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正しいことが、なぜできないのか

こんにちは、本多です。お寺の住職、大学での教鞭、それからテラエナジーの創業メンバーとして取締役をつとめています。僕は小学校のとき、海外に住んでました。noteでは、日常で感じたことや考えたことをできるだけ素直に言葉化したいと思います。ゆっくりしたときに読んでもらえたらうれしいです。

正しい行い

気候変動問題と仏教の関係について研究を続けてきました。

僕が研究を始めた2004年頃から、環境問題が日本でも広く議論されるようになりました。その頃は、地球温暖化が深刻化しているとは言われてはいましたが、個人としてできることは限られていました。政治に対して声を挙げる、ゴミの分別、クールビズ、室内温度の調整、省エネ等など。

ところが近年は、より効果的な対応策が選択できるようになりました。地球温暖化の原因は二酸化炭素の排出による。だからそれを削減することが大事。対応策としては、発電方法を見直すのがベストである。日本では2016年から電力自由化し、再エネ中心の発電会社を選ぶことができるようになりました。また、あちこちで「脱炭素」「SDGs」が叫ばれるようになりました。

これらはよい動向といえます。「何をすればいいのか」がはっきりし、正しい方向性がクリアになり、それに向かって歩みを進めることができるわけですから。

環境問題の解決に向けて私たちは何が「正しい」か既に知っています。電力をスイッチングし、再エネ中心の生活にシフトをすればよい。また、ゴミの分別、自然環境を汚さない生活、生物多様性・・・これらに取り組むことこそ、やるべき「正しい」道です。

「正しさ」ということでいえば、たとえば時速制限40kmの道路を50kmで走行してはならないし、タバコは体に害があるし、人を傷つけることを言ってはならない。私たちは「正しい」行いが何であるかは、知っています。

もしテラエナジーに100%再エネプランができれば、少々電気料金が上がっても僕は加入するつもりです。これも「正しい」取り組みの一つでしょう。

現実は違う

ところが、現実はどうでしょう。

私たちは、時速制限40kmの道路を50kmで走行してしまうこともあるし、タバコ好きの人は体に悪いと思っていても喫煙してしまう。また、人を傷つけたくないと思っていても、傷つける発言をしてしまうこともある。

気候変動問題への対応も一緒です。再エネシフトが「正しい」ことは知っているけれども、再エネ重視でスイッチングしている人はそう多くはない。金銭的な負担を考えて仕方ない場合もある。しかしここで注目したいのは「正しい」ことを知っていても、それを徹底できない自分がいるということです。

もう一つの人間像

「正しい」ことを知っていたら、行動は「正しく」なるのでしょうか。

ナチスドイツの政権下で、アウシュヴィッツ強制収容所へのユダヤ人大量移送に関わったアドルフ・アイヒマンは、1960年に確保されイスラエルに連行され、裁判を受け、1962年に絞首刑に処せられた。裁判でアイヒマンは「言われたことに、従っただけだ」と証言した。アイヒマンは特に攻撃的な性格の持ち主ではない。しかし、多くのユダヤ人虐殺を知りながらもそれに加わったのである。

H. Arendt, 1963

こんな社会実験があります。

くじ引きで、先生役と生徒役に分かれてもらい、生徒役は電気椅子に座らされる。先生役は与えられた質問を読み上げ、生徒が間違えば先生役は手元のボタンを押さなくてはならない。ボタンを押すと生徒の体に電流が流れる。電流は15ボルトずつ上がっていく。実験をはじめると100ボルトを超えたあたりから生徒役は悲鳴をあげだす。一方先生役も「やりたくない!」と拒否の意向は示すものの、指導員から最後まで実験を行なうよう指示され、ボタンを押し続ける。実に6割の先生役が最後のボタン(375ボルト)まで押し続けたのである。

S. Milgram, 1974

この実験では、実は被験者にウソのくじを引かせ、全員が先生役になるよう仕込んでいました。また生徒役に電気は流れておらず、生徒役は単に演技していただけでした。この実験はミルグラム実験と呼ばれます。

1971年にスタンフォード大学では次のような実験がおこなわれました。

精神疾患などのない平和主義的精神を持つ24名の学生が実験の被験者として選抜された。被験者は、囚人の調教師役に2週間なりきってもらう。実験のために監獄が作られ、囚人はパトカーに乗って搬送された。まるで映画さながらである。ところが実験は6日で中止せざるをえなかった。なぜなら調教師役の学生たちが、囚人たちを非人間的に扱い始めたからだ。彼らは囚人に対して非道な言葉を浴びせるようになり、暴力的になったのである。

P. Zimbardo, 1989

アイヒマンも、電流を流し続けた先生役の被験者も、調教師役の学生も、何が悪いことで、何が悪くないかを知っていた。ようするに一般にいう「悪い人」ではない。ところが現実には、その人柄からは考えられないような行動に出たのです。

「正しいことを知ってたら、正しい行いをする」というのは、実は根拠に乏しい。「正しさ」のシャワーを浴びせたところで、人間の行為はそのとおり「正しく」動くとは限らないのです。

「環境×仏教」論を考え直す

ここから、環境問題と仏教を捉えなおそうというのが僕の環境論です。「正しいことが、なぜ徹底できないのか?」です。

そこで思い出すのが、親鸞(1173-1263)という人の「歎異抄」の一節です。

そうなるべき縁がもよおすならば、どのような振る舞いでもしてしまうのが私です

『歎異抄』第13条

善いことも悪いこともしうるという親鸞の言葉は、無責任で意志薄弱にみえます。一方、見方を変えれば人間の姿を忠実に表している。アイヒマンの行動、ミルグラム実験やスタンフォード大学の被験者の行動…どれだけ強固な信念を持っていたとしても、環境によっては人間は悪を犯してしまう。

人間は合理的な生き物ではありません。親鸞はそんな人間の非合理性を見抜いたのでしょう。人間とは立派なように取り繕ってはいるが、決してそうとはいえない。親鸞はそんな姿を「愚か」と形容します。

自分からどんな行為が今後出てくるか、自分でさえ、正確に言い当てることができない。まわりに影響ばかりされる。自分でも自分の行為を生み出す精神活動の原因が何なのかわからない。そうした人間洞察に基づくからこそ、親鸞は自らを「愚か」と記したのです。

仏教は、人間の合理的あり方を、相対化する方向へ誘引する珍しいタイプの宗教です。

「社会復帰させようとするから、上手くいかない」

「人間は正しいことを徹底して実践できない。じゃあ、どうしたらいいのか?」となりますが、そんなことはわかりません。というか、実は誰にもわかりえない。杓子定規の解決策はないのです。わかっているのは「人間は合理的な存在ではない」ということです。

ですから「正しさ」のシャワーを浴びせたところで、それは問題の根っこを支えてはくれない。人間存在を見つめる視座がそもそも不在だからです。

先日、ある人から相談を受けました。更生させたい若者がいるが、それがなかなかできないという相談でした。あの手この手を使ってその若者を社会復帰させたいが、ぜんぜん上手くいかないようです。その場には僕以外に僧侶2名が居合わせました。話をよく聞いた後、2人は言いました。「社会復帰させようとするから、上手くいかないのではないでしょうか」。その通りだと思いました。

社会規範で課題を解決するというアプローチ事態が、どこかで相対化されなくてはらない。若者を社会復帰させただけでは、当人は立ち直ったとはいえない。

環境問題のアプローチも同じです。社会規範として環境問題を解決する方向だけでは不十分です。環境の衰退とともに歩みを進めることや、環境悪化を通して自分の性質に気づいていくことが必要なのでしょう。これらはまったく生産的ではありません。文化的な営みです。

閉じる社会、ひらく文化

なぜ社会ではなく文化かといえば、社会は「閉じる」方面へと向かうからです。社会は偶然を避け、リスクの回避を目指します。つまり社会は人間の行動を管理する方に向かう。管理するうえで予想もしない出来事である偶然は、社会にとっては危険因子です。

ところが文化は偶然を受け入れようとする。嫌だけれども、それを受け入れざるを得ない土俵、それが文化です。都合の悪いこともたくさん起こってしまう。それをどう受け止めるかが文化の大きな役割です。結果的に文化の受け皿は社会より広い。だから社会は「閉じる」が、文化は「ひらく」のです。

ちょっと難しくなりましたが、僕にとって環境問題へのアプローチは「正しいことが、なぜできないのか」というところからしか出てきません。環境を悪化させる要素があるとすれば、聖剣を振りかざすだけではなく、それとどう歩んでいくかを練る。

テラエナジーの活動も、文化としての形態を大事にしたい。「ほっと資産」に加盟する団体は文化的な活動が多いといえるかもしれません。ドロドロした現実にいる方が、個々の歩みは実は確かになってゆく。逆に、社会規範にしばられるほど、そこでの基準は他律的になりがちです。

「正しさ」の追及とその実現は素晴らしいことではありますが、それだけではない歩みも一方で必要だとつくづく感じます。

本多 真成(ほんだ しんじょう)
1979年生まれ。大阪八尾市の恵光寺住職(浄土真宗本願寺派)。龍谷大学大学院を修了し、私立大学の客員教授をつとめる。院生時代は「環境問題と仏教」の思想史研究。専門は宗教学。TERAEnergy取締役。

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