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マンマのテーブルクロス

愛するマンマ・ロージィについて、さて何から話そうと思った時、
真っ先に心に浮かんだのは、ヴェネツィアの家のあの戸棚でした。

リネンはマンマの宝物

2013年、ヴェネツィアの家でマンマと過ごした数週間、互いにそれが最後になるかもしれないという何か予感のようなものがあったのでしょうか。
いつもは私たち夫婦はサロンのソファベッドを使うことにしていました。
けれど、その時に限ってマンマがふだん自分が使っている広い主寝室を使うようにと頑固にすすめるので、しかたなく従うことにしたのでした。
主寝室のクローゼットを自由に使わせてもらったおかげで、その戸棚に
びっしりと積みあげられたリネン類をしげしげと眺めることができました。
長年愛用されて使い込まれたテーブルクロスやナプキン、得意のレース編みで縁飾りを施したかわいらしいタオル、ピンとアイロンをかけられたシーツや枕カバー。それはまるでマンマの人生を象徴する地層のように思えて、
しばらく見入ってしまうのでした。その時、内緒で写真に収めたのも、
何か必然のように感じたからかもしれません。
イタリアのマンマたちは家の中を整えることに熱心ですが、特に洗濯と
アイロンにかけるこだわりと情熱は尋常ではなく、リネン類の管理には
主婦としてのプライドがかかっているのです。
もちろん我がマンマ・ロージィも例外ではありませんでした。


〈ヴェネツィアの台所の窓から〉
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#使い慣れた道具は大切な友だち

マンマは二言目には、もし自分がいなくなったら、この家のものは何ひとつ要らないから処分してもいいと言っていたものの、使い慣れたお気に入りの道具をアミコ=amico、つまり「友だち」と呼び大切にしていました。
それは使い込んだカフェ用ポット、すり減った木ベラ、手になじんだ鍋、
古びて欠けていてもつい使ってしまうお気に入りのカップ。
20年来この家に通っている私たちにとっても、それらはすっかりなじんだ
愛着のあるものばかり。私が少しでもこれいいねと口にすれば、すかさず
反応し、皿でもテーブルクロスでも何でもあげるから日本へ持って帰り
なさいというのが常でした。
後年、ほんとうにマンマのいなくなった家を訪ねて最後の片付けをした時、長男アドリアーノの許しを得て、マンマのテーブルクロスやナプキン、
縁飾りのレースのタオル、圧力鍋やお皿などをいくつか選び、いわゆる形見のように譲り受けてきました。

〈我が家にやってきたマンマのamiciたち〉
〈ていねいな手仕事、かぎ針編みの鍋つかみ〉
〈えんどう豆の季節、テーブルに広げて皮むき〉
〈アヒルの縫いとりがかわいいクロスとアスパラガス〉

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蘇るマンマとの食卓

マンマのリネンやタオルは、懐かしいヴェネツィアの家の匂いがします。
それは洗いたての洗濯物の匂い、そしてあの部屋に漂うふんわりとした
マンマの匂い。

持ち帰ったテーブルクロス=tovaglia を東京の自宅のテーブルに広げてみると、数えきれないほどのマンマとの食卓、懐かしい思い出が蘇ります。
食事会をする時など、どのテーブルクロスにしようかとあれこれ広げては、一緒に選んだものでした。
何十年も使い込まれたテーブルクロスは、ところどころほころび、プリントも色褪せています。かわいい花柄やニワトリなどの素朴な絵柄は、今では
もう見つけるのが難しい、古き良き時代のテイスト。
たった1枚の布で日々の食卓は明るく彩られます。食事の時は必ずテーブルクロスをかけ、それは食事を始めるよという合図のようでした。
そして食事の後はさっぱりきれいに食卓を片づけ、クロスやナプキンもまた抽出しにしまいます。

ちょうどいい大きさで手になじむ圧力鍋もマンマのamiciのひとつです。
ヴェネトの代表的な家庭料理、パスタ・エ・ファジオイ(パスタといんげん豆  )Pasta e fagioi も、牛肉の煮込みもこれで作っていました。
今では私の大切な「友だち」となり、せっせと豆を煮ています。
この鍋を使っていると、まるでマンマと一緒に台所に立っているような
気がしてきます。そして、なんでも実に具合良く仕上げてくれるのです。

〈これぞヴェネトのマンマの味、パスタ・エ・ファジオイ
インサラータルッサのある食卓、ニワトリの模様のクロス〉
〈東京の家で私が作ったインサラータルッサ、さくらんぼ刺繍のクロス〉

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マンマの味が恋しくなって、インサラータルッサ(ロシア風サラダ)Insalata russa 、つまりポテトサラダ(イタリア人もほぼもれなくポテサラが大好き。どちらかというとちょっと手間のかかるごちそうの類です)とシンプルなトマトソースのスパゲティを作ることにしました。
どちらもごくありふれた家庭料理であり、だからこそ一番ほっとできる
マンマの味です。
不思議な縁を辿って我が家へやってきた道具や料理たち。
マンマのお皿に盛りつけ、お気に入りのテーブルクロスを広げて懐かしいヴェネツィアの食卓を再現してみると、マンマが丁寧に作り出してきた
あたたかな生活の手触りが伝わってくるのです。

〈リゾットは、いつの間にかイサオ君の仕事になっていました〉
〈懐かしい台所で。我がマンマ・ロージィ〉
〈テーブルクロスで食卓は明るく華やぐ〉

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デザイナー、美術家、料理家。イタリアはヴェネツィアに通い、東京においても小さなエネルギーで豊かに暮らす都市型スローライフ「ヴェネツィア的生活」を実践しています。ヴェネツィアのマンマから学んだ家庭料理と暮らしの極意を伝えます。