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レオとノーラ 8

     5

「イヤだ! おれはまだ死ぬのはイヤだ〜っ!!」
 中央線を大きくはみ出してしまい、反対車線のトラックから盛大にクラクションを鳴らされ、すんでの所で衝突を避けて左車線に戻る。
「おちついて! まあちゃん、おちついて! こんなことじゃあ死なないから!!」
 シュンが大声でさけぶ。
「死にかけたじゃん! トラックぶつかりそうだったじゃん!!」
「まず、アクセル踏んじゃってるから、右足の力抜いてみようか。踏むんじゃなくて浮かせるんだよ! そう、ゆっくり、ゆっくり。アクセル離すと、エンジンブレーキがきいて速度が落ちるから」
 少し間をおいて、シュンの言葉通り、スピードが落ちた感じがする。
「前を気にしながら、軽く足下を確認して。真ん中の大きいペダルがブレーキで、右の小さいのがアクセル。ブレーキ踏んだら止まるのは分かるよね」
 まさるは脂汗でテラテラ光る顔をコクリと頷かせる。
「じゃあ、軽くブレーキ踏んでみようか」
 キキッとタイヤが悲鳴を上げて、急ブレーキがかかり、衝撃でシュンはダッシュボードに頭をぶつけてしまう。
「痛いっ! 軽くって言ったじゃん!!」
「ウッセーな、かげん分かんねえよ!」
「もうっ! じゃあ、ゆ〜っくりアクセル踏んでみて。ゆ〜っくりだよ」
「ここで止まってちゃダメなのか?」
「ダメだよ! 危ないし、事故になっちゃう。安全なところまで、なんとか移動しないと。ゆ〜っくりアクセル踏んで、時速40キロくらいをキープして」
 ドルッ、ドルルッと、排気音は安定しないが、なんとか赤い車は走行を続ける。
「良い感じ、おちついて。あ、止められる場所見えてきた! ほら、見て、ちょっと先の左側」
 崖沿いを抜けるクネクネルートの手前に、海水客用の白い駐車場が見えてくる。今はシーズンオフなので、ほとんど車も停まっていない。
「ゆっくり、よく見てね。ウインカー……ハンドルの奥の細い棒を左に……って、それはワイパー! うん、ウインカー出して、徐行……めっちゃゆっくりで良いから、入り口めざしてゆ〜っくりハンドル切って……」
 ガクンと、後輪を縁石に乗り上げてしまうが、他はどこもぶつけることなく、のろのろと駐車場に進入。白線内の駐車スペースに入れるよゆうはもちろんなく、ほぼ中央あたりで停止してしまう。
「死ぬ……死ぬかと思った……」
「まあちゃん、まだ安心できないよ。シフトレバーをニュートラル……Nのところに入れて、エンジンを切らないと」
「エンジン、どうやって切るんだ?」
「えっと、その右下の丸いボタンじゃないかな?」
「あいまいだなあ。ロケット砲とか出ないだろうな」
「出たら出たでいいじゃん」
「投げやりか。押すぞ」
 ロケット砲もレーザービームも放出することはなく、トルルル……と静かにエンジンが停止する。
「はああ〜〜っ」
 深いため息をついて、まさるはハンドルに突っ伏してしまう。
「なんだよ……どんなドラバーよりも安心なんじゃなかったのかよ」
「危ないとこだったね……」
 シュンも今ごろ寒気を覚えて、腕にポツポツ鳥肌が立ってしまう。
「それにしても、なんでおまえ、9才なのにあんなに運転にくわしいんだ?」
「母さんの教本もらって、ボロボロになるまで読んでイメージトレーニングしてたから」
「どんだけ車好きなんだよ。まあおかげで命拾いしたけどな」まさるは恨めしげに横目でシュンをながめる。
「なんか飲み物買ってこよっか?」
「たのむ。コーラで」
「けんこーに悪いよ。お茶にしなよ」
「お茶や水を金払って買う意味が分からん。糖分たっぷり入った不健康きわまりないコーラで」
 駐車場のはしに作られている、屋根付きの自販機コーナーまでシュンは走ってゆく。正直130円は痛かったけれど、めいわくかけたしなあと自分を説得して、ビニール製の自分のサイフから小銭を取り出してコーラを買う。

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