすれば、実家に今いるトイプードルと過ごす時間と変わらないのではないだろうか。小さきものへ抱く愛しい気持ちと庇護欲で成立していた関係に過ぎないかもしれない。

そう考えると愛情とはなんなのだろう。そんな経緯で浮かんだ疑問だった。

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思春期以降にわたしが認識してた父は、娘が自立するためのスポンサーのような存在だった。小さいころから23歳で家を出るまで、父から人間性や生活態度に対して干渉されることはほとんどなかった。

一方でわたしにとっての愛情は、出資ではなく個人を気にかけてくれることだったのだと思う。
両親と暮らす中で、標準的な生活や道理が基準とされてきたため、出資は愛情ではなく親としての義務でしかないとわたしが思っていたのかもしれない。

高校生のころには家族という共同体に疲れ、ひとりになりたいと強く思うようになった。そのためには、現役で大学に進学し、ストレートで卒業し、正規雇用にありついて独立するしかない。それを一切阻まない理解者としての父はとても都合がよかった。

そもそも、わたしは父の人間性をあまり理解していない節すらある。だからわたしは父のことが好きでいられたのかもしれない。

なぜなら、わたしが成人してから接した彼は、とても弁別的で、ドライで、欲がなく、他人へ期待しない人だった。わたしが求めているようなウェットな愛情など持ち得ない。

しかし、小さいころはそんなこと気づきもしなかった。今思えば、成長に伴い庇護の対象から外れていくにつれ、彼の人間に対する回避傾向を徐々に強く感じるようになっていたのかもしれない。

要するにわたしから見た父は心の距離が遠い存在なのだろう。冷静に考えて、もはや父を好きな理由は、小さいころ可愛がられた思い出と、独立を支援してくれたことの2つしかない気がしてきた。

また、父にも他者の感情と向き合うことがあるかもしれないと思っても、父は過去に愛情を置きっぱなしにしてしまっているようにも思う。

現在に分配される父の愛情はどれほど残っているのだろう。わたしは遅く生まれた末子なので、過去に起こったことはわからない。

いろいろ思い起こしても、わたしが求めた愛情を父からもらえた記憶はない気がする。

しかし、合理主義で理性的で努力家な父を、彼に少し似て育ったわたしは、彼のようになりたかったし、相変わらず尊敬している。

家族はお互い愛し合わないといけないなんて誰が決めたのだろう。尊敬さえできれば、それでいい気がする。

***

父との関係を通して、家族における愛情を考えてみた。

他の家庭がどうなのかは知らない。

前述のような話をすると、わたしの家族を回避する行動に嫌悪感や驚きを示されることも度々ある。「家族はこうあるべき」という共通の行動規範が存在してると思っているのだろうか。こちらからすればその反応自体がマウンティングでしかない。

もちろん「家族はこうあるべき」を掲げることは大事だと思う。それを実現するために努力することは素晴らしい。しかし、そのビジョンはどこから湧いてきたのだろう。果たしてそれは自分で考えたのか?他人のものさしを使うのは楽だが、足かせにもなる。今まで他人から受けた家族マウンティングを思うと、そういう概念とは距離を置きたくなる。

人並みに家族というものに憧れていた時期もある。しかし、家を形成する過程を経て、自分は「向いてない」といったん結論づけた。

それも結局、家族における愛情がわからないことがそれの原因なのかもしれない。

今は家族という形にこだわらず、圧倒的に愛おしい存在がいればいいと思っている。

わたしをサポートしたつもりになって、自分を甘やかしてください。