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ぽたぽた焼を読まずに捨てたのは

ぽたぽた焼のおばあちゃんが違う人に変わっていた。

(結構前に変わってたみたい)


新ぽたが変とか嫌いとかそういうことではないんだけど、旧ぽたこそがぽたぽた焼のおばあちゃんと思っていたため、新ぽたが突然現れて「はい、新しいおばあちゃんだよー」なんて言われても素直に「よろしく!おばあちゃん!」なんて受け入れるほど僕の心のドアは開きっぱなしではない。

旧ぽたが「昔は知恵袋なんて呼ばれとったが、今どきの新しいことは難しゅうてなぁ…」と時代の流れの中で自分の知恵の意義を考えているのに対して、新ぽたは「またおばあちゃんとスイーツバイキング行こうね🍰🍴」などとラインを使いこなして孫にメッセージを送ってきそうな雰囲気がある。

時代が変わっておばあちゃん像もアップデートしていくのだろうけど、僕にとってのおばあちゃん像は旧ぽたに近いイメージなので、知恵を授かるのも旧ぽたから聞きたいという気持ちは拭えない。

知恵袋のネタ投稿フォームとかないのかな。
新ぽた「右利き用のギターをひっくり返して左利きの人が弾くとGのコードの1弦が親指で押さえられるから押さえやすいわいな」
なんて言っていてもおかしくないかも。時代と共におばあちゃん像はアップデートされているのだから。


昔近所にニュートンって駄菓子屋があって、小学生の時は毎日のように通っていた。

ニュートンはクソ狭くて、給食で机をくっつけ合う班3つぶんぐらいのスペースしかないのに、ゲームの筐体が2台あって、常に誰かがメタルスラッグをしてた。ニュートンでうまいプレイができたら翌日の学校でヒーロー扱いされるから、学校内でのヒエラルキーはだいたいニュートンで決まってたって言ってもいい。

ニュートンは1人の老婆が営んでいた。老婆なのにみんな「ニュートンのおばちゃん」と呼んでいた。これはおそらくニュートンのおばちゃんが本当におばちゃんだった頃の先輩たちから代々呼び方が引き継がれたものなのだろう。
ニュートンのおばちゃんは結構怖い。
閉店時間になると容赦なく筐体の電源を引っこ抜くし、お釣りも無言で投げるように返してくる。そして見た目が細系の魔女で怖い。そうでなければ、やんちゃガキが多いこの町で駄菓子屋として生き抜くことは困難だろう。おばちゃんのパワフルさと冷酷さあってこそのニュートンだった。

薄暗いほら穴のような灰色の壁、細系の魔女、筐体から聞こえるメタスラの兵士たちの断末魔、店内の湿度を満たすブタメンの湯気と香り。
なんというか、ニュートンは駄菓子屋にあるはずのないアングラ感に満ちていて、「脱法よっちゃんイカ」や「◯麻カメレオンキャンデー」を売っていてもおかしくない危うさがあった。


ある日ニュートンのゲームの値段が1ゲーム50円から20円に引き下げられる大事件が起きた。差額30円もあればスルメンジャーとひえひえっこガムが買えるし、ガブリチュウも買える。なんといってもビッグカツが買える。
この革命にニュートンの民たちは歓喜するかと思われたが、むしろ教室は荒れ果てた。
「今までの回数分の30円を返せ!」「今日ニュートンに言いに行こうぜ!」
僕はべつにゲームをしていなかったのでどうでもよかったが、みんなが行くというので一緒にニュートンへ向かった。

DJカズマ(のちの卓球部)が言う
「おばちゃん!今までの30円返してくれよお!」
そうだそうだと知らないアホガキたちも便乗する。

おばちゃんは一言ぼそりと言った
「時計の針は戻らんよ」

意表を突く、直接的ではない謎の一言に鎮まりかえるガキ共。
いつものように冷徹さを帯びたその一言は、細系の魔女が放つ呪文のようだった。僕は未だにこのシーンを鮮明に記憶している。


ニュートンのおばちゃんの知恵袋
「時計の針」
時計の針は戻らんよ


ニュートンはしばらく20円で営業したのち、優しそうなおばちゃん(本当におばちゃん)に引き継がれ、ゲームは撤去された。健全な駄菓子屋へと変わっていった。僕らはこの新しいおばちゃんを「ニュートンのおばちゃん」と呼んだのだろうか。それは覚えていないけど。数年後にニュートンは無くなって、さらに数年後にはニュートンがあった雑居ビルごと無くなって、今では綺麗なお家が建っている。ブタメンの匂いなどしない、ちゃんとサッポロ一番かチキンラーメンがたまに香るぐらいの立派な家族が暮らしているのだろう。

こないだぽたぽた焼をもらったが、知恵袋の欄を読まずに捨ててしまった。これは新ぽたになったことでの興味の喪失なのか、それとももう僕がおばあちゃんからの知恵など必要としなくなったからだろうか。
もし、ぽたぽた焼の亀田製菓が今後「あの頃のおばあちゃんが帰ってくる!期間限定復刻パッケージ!」などと謳い、旧ぽたを復活させたとして、僕は喜んで旧ぽたに会いに行くだろうか。きっと読まずに捨ててしまうのかもしれない。

駄菓子屋は綺麗なお家になるし、僕はおばあちゃんの知恵を必要としなくなるし、ビッグカツは40円になる。ぽたぽた焼を読まずに捨てたのは、時計の針は戻らないからだ。

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