今日は事務所でワンマンの前物販で売る絵本「よるのすすめかた」の最終作業の文字入れをしました。

おわりませんでした。
ウケる。
4時間書いてたのに6冊しか終わってない。
途中で同じく作業中のメンバーとご飯食べたりしたからかな。
今から帰ってまた作業します。

今回は絵本なんだけど、本当は小さな、30ページくらいの本を出したかったんだよね。
全然間に合いませんでしたが。  

ということで今日は、その出したかった本に載せる予定だった「夜」にまつわるパートを載せておきます。

久しぶりに長いよ〜



駄目な思考のスタート地点は決まって夜、それでも僕は夜が好き。

2年目の生誕のタイトルの「ねむくない夜」
眠れない夜のストレスを感じるほどの苦しさと、興奮冷めやらぬままの幸せな高揚感。実は反応している脳の部分は同じらしく、理由になにか明るいものがあるからこそそのキュッとした胸の苦しさは苦しみにはならない。
そんな思いも込めて、僕が過ごしてきた「眠れない夜」を、「眠くない夜」に変える意志を持って、そうしたら自然と、ステージにもフロアにも僕の眠気や苦しさを飛ばしてくれるような、そんな人達が鹿鳴館にいた。

何度眠れない夜が来ても、僕にはこれを言葉にしたり熱にしたり、自分の糧に出来るライヴという方法がある。
それが何よりもこの3年間で心強かった。だからかわからないけれどライヴは夜が好きだった。夜景より鮮烈で眩しい照明や、雰囲気なのか酒なのか分からないけど何かに酔っている大人達、それがひとつのステージをみんなで見つめて声を上げたりもみくちゃになったり、それをステージから眺めたり特典会で一緒に笑ったりして帰ったらもうクタクタですぐに眠る、そんな夜を作れることが心の底から嬉しかった。

だからこそ、苦しい夜はそのギャップで心臓が心做しか以前より窮屈になった。

「天つゆ」としての理想像とその瞬間の自分との差が、同一人物に出来ないほどのブレがあった。その輪郭のズレは、ずっとずっと、目に入っては逸らし続けてきた僕の解決するつもりも無い足枷。

夜を切り抜けるため越えるために僕が意図的にしてきたことは、出来るだけ涙を流すこと。
嗚咽をもらしてでも、自分がまだ人間として機能することを自分にアピールすることがとても大事で、大切な生きていく術だった。喜怒哀楽のうちの、哀を押し殺すようになったら人間はピンチである。1番心の摩耗が激しい感情は「悲しい」を表現することだから、まだそれが出来るって自分に教えて諭して、疲れて眠るのがセオリー。

天つゆとして生きるより前、それが出来ないほどに感情が欠如した時間があった。それも大きな波だけで2回。
今思い返しても、当時の記憶は夜しかない。例え世界が昼時間でもカーテンを締切った部屋で明かりをつけないまま、ずっと僕の中では夜を過ごし続けていた。ろくにご飯も食べずほぼ眠るだけ、起きてからも感情が動かない事実が苦しくて、それから逃れたいから眠りにつきたい。けど寝すぎているから眠れない。

しかし現代社会は凄いので、医学の力で小さな錠剤を飲むだけで眠れるのだ。だから本当に3ヶ月か4ヶ月、眠るだけをしてきた。そのサイクルが3ヶ月か4ヶ月続いていたので、その方法にたどり着くのにもそこから抜け出すのにもそれ以上の時間がかかっている。コストパフォーマンスが悪いなんてものじゃない、最低で最悪な時間の消費、無駄遣い。

それでも僕はそんな夜があったから今もこうして生きていける。あの時間にいた僕と、夜を越える為に藻掻く僕はきっと何も変わっていない。変わったのは次の日に僕を待つ誰かがいること、絶対に朝が来て日常を動かさなきゃいけない必然。それが天つゆとしての人格を選んだ僕の、救いであって呪いだ。

誰かの眠れない夜を越える救いにはなれなくても、越えなきゃ行けない呪いは唱えられる。ここにいるから、会いに来てねって約束。それが苦しい夜を過ごす人に、そんな時間を越えてきた僕が渡せる処方箋かもしれない。


今まで書いたことある文章を添削したりしている文章なので、もしかしたら過去の記事とダブる部分があるかも。