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さかなのはなし

生まれ育った北海道の、住んでいた部屋の窓からはいつでも山が見えていた。 
こんなにもすぐそばに海がある生活を送っていることに、ふとびっくりするときがある。 
 
魚とわたし、四つに組むこと3か月半。 
寺子屋では毎日のように魚をさばいている。 
水洗いからおろすまでにまだまだ時間がかかりすぎだし、そのくせ仕上がりがうつくしくもない。 
それでも、魚をさばくことを楽しいと思えるようになったことがうれしい。 
4月から、仕入れのたびに漁港でさわりながら魚を選んで顔と名前をたくさん覚えて、たくさん料理してたくさん食べてきた。 
お刺身で食べるなら、イシダイが好き。レンコダイはかわいい。 
朝の光にきらきらひかる背中の青が好みの青で、晴れた日にトビウオに会えるとうれしくなる。 
海士町に来て初めて食べたイサキは、皮目をあぶった焼き霜造りがお気に入り。南蛮漬けやフライにしてもおいしい。 
これまでイナダと呼んでいたハマチは、シェアメイトの誕生日に酢飯をこさえて漬けにして、おいしい海苔で手巻き寿司にしたのが、わたしの中ではいちばん。 

6月には漁船に乗って、いつも仕入れにいく大敷の定置網漁を見学した。 
定置網漁は海中に巨大な網の仕掛けを設置して、魚が入ってくるのを待つ漁。毎朝の漁では、かかった魚が溜まっている網だけを引き揚げる。 
網のメンテナンスと、仕掛けるのが大変なのだと教わりながら、漁港で選別しながらときどき笑顔で話しかけてくれる漁師さんたちの、網を揚げる真剣な表情を見ていた。 
わたしが見たのはほんの一部分にすぎないけれど、魚であれ野菜であれ、食材を前にしたときに、わたしのもとへ来るまでの道程と携わるひとたちの顔が浮かぶだけで、いつも以上にありがたく感じるし、大事に食べたいと思う。何より、さっきまで海を泳いでいた魚たち。きれいにおろさないと、彼らに顔が立たない。 

離島キッチンの箱膳と会席と、シェアハウスの食卓にもたびたび登場しているアジ南蛮。 
みんなで三枚おろしにして持ち帰ってきた大量のアジを、白梅酢を使った南蛮漬けにしてみる。 
薄切りにした玉ねぎを容器に敷きつめて、いつもの米酢を白梅酢に、きび砂糖をざらめ糖に変えた漬け地を火にかけておく。
アジに小麦粉をまぶして、170度の油の海を泳がせる。からりと揚がったら玉ねぎの上に並べて、あつあつの地を注ぐ。さらに玉ねぎを重ねて、次なるアジたちを油の海へ放り入れていく。 
暑いのが得意ではないのに、暑い中汗をかきながら揚げ物をするのはなぜかちょっと気持ちいい。生臭さが苦手で缶詰で済ませていた魚料理も油はねがこわくて避けてきた揚げ物も、今では苦とも思わないのだから、慣れたもの。 

粗熱がとれたアジ南蛮は、冷蔵庫へ。 
また作ったの?って、そろそろ飽きられちゃうかな。 
南蛮漬けが好きなあの子たちが、おいしいねと笑ってくれたらいい。 

(文:島食の寺子屋生徒 佐野)