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1年ぶりのご挨拶

東京に帰ってきたら、絶対に訪ねたい場所があった。

元上司の実家だ。

昨年夏、上司はあっちの世界に行った。

「最近、あっちはどうですか」

「私ときたら最近怠けているので、そろそろお尻を叩かれるころでしょうか」

「〇〇さんなら、こんなとき何といいますか」


今では、リビングにある彼女の書に話しかけるのが日課になっている。



7月中旬の朝、彼女のお姉さんと駅近くで待ち合わせをした。


「唐草ちゃん!ここよ、ここ!」

お姉さんの顔が思い出せずにきょろきょろしていたら、上司と同じいやそれ以上にパワフルな声に迎えられた。

方向音痴の私のため、お姉さんが近くまで来てくれたようだ。


大きな家が広々と並ぶ通りに上司の家はあった。
やっぱりお嬢様だったのだなあ。改めて思う。

お母様にご挨拶した後、仏壇に手を合わせる。
飾ってある写真がもう最高の笑顔で、こっちまでつられてにこにこ顔になる。彼女がいると、まわりがぱあっと明るくなるのだ。


その後、お姉さんと昼ご飯を食べに出かけた。
ご家族が昔から利用している思い入れのある場所だそうだ。

「嬉しいわあ。ちゃんとゆっくり会えてよかったわあ」

お姉さんの言葉に、私の心がぽっとなった。

お姉さんは、妹さんである上司の話をたくさんしてくれた。
お姉さんの表情、ちょっとした癖、言葉遣いがびっくりするぐらい上司に似ていて、上司が目の前にいるような錯覚に何度か陥った。不思議な感覚だった。

あまり長居をしてはと思っていたのだが、結果的に半日以上お姉さんと話をした。上司の子どもの頃の話、大人になってからの話、お姉さんからみた上司の話など、私の知らない上司の顔があってとても面白かった。お姉さんの海外一人旅冒険談も聞けて、ああこのご家族はもう皆さんいい意味でぶっとんでいらっしゃるのだなと思うと同時に、だからこそ私のような者をそのまま受け入れてくださったんだなあとしみじみ思った。

何か手伝えることがあればと申し出たとき、もし可能であれば荷物整理を手伝ってもらいたいと声をかけていただいた。棚の上にあるものや重いものを運ぶのが大変で、力仕事ができる人が必要らしい。夫もつれてくることにしようと、二つ返事で引き受けた。


「これからも遊びに来てちょうだい!これからは私とよろしくね」

帰り、上司の庭である高島屋にも寄った。
お店に足を踏み入れた瞬間、彼女がそこら中にいる感じがした。

これまで、何か困ったことがあると、祖母とへっちゃらのおじさんに話しかけていた。そこへ、去年から上司が加わった。事あるごとにああでもないこうでもないと頭の中でてんやわんやしがちな私に、喝を入れてくれる皆は私の大切な人たちだ。

荷物整理のときに形見の品を持って行ってほしいと言われているのだが、その前にと、上司が愛用していた18金ネックレスとブレスレットを頂いた。上司のお父様が40年ほど前にサウジアラビア出張時のお土産として購入されたものらしい。お姉さんとお揃いのアクセサリーだ。ネックレスなど、これまで3本ぐらいしか買ったことのないのでこんな高価なものをどうしたらいいかわからないと言ったら、お姉さんが笑った。毎日つけてもいいのよ、のお言葉に、じゃあそうしてみようかな、と思った。普段、『釣りキチ三平』の三平三平のような恰好をしている私だが、上司のネックレスがあれば三平をも格好よく見せてくれるかもしれない。

大切にしよう。


1年ぶりに会った上司の笑顔はやっぱり素敵だった。
そして、お姉さんとの間にできた新たなご縁に感謝した日でもあった。

ぽっかりとあいた穴は完全にはふさがっていないかもしれないけど、無理してふさぐ必要もないのかもしれない。

不思議と、彼女が近くにいる感覚が続いている。


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