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僕の人生の中で最も不思議で、最もミラクルな出会い

僕には人生で1つ、不思議な出会いがあった。
この出会いについて、回想をしながら話をしようと思う


(1)出会い

この話は、僕が22歳、新入社員の頃の話。場所は大阪の外れにあるフリー雀荘。僕の向かいの席に座った若いイケメンの男性は、そこそこ麻雀が上手いものの、アツくなるとだんだん打牌に繊細さが無くなり、負けていった。

「次、ラス半で」と僕が店員に告げると、対面の彼も同じく「あ、僕もラス半荘で」と告げた。

その半荘が終わり、僕が帰ろうと席を立つ。と同時に彼も席を立ち、僕に話しかけてきたのだった。

 「今から飲みに行かへん?」 


その彼をCくんとしよう。

当時の僕は会社の寮住まいで、部屋に帰っても特にやることがなかったので、「ええよ、行こか」と快諾。

Cくんが「僕、美味い店知ってるんすよ」って言うから、言われるがままに雀荘の裏にある小さな焼き鳥屋に入ったのだった。

その居酒屋では、僕がそれまで過ごしていた東京での話や、新卒で入って今働いている会社の話、Cくんの今の現状など、お互い色んな話をした。彼の年齢は僕の3つほど下だった。

Cくんが「俺は高卒や!今はプーや!たまに仕事するけど工場で作業とかやで。工場で8時間お弁当にタンポポ乗せてたら気狂いそうになるで」といった感じで、自分の話をしてくれたのを覚えてる。

そして楽しい時間が過ぎ、お会計の時にCくんは言った。

 「俺、お金持ってへんねん」 


あの日は本当に不思議な日だった。生まれて初めてオトコにナンパされて、ついていったら全額払わされるとは。まあ焼き鳥屋なので大した額ではなかったし、ボッタクリバーじゃなくてよかった。

 その日はそれでCくんと別れたわけだが、特に腹が立つこともなく、むしろ「今までの人生でまわりにいないタイプだったな」と、なぜか心地よい感じがした。

 さて、それからのCくんだが、関係はそれで終わりではなかった。

 「今日ヒマ?」

「麻雀せえへん?」

「今日プー仲間でカラオケ行くから一緒に行こうや」

そう、彼はヒマなのだ。なので僕が仕事中だろうがなんだろうが、しょっちゅう電話をかけてくる。

僕も独身、一人暮らしで時間もあったので、週末はよく彼らと一緒に遊んだものだった。

そうこうしているうちに、僕が1社目を早10ヶ月で退職し、次の会社で働くために東京へ。バタバタと慌ただしく時間が過ぎてゆき、ふと気がつくと彼らとも自然と会わなくなっていた。 

(2)再会

東京に移ってから半年後のある日、突然Cくんから電話がかかってきた。

 「久しぶり!元気?」

おお、なんか半年しか経ってないのに久しぶりな感じ。やっぱ人生が激動したときは色々なものが遠く感じる。

 「久しぶりやな。急にどうしたんや?」

「俺も東京に出ることにしたわ!」

「おお、マジか!じゃあまた遊べるやん!いつからくる予定なん?」

「もう東京におんねん!」

「そうなんや!どこに住むん?」

「寺澤くんの家や!」

「えっ?」

 なんと彼は、僕に全く打診のないまま、僕の家に住むことを決め、バッグ1つで上京してきたのだった。

 「ちなみに今どこにいるの?」

「寺澤くんちの最寄り駅のセブンイレブンや!」

「!!!」

半信半疑で駅前のセブンイレブンに行くと、Cくんがボストンバッグ1つ持って、地面に座って僕のことを待っていた。

 「まったくもう……」

とはいえここで追い返すわけにもいかず、僕は彼を家に迎え入れ、その日の朝にはまったく想像だにしていなかった奇妙な2人暮らしがいきなりスタートしたのだった。 


普通の人ならCくんを追い返したかもしれない。でも僕はなぜ彼を受け入れたのか。

それは、「今が恩を返すときじゃなかろうか」と感じたから。

僕は1社目を辞めたとき、会社の寮を出なければならなかった。でも次の会社が決まっていなかったのにもかかわらず、「親に合わせる顔がない」と言って実家に帰らず、東京の親友の家に転がり込み、3ヶ月ほど住所不定無職の生活を送っていたのだ。

当時の僕が次の職を得てきちんと働けたのは、その親友のおかげ。

そして、そんな僕が働きだしたタイミングで僕のところにCくんが転がり込んできたのは何かの縁としか思えない。

 「お前は親友の家に転がり込んだとき、受け入れてもらっただろ? まさかここでCくんを受け入れないなんてことはないよな?」

 そんな神様の声が聞こえたような気がしたのである。 


「そういえば、東京に何しに来たんや?」

「医療事務の資格を取ろうと思ってな」

「大阪でも取れるやろ(笑)」

「大阪におったら、プーに囲まれて、また遊んでばっかしやろ?そしたら一生変わられへんからなあ。」

「ふーん、そんなもんかなあ。」

そう、Cくんは医療事務の資格を取りに僕の家に転がり込んできたのだった。そして医療事務用の塾も東京で契約したのだった。

(3)日常

こうしてCくんとの二人暮らしがはじまったが、Cくんとの生活は自分の想像とは大きくかけ離れていた。生活にズレがあるというか、常識が違うというか。そんな風景を切り取って少し紹介していきたいと思う。


  [1] かわいそうな革靴

「寺澤くん、明日バイトの面接あるんやけど、革靴貸してくれへん?」

「うん、ええよ。」

そしてCくんは小ぎれいな服に身を包み、僕の革靴を履いて颯爽と家を出ていった。

その日は僕も会社に行き、晩に帰宅した際、玄関に置かれた革靴を見てギョッとした。

朝はキチンと形が整っていた革靴のカカトが、踏まれまくってぺちゃんこになっていたのだ。その形はまるでサンダルのよう。

「ちょっと、何これ?」

「ああ、寺澤くんの革靴、俺には小さかったからカカト踏むしかなかったんや!」


 [2] かわいそうなワイシャツ

「俺、会社行くから、Cくん家にいるんやったら、洗濯物取り込んで畳んどいてくれへん?」

「うん、ええよ」

そして会社から帰ってきてクローゼットを開けると、そこにはボールのように丸められて置かれたワイシャツが……「なんやこれは!やるならちゃんと最後までやれよ!」

思えば、Cくんに怒ったのはこれが最初で最後だったかもしれない。


 [3] 情事に遭遇

家に帰ったら、Cくんの他になぜか一糸まとわぬ女の人がいて目が点になったことも。

「ごめんごめん、ちょっとだけ帰ってくるの待ってくれる?」

「お、おう……(俺んちやけど)」


 [4] 友達との飲みに誘われる

「寺澤くん、今池袋で友達と飲んでるからこーへん?」

「おお、ええよ」

お店に着いたら、金髪でタンクトップを着て腕にタトゥー入りまくりのムキムキの男性が。

「紹介するわ、○○くん。ついさっき池袋ウェストゲートパークで知りあってん」

「お、おう……(友達なんか?)」


 [5] たまに僕の仕事のグチを聞いてもらう

僕は当時営業をやっていたんだけれど、全然成果を上げられず、本当に辞めようかと思っていた。

 「あー、仕事メンドクサイな。どうせ売れへんし、行きたくないわー」

「いやいや、寺澤くんはまだ行くとこがあってええやろ!俺なんか行くとこもないねんぞ!」

「お、おう。なんか元気出たわ」 


そんなやりとりをする中、だんだん僕がオカン化していくのであった。

「Cくん、別にどこに行っててもいいんやけど、帰って来るのかどうか、ゴハンはいるのかいらんのかくらいはちゃんと毎日連絡してこいよな!」

そう、僕は家に帰ってこない子を持つ親の気持ちを、なぜか23歳の時にCくんで味わっていたのだ。

(4)旅立ち

しかし3ヶ月後、僕の家で好き放題やってきたCくんがいきなり引っ越すというのである。

 話を聞くと、どうやらまたもやどこぞの怪しい場所で知り合った人と一緒に、うちの近所に部屋を借りることにしたらしい。

 「少しうるさく言い過ぎたかな……」

「ちゃうでちゃうで。まあ、いつまでもお世話になったら悪いしな!」

 こうしてたった3ヶ月だったが、ずっと一緒に生活していたCくんが突然出ていった。静かになった部屋は、ぽっかりと穴が開いた感じで寂しかったな。


そこからは彼の普段の生活に口出しする必要もなくなり、連絡も相当減っていたのだが、3ヶ月ほどしたある日、またCくんから電話がかかってきた。

 「ちょっと聞いてや。ほんまたまらんわー」

どうやら一緒に部屋を借りた、どこぞで知り合った人が警察沙汰を起こしたらしい。

「大家からは出ていけって言われてるし、そろそろ医療事務の試験あるし、いいタイミングやから大阪帰ろうかなって思って。寺澤くん、今まで色々ありがとうな。」

「いや、こちらこそ楽しかったで」

「じゃあ、また!」

こうしてCくんは嵐のようにきて、あっという間に僕の元から去ってしまったのだった。

 ……そういえば、そもそも医療事務を取るために東京来たって言ってたのに、Cくんが僕の家で医療事務の勉強してるとこ、一回も見たことなかったなあ。 

(5)試験

医療事務の試験の日。試験を終えたCくんから連絡が入った。

 「寺澤くん、試験終わったわ」

「おお、どうやった?」

「いやー、医療事務の試験って教科書持ち込み可やのに、教科書全部持っていくの忘れてなー」

「お、おう……」

「まあ、なるようになるんちゃうかな」

「そうかー、ひとまずお疲れさまやね」

 お疲れさまとか言いながら、僕は心の中で、「マジか!持ち込み可の試験で持ち込み忘れたとか聞いたことないぞ!」とか、「勉強してる兆しもカケラも無かったし、まあアカンやろな……」と思ってしまっていた。


そして合格発表の日。

 「寺澤くん、受かったわ!」

「マジか!」

「いやー、教科書忘れても何とかなるもんやなー」

今考えても、彼があの状態から医療事務の試験に受かるなんて奇跡に近いと思う。すごいな。 

(6)人生が変わったCくん

Cくんは医療事務の資格を取ってから、人生に対する向き合い方が変わった。ちゃんと病院に就職し、真面目に勤務し、患者さんと真摯に向き合い……

とにかく今までと180度違うと言っても過言ではないくらい変わったのだ。

しかもあれからもう25年くらい経つわけだけれども、まだちゃんと仕事も続いている。

そしてこないだ、Cくんから電話がかかってきた。

「寺澤くん、俺、課長になってん!ちゃんと部下の人もおんねんで!」

僕、その電話もらったとき、マジで涙腺ゆるんだよ。しかも25年近く経った今でもちゃんと報告してきてくれて。

しかも今は奥さんとかわいい女の子もいて、家まで買って、なんか25年前を知ってる僕からすると、本当に不思議な感じ。

(7)Cくんの実家にて

師走のある日、Cくんから電話がかかってきた。

「寺澤くん、お正月に大阪帰ってきてるんやったら俺の実家来てや。お父さんとお母さんが会いたいって言ってんねんやんかー」

「おう、行く行くー」

そんな軽い気持ちで、Cくんちに行ったら、めっちゃ豪華なおもてなしを受けてしまって。

そんなこと全然想像してなかったから驚いてたら、ご両親からめちゃんこ御礼を言われて、二度驚いた。

 「うちの子、本当にどうしようもない子やったでしょ。それがいきなり『寺澤さんのところに行く』って言って東京に飛び出して。で、帰ってきたら人が変わったかのようにちゃんと仕事して、結婚もして子どももできて。もうなんて御礼を言ったらいいかわからないです。本当にありがとうございます」

たしかに、もし僕が同じ立場で、人生諦めかけていた息子がたった数ヶ月誰かのとこに転がり込んだだけで、帰ってきてからめっちゃ真面目になってたら、やっぱり同じように御礼するだろうな。

でも僕は今回、Cくんに居場所を提供しただけで、その他はほんとに何にもしてなかったんだけど。

 「ところで、息子になんて言ってくださったんですか?」

「えっ? え~と……」

正直、何を言ったかって聞かれて、全然何も思いつかなかった。だって厳しく声を荒げたのって、ワイシャツボール事件くらいだけだったから。

でも彼の人生は僕といた数ヶ月でたしかに変わった。これは今でも何が何だか分からない、僕の中の不思議な体験だった。


Cくんは僕といて人生が変わった。

じゃあ僕はCくんといて人生が変わらなかったかと聞かれたら、やっぱり変わったと思う。

 僕は今でも、仕事を辞めたかったときにCくんから言われた言葉を思い出す。

 「いやいや、寺澤くんはまだ行くとこがあってええやろ!俺なんか行くとこもないねんぞ!」

あのタイミングで僕がCくんと一緒に暮らしてなかったら、そしてあの言葉がなかったら、僕は結果的に17年も勤めた会社を1年で辞めていたかもしれない。 

いや、「辞めていたかもしれない」ではない。あの頃は辞めグセがついていたので、きっと本当に辞めていたと思う。そうしたら確実に今の人生はなかった。 

人生ってホント面白い。奇跡や!ミラクルや!

(8)ミラクルは連鎖する

Cくんはいまだに「あのときは家賃も半分払うって言っときながら1円も払わんかったしなー。寺澤くんに返さなあかんなー」って言ってくる。

僕は当時親友から受けた恩をCくんに返したと思っているので、いつも「そんなん要らんから、俺に受けたこの一連のことを、俺に返すんじゃなくて、次の人に返したってくれ」と答える。

ミラクルは連鎖する。

僕はCくんに特別な何かをしてあげたわけじゃないけど、それで何かが確実に変わった。このミラクルを僕とCくんだけで留めるのではなく、その先まで広げていってほしい。

そしたらそのとき、「ミラクルはここからはじまったんですね!」って言いながら、そのミラクルに関わったみんなでゴハンを食べようじゃないか。


そして今、「これからもこんな風に人と関わっていきたい」というのが、僕の人生の目指す姿なんじゃないかっておぼろげながら感じはじめてる。

僕と交わることで誰かの考え方が変わり、心理が変わり、人生がいい方向に変わる。これからの人生、そんなことをやっていきたい。

このことに25年ほど経ってようやくCくんに気づかされたのかもしれないし、これからもCくんに会ったおかげで僕の人生が変わり続けるかもしれない。それもまた一興だよね。

 Cくん、こちらこそ感謝してるよ。ありがとね。

#創作大賞2023
#エッセイ部門

最後まで読んでくださって、ありがとうございました! これからも楽しみながら書き続けていきます!