7月と8月の振り返り②(京都研修)
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7月と8月の振り返り②(京都研修)

離島で和食を学ぶ「島食の寺子屋」

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恒光:じゃあ、淡々と進めるけど、次は長谷川さんで。

長谷川:
大きくふたつあって。一つ目が「文化を作る」。

これは、京都研修中に会った人たちとのコミュニケーションを通して思ったことなんですけど。大前提として、寺子屋に入って「和食とは?日本料理とは?」という疑問があって、一か月に一回くらい先生に聞いていたんですけど、その疑問が少しとけたという感覚があって。

そもそも、どうしてそういう疑問を持っていたかというのが、私が寺子屋に入った理由にもなるんですけど。自分が生まれた国をあまり知らないということと、あまり誇らしく思えていないから、これからは誇って生きていきたいなという思いもあったんですけど。

以前に島留学弁当をやったときに、自分が作ろうとしている料理が果たして和食と呼べるんだろうかというところで自問自答したところがあったり。食文化的な部分での和食の定義付けに悩んでいた部分があったりもして。

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ノートを振り返って見てみると、「本筋を通す」って書いてあって。
その下に「季節」「器」って書いてある。

左さんと田中さんと話して、自分の中で出てきたキーワードがこれで。季節だったり器だったり歴史だったり、全て自分の解釈次第で「こういうもの」って表現できるし。それが和食になっていくし、和食は定義があって正解に当てはめていくんじゃなくて、自分にとっての和食を貫くという姿勢があるんだなって思って、そのスタンスそのものが料理人なのかなって。

和食の定義とかで悩んでいたけど、そもそもそれに正解はないし、貫いていくそのものだなって思って、すごいすっきりしたこと、学んだこと。

恒光:フレンチと日本料理の違いの話もあったよね。

長谷川:
陰と陽の文脈だったかな。

フレンチはコースの中でどんどん重ねて中性にしていくけど、和食は一皿で中性を見つけようとする。和食は素材を動かさない、目の前にある食材をどうしていくかを考えていく。

直線で貫けるところを探すのが和食、点在しているものを集めるのがフレンチ。

恒光:貫くってなんだっけ。

長谷川:
器とか文化とかってキーワードが、田中さんから出ていたと思うんですけど、その話に関していうと、器や食材、料理人の想いが交差する部分が和食という食文化でいいんじゃないかっていう言い方を田中さんがされていました。

恒光:そうだった。時間たっちゃうと忘れてしまいそう。危ない。

長谷川:
二つ目は。「美味しい」って言葉について色々考えて。

美味しいってなんだろうって、人それぞれなんで答えはないんでしょうけど、さっき言ったように自分にとって貫きたいものを探さないとなと思っているので、自分にとって貫きたいものを探そうと思っていて。

色んな方が色んなことを仰っていたけど、田中さんの言い方で言うと、「味をつけようとしない」って言っていたと思うんですけど、味をつけようとすると味が濃い味が薄いっていうことになる。

だから、必ず生で食材を齧って、食材に足りないものを調味料などで補う考え方をする。

不足しているものって田中さんが言っていたけど、なかひがしさんの料理を頂いたときは、不足さえも料理の一部にする?ような感覚。

ありのままを、食べる。ありのままって言ってるけど、ありのままじゃなくてひと手間加えているんだけど。そのものを、まるごと食べるのも美味しいし。今、田中さん的な考え方と中東さん的な考え方との両方で、自分はどういう風に思うのかなって現在進行中で考えているし、すごい大きな収穫だった。直接、料理人の方とお会いして話すことが人生で初めてだったので。

本当にひとそれぞれっていうのが分かるし、自分が正しいと思うこととか貫きたいこと、本筋を通していれば自分が貫きたいものを貫ける環境とか、仲間たちがいるんだなというのが感動したし嬉しかった。

恒光:
料理人の方々はどういう風に、自分が貫くものを見つけていったんだろうね。考えているだけで見つかるものでもないだろうし。その辺りは、長谷川さんは、どのように見つけていけそう?

長谷川:
これから作っていくというよりかは、今までに出会ってきたものとか人たちとの出会いを、いかに紡いでいくか。そういうものが既に自分の中にあるはずだから、そういうのを見つけていくことになると思います。

あと、動き方の話とかでいうと、辰巳屋さんのところで八寸の盛り付けの時に、立体的に手早くがんがん盛っていくのを見て、一年目二年目の方もササっと終えていて。

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盛り付けってもっと慎重にやっているのかなって思っていたら、すごい手早く置いていくみたいな感じがすごく意外で。ネガティブな意外ではなくて。

それがひとつに収まっていて、良い意味で肩の力が抜けている、でも一個一個が美味しい。そこに信頼が置ける料理で。京料理っていう、自分の狭いイメージから解放された感じがするランチでした。

恒光:早いけど雑じゃない感じかな?

長谷川:
雑じゃないのは勿論のこと、それで置いていっても残念な感じにならないっていう。それは一個一個がきっちりしているから、ああいう置き方とかになっていくのだって思いましたね。

八寸だったからこそ、ああいう動きだったのもあると思いますけど、厨房の中に入れたからこそ見れた収穫だと思います。

武田:
お料理のことでいうと、辰巳屋さんのお弁当って炊き物が沢山あったじゃないですか。でも、仕切りがあるわけではなくって。汁が出るものであっても、平らなお皿の上にのせられていて。それが、焚き合わせみたいな味の混じりそうなものであっても、ひとつのものの上に置いてあるのが不思議だったというか。

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そこで混じりあうってことを気にしないのかなって。こういう盛り付け方するんだなと思うし、混ざりあって変な感じの味になることも別にないし。これはこれでひとつの形になっていて、こういうのもあるんだなって思いましたね。

恒光:なるほど、ありがとう。それでは最後に三橋さん。

三橋:もう全部話きったんじゃないですか?(笑)

恒光:いやいや。あんなに盛りだくさんの研修で、まだまだ氷山の一角だと思うよ。

三橋:
情報量が多すぎて、細かい点で見て行ったら細かく沢山あるし、大きい視点で見たらざっくりになるだろうし。

恒光:とりあえず、今後の寺子屋に研修での学びを、どう活かしていくかっていう視点で話してみよう。

三橋:
それで言えば、器屋さんに行った時も、なかひがしさんのところで食事をした時も、料理にあわせた器を使っていたりとか。
そういったところにも自分の考えを持たれていて、そういったところも離島キッチン海士で活かしていけたらなと思っていて。

できることとしたら、自然のものでやっていけたらなと思って。
いま、暦の本を読んだりとかしているんですけど、それでなかひがしさんのところでカジの木の葉っぱを使っていて。

この季節には昔からこういうものが使われていたとか。香りが強いからとか、殺菌効果があるからとか、神聖な神様に供えるときの葉っぱだとか。そういうことであれば離島キッチン海士でもできるんじゃないかなって。

恒光:色んな葉っぱを知りたいって言っていたもんね(笑)

三橋:
葉っぱ好きですね、なんでかわからないですけど(笑)
でも、緑があることで全然印象が違うくないですか?

食べ物だけじゃなくて、そういったところでの季節感の表し方。
お皿とか飾りとか敷き葉とかで表しているところを、もう少し自分たちも主体的にやれたらなって。今は料理だけで精一杯になってしまっているところがあるので。

離島キッチン海士で、お花を活けたりとかもスタッフの方がやってくれていて、お客さんに「飾っているのはなんの葉っぱですか?」って聞かれて答えられなかった自分がいて。自分たちがわかって季節感を表現していけたら、また変わってくるのかなとか。今日使う食材に関する植物を置いたりとか。

あと、京都研修の前に奈良へ行ってたんですけど、奈良のお店で野菜メインのお店だったんですけど、本当に野菜そのまま洗ったものをテーブルにずらーって並べていただいて、いま使っている食材はこれですって説明してくれたり、野菜はこういう断面図なんですって説明してくれたり。

食べるだけじゃなくて、体験的だったというか。

あと、辰巳屋さんではお弁当を開ける楽しみもあったなと思って。竹の皮をとって、ぱーっと開いて、わーみたいな。そういう楽しさというか風情みたいな部分になってしまうかもしれないですけど、そういう部分も出していけたらいいなと思います。

それに、やっぱり接客と空間も、料理と同じくらい大事かなと思って。
鳥米さんの女将さんたちの接客が、本当にほっとする感じで。緊張している中でほっとするような感じだったので。

心からの一声って全然違って。
年配の方からの説明で、お茶っ葉を置いている時に、「これ、本当にすごく美味しいんですよ。」っていうのが、心からの声だってわかって。接客というのか、そういう心掛けっていうのは、お店のことを大事に思っているからこそ、そういう声が出るのかなと思ったから。

そういうの、今まで思っていたかもしれないけど、口に出していなかった部分があると思うので、これからはもうちょっとそういったところを意識して、ほっとできるような声掛けをしていけたらいいなと思います。

雰囲気とかも含めての離島キッチン海士にしたいなと思いました。

恒光:伝えたいことっていうのは、島食の寺子屋の授業の中で体験している中に既にあると思っていて、先日の夜懐石の時に水雲を出していたよね。

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恒光は全然料理にはタッチしていないけど、お品書きを印刷している時に、水に雲と書いて水雲かと思って。その時に、海に潜って漂っている水雲を見たのを鮮明に思い出して、本当にその通りだなって思って。
水雲を触った時の感触とかも含めて、それをお客さんに伝えたいと思って、お客さんに喋っていったりとかしていて。そういう風に伝えたくなることが、これから自然に出てくるといいね。

中央市場の見学はどうだった?

農家さんから直接仕入れているお店もあったり、でもそのようなお店だと波がある部分もあるから、定番のコースには使えないとかあって。鳥米さんと辰巳屋さんは、ほぼほぼそこのお店は使わないって言ってたけど。

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武田:
人との信頼関係が大事なんじゃないかなって思いました。そこまでの関係を築けていたら、市場でも「この人なら良いものを届けてくれる」って。市場で買い物するにあたって信頼関係がとにかく大事だと思った。

長谷川:
すごいシビアに見ないと、お店の味が落ちちゃうというか。島食の寺子屋で離島キッチン海士をやってて、どちらかというと島のもの100%で料理を提供していることに価値があって、それを期待しているお客様もいらっしゃるとも思っていて。

そこまで「味」にどれだけシビアになれているかわからないけど、あれだけ全国から食材が集まっている市場で、業者さんとどんだけ信頼関係を結ぶかもそうだし、自分自身も良い業者さんを見つけないといけないという目利きもシビアにならなきゃいけないし、その業者さんが選んできら食材に対してもシビアにならないといけないし。それはお客様の口に入るものだし、お店の看板になるから。

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(2021年8月25日収録)

離島で和食を学ぶ「島食の寺子屋」
島根県の北、隠岐諸島のひとつ中ノ島(海士町)にある料理学校「島食の寺子屋」。 海へ山へ里へと、食材の現場に足を運び和食を学んでいく。四季を通じて学ぶ1年間コースに通う生徒たちの日記です。 【島食の寺子屋HP】https://washoku-terakoya.com/