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世界一小さい花をつける植物・ウキクサの不思議

田んぼや池に浮いている小さなウキクサ、そんな小さな植物にも本気で研究している人がいるのです。ただの草のように見えますが、実は花を咲かせる世界最小の種子植物であり、生き残りをかけて環境の変化に適応してきたかしこさを持っています。緑のかわいらしい姿に魅了された研究者、磯田 珠奈子さんにウキクサの不思議なお話を伺いました。

ウキクサをこよなく愛する植物研究者 磯田 珠奈子さん

お話を伺ったひと
磯田 珠奈子 いそだ みなこさん 
京都大学理学研究科 生物科学専攻 植物学教室 形態統御学分科 時間生物学グループ
日本学術振興会特別研究員 ウキクサインスタ更新中

偶然✕偶然の出会い

――ウキクサへの愛があふれるInstagramを拝見して、これは!と思いお声がけしました。よろしくお願いします!
磯田さんは、ウキクサの研究をやるぞ!と決めて京都大学に入ったのですか?

磯田さん(以下磯田):いいえ、京都大学の理学部は学科別での入試・入学ではなく、1〜2年生のうちは広く学びましょうという方針です。2年生のときにたまたま選択した "biological rhythms"  (生体リズム) という授業が後のウキクサ研究のきっかけです。

――どんな授業だったのですか?

磯田:英語で行われる授業だったのですが、行ってみたら教室に講師の先生、それに私と留学生だけ、というメンバーで……。初めはどうしよう!と思いましたが、少人数なので分かるまで教えてもらえるていねいな授業でした。
私たちが夜になると眠くなること、植物が決まった時期に花をつけること、そしてそれが体の中にある「体内時計」によるものだと知って、ドキドキするくらい面白かったんです。もっと学びたいなと思って先生に相談したら、先生の上司である岡村 均 おかむら ひとし 教授のラボでアルバイトの機会をいただいたんです。

――声を上げたらチャンスに巡り合える、素敵な環境ですね。どのようなアルバイトをしていたのですか?

磯田:その研究室は薬学部で、マウスを使って体内時計の仕組みを研究する「時間生物学」の研究室でした。私たちの体内時計がいつ・どこで・どんな遺伝子によって制御されているかがわかると、時差ぼけや睡眠障害を治したり、病気の予防ができるようになるかもしれません。時間生物学の基礎を学びつつ、先輩方に分子実験の基礎を教えていただきながら、大変たのしく実験に取り組んでいたのですが……。

――が……?! 

ある日、突然マウスアレルギーを発症したのです。もうマウスを使った実験はできなくなってしまいました。けれども体内時計の研究は続けたい――そこで、マウスを使わずに生体リズムの研究ができる研究室を探すことに。運良く、自分が所属している理学部で植物を使っている今の研究室を見つけ、ウキクサと出会ったんです。

――え?! ではマウスアレルギーでなかったらウキクサとは出会っていなかったんですね。

磯田:そうなんです。小山時隆先生に「うちのラボで扱っているのはウキクサだけど、研究やってみる?」って言われたときには特に印象を持たなかったのですが、実験を始めてみると、円いフォルムの小さな葉っぱ (*) が増えていく姿がかわいくてかわいくて、すぐにとりこになりました。
*正確には葉ではなく、フロンド(葉状体)といいます

ほんとうに小さな植物

ウキクサは単子葉類サトイモ科ウキクサ亜科の淡水域に生息する植物です。5属36種が世界中に生息しているので、世界中で研究されています。国際ウキクサ学会もあるんですよ。
国際学会のレセプションパーティーでまず聞かれる質問は「君はどのウキクサを研究しているの?」です。同じテーブルで5属の研究者がそろうと、「コンプリートできた!」っていう妙な高揚感に包まれます(笑) 。

ウキクサ亜科の5属たち 上の2属と下の3属では見た目も生態も大きく違う
磯田さんの推しはWolffiella
ウキクサのかわいらしさを布教するため、オリジナルグッズ製作に乗り出した磯田さん。
海外の友人からも評判は上々。

かしこいぞ、ウキクサ!

――磯田さんが学部生の頃からポスドクの現在まで、約6年にわたって研究しているウキクサですから、かわいいだけじゃないはずです。ぜひ研究対象としての魅力を教えてください。

磯田:ウキクサは基本的には分裂で増えます (*) 。もとのウキクサと新しいウキクサはクローンなので、環境変化があると一緒にダメージを受ける可能性があります。そこで、環境の変化を感じ取ると花を咲かせ、安定な種の状態で厳しい時期を乗り越えます。たとえば田んぼに生息するアオウキクサは、水を抜かれる前に種を作って越冬し、来年の春にまた水が張られると発芽するんですよ。
*フロンド (葉状体) にあるメリステム領域から、新しいフロンドが発生する

花はおしべとめしべのみ 花弁やがくはない

――すごく賢いですね!でも、どうして花を咲かせ、種を作るタイミングがわかるのですか?

磯田:それが体内時計です。ウキクサは日が短くなるのを感じ取り、田んぼから水が抜かれる季節を認識し、その前に花を咲かせようとしているようです。

――動物だけでなく、ウキクサにも体内時計があるのですね。どんなウキクサも季節を感じるのでしょうか。

磯田:詳しく実験してみると、赤道近くの熱帯に生息するウキクサと高緯度に生息するウキクサでは、体内時計の性質が違うことが分かりました。気温30℃で常に明るい条件下で育てると、熱帯域に生息するウキクサでは明瞭なリズムが見られませんでしたが、反対に高緯度に生息するウキクサではあまりリズムが乱れず規則的に時計遺伝子が発現しました。

――熱帯に生息するウキクサの方が高温でリズムを失うのは意外ですね!

磯田:熱帯では季節の変化があまりないので、自分の中でしっかりとした時計を持っていなくても明暗といった周りの環境に応答するだけで元気に育っていけるからだと推測されます。反対に緯度が高くなるほど四季が生まれ、季節による環境変動も大きくなります。生き延びるためには体内時計を使って環境変化に対して最適な応答をすることが必要だったのでしょう。

――なるほど。暖かい国では1年中Tシャツで過ごせるけれど、日本だと天気予報を見ながらTシャツ〜ダウンコートと服装の調節が必要なのに似ていますね。

磯田:高緯度で生き延びるためには、生育に必要な糖の生成(=光合成)だけでなく、消費(=呼吸)を調節する能力も必要です。冬は昼間が短いので、光合成ができる時間も短くなります。
ただでさえ光合成で得られる糖が少ないのに、夏と同じペースで糖を消費(=呼吸)していたら、夜の長い冬では糖不足になってしまいますから。こういった生育条件から、しっかりとした体内時計を持った種が生き残ってきたのかな、と推測しています。

田んぼでワクワク!ウキクサ探し

ウキクサ、花で会話する

――さらに、ウキクサの開花には秘密があるそうですね。

磯田:どうやら、ウキクサどうしが花を咲かせるタイミングを「会話」しているようなのです。ウキクサはめしべが先にできて、後からおしべが出てきます。つまり、受粉には他個体の花粉=他の個体の開花が必要だと思われます。
そこで実験を進めてみると、花を咲かせたウキクサが水中になんらかの物質を出して、他の個体に「花を咲かせて」って信号を送っているようなのです。近年注目を集めている「植物間コミュニケーション」です。

――「動かない」「話さない」と言われている植物でも、目に見えないやりとりをしているのですね!どんな実験でコミュニケーションの手がかりを得たのですか?

磯田:まず、花が咲いているウキクサを、咲いていないウキクサの培地に入れて一緒に育てました。すると通常では咲かない条件であるにもかかわらず、花が咲いていなかったウキクサにも花が咲いたのです。
次に、花が咲いたウキクサが入っていた培地の水だけを、花が咲いていないウキクサの培地に入れてみました。するとやっぱり花が咲いたのです。きっと花が咲くときに水中に何らかの物質を放出して、他のウキクサにも「咲いて! 」と伝えているのでは、と推測しました。

花が咲いている個体と咲いていない個体を、仕切り網で分けて同じシャーレで育てると……
花が咲きました!
もしかして、花を咲かせた個体から、何かメッセージが出ているのかも……?
その仮説を検証するため、花が咲いている個体が入っていた培地を
咲いていない個体の培地に移してみました。
すると、予想通り花を咲かせました!

培地の水に熱 (80℃のウォーターバスで10分処理) を加えても花を咲かせる作用は消えなかったので、高分子のタンパク質ではなく低分子だろうな、という感触を得ました (*) 。この物質の正体を突き止めるべく、日々コツコツがんばっています!
*タンパク質は熱で変性・失活し(性質が変わって働かなくなり)ます。

ウキクサとこれから

――世界で研究されているウキクサ、何か熱いトピックはありますか?

磯田:ウキクサは水質浄化のできるバイオマス資源として研究が進められています。ウキクサを育てれば、水質改善だけでなく収穫してバイオエタノール源にもできると期待されています。それだけでなく、次世代のスーパーフードとしても注目されているんです。もともと、タイなどでは、ウキクサは鶏肉や香草と一緒に炒めて食べられているそうです。高タンパク質・低脂質で栄養価に富むので、イスラエルの企業が粉末にして製品化しました。日本の販売権を味の素が取得したことからも、注目度がうかがえます。

――ウキクサ、食べてみました?

磯田:生で食べるとちょっと青臭いんですけど、クッキーは結構おいしかったですよ!国際ウキクサ学会に参加してた8割もの方がウキクサを食べたことがあると手を挙げていました。この前の学会ではウキクサ茶がふるまわれていました。みなさんウキクサ愛にあふれています。

――これからの研究生活の展望をお聞かせください。

磯田:ウキクサと植物の体内時計の不思議を追い求めてきた研究生活です。まずはウキクサが花を咲かせるシグナルに使っている物質を突き止めたいですね。
そしてもっと広い範囲の水中生物について研究したいと考えています。次はフィールドを海に移して、海草 (アマモやウミヒルモなど海で育つ種子植物) の生態を探索する予定です。海にも花を咲かせる草がいるんですよ。

体内時計やウキクサとの出会いは偶然ばかりで、本当に人との出会いに恵まれていたなと実感しています。何がきっかけになるかは分かりませんから、広い視野と心を持った研究者でありたいと思います。


磯田さんおすすめの本

「科学者とあたま」寺田寅彦

たまたま青空文庫(無料で読める電子書籍)で見つけました。「科学者はあたまがよくなくてはいけない」そして「科学者はあたまが悪くなくてはいけない」という正反対のテーゼで始まります。短い文章の中に余すことなく研究に対する心構えが書かれていて、読むたびに力をもらっています。私はあたまがよい人間ではありません。でもそんな私だからこそできる研究があるのではないかと思って、今日も地道に研究しています。

頭のいい人には恋ができない。恋は盲目である。科学者になるには自然を恋人としなければならない。自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである。

「科学者とあたま」寺田寅彦

編集後記

大好きなウキクサに囲まれて、不思議やヒミツを追求している磯田さん。ウキクサを語るインタビューの画面越しからも愛があふれていました。オリジナルグッズを製作して「推し活」する熱意に打たれました。もちろん、私もウキクサのファンにもなりました!あなたもぜひInstagramをのぞいてみてください。かわいいですよ!

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