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あの頃の邪道&外道’88&’93②

それから数年がたち大学を卒業したボクは、プロレスラーになるためにメキシコに渡った。ルチャの練習を始めてから4か月が過ぎた93年1月の終わり、観戦に訪れたエル・トレオの会場前にある露店をのぞいていると、うしろから日本語で呼びかけられた。

「小林くん、何やってるの?」

振り返るとそこにいたのは、邪道さんと外道さんだった。
ボクと同じジムで練習をしていたディック東郷さんから、彼らがユニバーサルプロレス(以下ユニバ)を退団し、メキシコに来るらしいという話は聞いていたが、具体的なことは知らなかったので、突然の再会にびっくりしたが、それと同時にメキシコで知っている人に会えた安堵感もあった。

「大塚さん怒ってたよ。小林はメキシコまで何しに行ったんだ!って。」

テリーボーイを名乗り、すでにユニバでデビューしていたボクの学生プロレスの先輩大塚さんは、当然学生時代から二人とも面識がある。
これが二度目のメキシコ遠征となる二人はEMLLに参戦するため、UWAの選手が集まるジムで練習するボクとは、接触することはそれほど多くはなかった。
しかし東郷選手が邪道さん、外道さんと行動するときに、ボクも一緒になるということがしばしばあった。

そして時間の経過とともに、再会したトレオでは「小林くん」だった呼び方は「おう、小林」に変わっていった。
ぼくにとっては先輩にあたる東郷さんが、邪道さん外道さんの後輩である関係性から、むしろこの方がつきあいやすくなったのは事実だ。

しかし二人のふるまいは、日々エスカレートしていく。ぼくの住むペンション・アミーゴのドミトリー部屋に遊びに来るのはいいのだが、知らないうちにいろいろやらかしてくれていた。

「これ…小林くんの友達(の仕業)だよね…。」

ボクと同室で長期滞在者の山岸さんが、笑いながら差し出すノートにはこう書かれていた。

「○○○○○○○○、文句があったらかかってこい!おれは小林だ!!」
(○内は放送禁止用語)

邪道さん、外道さんは、他人のノートに勝手にボクの名前を使って落書きをし、それがあとから発覚するのだ。
また別の日には、出来上がったばかりの写真を見ていた山岸さんが、吹き出したかと思ったら、それを手渡してきた。

「小林くん、これ…。」

写真に映っていたのは、東郷さんのおしりのアップだった。
部屋に置いてあった他人のカメラを使ってこんなことをされると、その場に残されたぼくはただ謝ることしかできない。現在と違い、フィルムカメラだからなおさらだ。
たちの悪いことに、その場にいない彼らはこのイタズラで相手の反応を見て楽しむわけではなく、やりたい放題やるだけなのだ。

このようにいつもはムチャクチャな二人だが、ごくまれに厳しいことを言ってくることもあった。

「お前、メキシコでやっても意味ないから、日本に帰れ」

ファミレスで、邪道さんはがぶっきらぼうに言いたい放題言って席を外すと、外道さんはすかさずフォローを入れる。

「さっき兄弟(邪道)はああいったけど、本当にそうなんだよ。日本やアメリカのスタイルはメキシコスタイルに合わせられるけど、メキシコスタイルは日本やアメリカに合わせられない。お前も試合見ていれば、なんとなくわかるだろ?」

言っていることは正論で、将来的に日本でやるのならば、メキシコでルチャを学んでも意味がないという意見はもっともだ。
人によって表現は異なるが、その違いは野球とソフトボール、いやテニスとバトミントンぐらいあるかもしれない。

「お前大学でてるんだから、日本に帰っても牛丼屋ぐらいでなら雇ってもらえるだろう?そうしろよ、食いに行ってやるから。」

「お前、おれたちについてマネージャー役をやれよ。邪道、外道だからお前の名前はシンドウだ。神のわらべだぞ、いいだろ?」

口は悪いが、実は二人はぼくのことを案じてくれているのだ。
現に「日本に帰れ」とは言われても、「そんな小さな身体ではレスラーになれない」とは一度も言われたことはない。
「お前一人でメキシコでやってるってすごいな、ハングリーだな。ハン・グリオだ」と変なほめ方をしてくれたこともあった。 

しかし親の心子知らずとは言ったもので、覚悟を決めてルチャドールになるべくメキシコに来た以上、失礼ながらこれらの意見は耳障りでしかなかった。二人にとっては、かわいくない後輩だったに違いない。
東郷さんが帰国すると、ぼくから邪道さん外道さんに直接連絡することも少なくなり、しだいに二人に会う機会は減っていった。

そんなある日、めずらしく二人から電話がかかってきた。

「小林か?おれたちホテル変わったからさ、連絡先教えておくよ。」

引越しの連絡をくれた邪道さんは、声のトーンがいつもより高く、興奮しているようだった。
なにより二人が滞在していたホテル・サンディエゴは、アレナ・メヒコまで徒歩で行ける便利なロケーションにあるし、滞在費はEMLLが支払っている。引っ越す理由は見当たらない。気になって聞いてみた。

「どうしたんですか?ホテルを変えるなんて?」

「あのホテルやばいよ。おれたち殺されるところだったんだよ。ピストル持った奴が部屋に入ってきてさ、おれの頭に銃を突きつけて、「死にたいか?」って言うんだよ。冗談じゃないよ。」

つづく

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