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てりたまです。監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして務めました。

こんな私でも、監査現場にはじめて行った(往査した)日がありました。

私が会計士試験に合格した年は、当時としては大量合格年度でした。
新人研修が終わり、監査現場への配属が始まって同期が次々と巣立っていきましたが、私にはなかなか順番が回ってきません。
とうとう最後の一人になり、知り合いもいない事務所で孤独に待機。ひょっとすると存在を忘れられているのでは、でも給料は入ってたしな、と思いながら、声がかかるのを待ちました。

ようやく待ち望んだその日が来ます。
往査初日の朝に、先輩のシニアスタッフとターミナル駅で待ち合わせ。これまで机の上での勉強しかしていない私は、やる気満々です。
ところが、そこから2両か3両しかない電車に乗り、とことこと住宅街を走り、降りたところもまったくの住宅街。
先輩は駅前のマンションに向かいます。何かおかしいと思いつつ後ろをついていくしかない状態。
エレベーターに乗り、とある一室の前でインターフォンをならして入ると、中は完全に会社の事務所でした。

まずは社長にごあいさつ。え、いきなり社長? 新人研修で同期としか名刺交換していない私に緊張が走ります。
名刺を逆向きに渡しそうになりながらあいさつは終わり、初めていただいた名刺を眺める私をしり目に、シニアスタッフは社長との打ち合わせを開始。
ふと社長の方を見ると、今お渡しした私の名刺にメモを取っていらっしゃる。
新人研修では、「名刺は、相手の方だと思って、丁重に扱いなさい。決して投げたり、折り曲げたり、まして何かを書いたりしては絶対にいけません」
早速重大なマナー違反を目の当たりにし、世の中は勉強した通りはいかないものだと学びました。

打ち合わせが終わり、シニアスタッフと二人で業務開始。
1時間ほどして最初にした質問は、「トイレ、行っていいですか?」でした。シニアスタッフは「学生じゃないんだから、いつでも行っていいよ」
おー、学校とは違うんだ、と小さな学び。

実はその会社での業務は監査ではなく、「コンピレーション」というものでした。クライアントから数字をもらって、財務諸表の体裁を作る、という仕事です。
監査手続は実施しませんが、監査法人のロゴが入った「コンピレーションレポート」というものを発行します。そのレポートには要は「何もやっていません」と書いてあるのですが、ロゴだけを見て「監査法人が入っていたら大丈夫だろう」と誤解される可能性があるので、今はなくなっている業務だと思います。

監査手続は実施しないものの、前期数値との簡単な比較は行います。シニアスタッフの指示により、新米監査人の私がおおせつかりました。

増減が大きい項目を選んでおいて、経理の方にヒアリング。
「前期はあった貸倒引当金がゼロになっている理由は何ですか?」
経理の方は「当期は利益が厳しかったので、計上しませんでした」
私の脳内の血圧が急上昇し、顔がほてっていることを感じます。心の中で「粉飾だ!はじめての往査で見つけてしまった!」
くらくらする思いで、まずはヒアリングを終え、経理の方が逃げ出さずに席に戻るのを確かめてから、小声でシニアスタッフに報告。
すると、「いいのいいの、コンピレーションだから」
脳内の血圧は急降下。
監査を受けていない会社には、粉飾は普通にあるんだと学びます。

もともと3年だけのつもりで監査の世界に入りましたが、そのあと30年も続けることになるとは。
見るもの聞くもの新しかった、はじめての監査現場の話でした。


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これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
てりたま

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