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『Sing a Simple Song』 11

    7

「そや、あの鳥の詩の話やけどな……」
 出してもらったサイダーとクッキーをいただきながら、おばさんの話しを聞いている。甘い飲み物に甘いお菓子ってどうなんだろうとちょっと思うけれど、おばさんが家事が苦手なことは分かっているので、黙って口にはこぶ。
 ひとしきり泣いて、二人ともどこかすっきりした顔をしている。気の強い清江おばは、式の時も泣かずに蒼白な顔をしてじっと佇んでいた。
 ジャムがはさまれたクッキーをひと齧りして、おいしいなと拓真は思う。胸のつかえがとれて、久しぶりに食べ物を味わう余裕ができた。花々に囲まれたちいちゃんの写真は、変わらず微笑みを浮かべて二人を見つめている。
「空想だけの話やのうて、実体験がもとになってるんやで」
「実体験?」
「うん。なあ、何年か前、うちらが奄美大島に旅行に行ってきたん、覚えてへんか?」と、清江おばは木製のラックからアルバムを取り出して開いて見せる。懐かしい海の“奄美ブルー”が目に飛び込んでくる。
「覚えてる。黒砂糖のピーナッツのお土産もらった」
「あの時は、あっちの親戚の人らにようしてもうてなあ、美味しいもんぎょうさん食べて、綺麗なとこいろいろ見に行って、ほんま千津も喜んどって、無理して連れて行って良かったなあ思ててんけど、最後の日にな、不思議な言い伝えがあるって言うガジュマルの樹に連れて行ってもろてん。ほら、ここ……」と、アルバムを数ページめくって写真を指し示す。その深い緑色をしたガジュマルの大樹は、写真ごしにも活きいきとした生命の息吹が感じられた。
「だいぶ山道歩かなあかんから無理や言うてんけど、千津がどうしても行きたい言うてごねよってな、宿のお兄さんが親切にも千津をおんぶして、連れて行ってくれはった。なんでも、そのガジュマルに会いに行って、気に入られたらな……」おばさんは一度言葉を切ってもったいつける。
「“鳥”があらわれるらしいねん」
「とり?」
「うん、鳥。地元では “カナコドリ” って呼ばれてて、もしその鳥に会えたら、なんでも願い事が叶うらしい」
「会えたの? その鳥に??」
「うちは会われへんかった。でもな、千津は会えたらしいねん。きれい、きれい! 言うてえらい興奮しとったなあ。黄色くてキラキラしてて尻尾が長くて、ゆっくり広場を飛び回ってから、悠々と消えて行きよったって」
「すごい……」
「それ以来やねん、鳥になりたいとか、あの鳥と一緒に空を飛びたいとか言い始めたんは。それまでも、自然の中とか小鳥とか動物とか、好きな子やったけど、さらに夢中になって見つめるようになってな。ほんまにお話ししてるみたいに、じーっと長い時間、飽きずに見つめとったなあ。あっ……」
 何かに気づいたように、おばさんはハッと視線を上げる。
「そやわ……なんで今まで忘れとってんろ……」そう言って、自分の頭をコツンと拳で軽くたたく。
「ちょうど今朝のこと、うちな、千津の夢を見たんよ。すごくはっきりした千津の夢を」
「ちいちゃんの夢?」
「うん。ちょうどそのガジュマルの樹の下で、千津と会うてたんやわ。不思議なことに、見たことない赤いワンピースを着て、奄美の人みたいに日焼けした健康的な顔をしとったけど、確かにあれは千津やった。そうや、千津はな、こう言うてたんよ……」一度言葉を切って、おばさんはしげしげと拓真を見つめる。
「お母さん、たくちゃんのお兄ちゃんを、このガジュマルの樹まで連れてきて欲しい……って」
 もう一度、アルバムの中の写真を見つめる。天蓋のように頭上を覆う枝の隙間から、放射状に差し込む陽光が、ふわりと揺れて、きらめいた気がした。
「言うても奄美大島やからなあ、おいそれと行ける場所ではないけど、でも、このこと、心のどっかに置いといてくれへんか? きっと、何か意味がある気がするねん」

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