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君は『砂の器』で泣けるか

私の下宿には松本清張の『砂の器』が置いてある。新潮社の上下巻で、私の記憶違いでなければ母が学生の頃に買ったものだ。SF映画「E.T.」が公開されたのと同じ年に刷られたこの本は、今ではすっかりボロボロになり、ちょっと引っ張ると「ピッ……」と嫌な音を立てるようになってしまった。

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日焼けしてライ麦パンみたいな香ばしい色になっている。おいしそう!

家庭でこの本が話題に挙がると、元の持ち主である母は必ず「『砂の器』は悲しい話だよ」と呟く。しかし私はこれに、まっっっったく共感できない。

『砂の器』のあらすじ(えげつないネタバレあり)

『砂の器』は、国鉄蒲田操車場内で男の殺害死体が発見されるところからはじまる。被害者は事件当夜、蒲田駅近くのトリスバーで連れの客と東北弁訛りで話しているのを目撃されていた。しきりに「カメダ」という言葉が話題に出ていたことから、刑事は「カメダ」という人名や地名を探して捜査を続けていくことになる。

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現在、Amazon Prime Videoで1974年公開の映画版(脚本・橋本忍、山田洋次)を視聴可能。

捜査が行き詰った頃、岡山県から来た養子の申し出により、被害者が「三木謙一」であることが判明。さらに、「中国地方で駐在をしていた養父が東北弁を話す筈がない」との証言も得る。刑事は困惑するが、島根県出雲地方が東北訛りに似た方言を話すことを発見し、さらに島根に「亀嵩」という駅があることを知る。刑事は亀嵩近辺で三木謙一の過去を探るが、被害者が他人から恨まれるはずのない好人物という評判を得るだけであった。

続いて口封じと思われる第二、第三の殺人が発生するが、地道な捜査の結果ついに刑事は犯人を特定。それは、今をときめく若手文化人集団「ヌーボー・グループ」のメンバーであり、アメリカでの立身出世を夢想する音楽家・和賀英良(本名・元浦秀夫)だった。

英良こと秀夫は幼い頃、ハンセン病患者である父・本浦千代吉とお遍路姿で放浪を続けていた。彼が7歳になったころ、親子は亀嵩に到達。当時そこで駐在をしていた三木謙一に保護され、父は療養所へ、自分は三木の手元に置かれることになる。しかし、秀夫はすぐに亀嵩を失踪。誰かの元で奉公をして育った後、大阪空襲による混乱に乗じて戸籍を詐称。和賀英良として生きていく。

一連の殺人は、三木謙一の登場により「ハンセン病患者の息子」という暗い過去が暴かれるのを恐れた秀夫が起こした「同情すべき」ものだった。なぜ

私は『砂の器』で泣けないのか

私は決して感動しにくい女ではない。むしろかなり涙もろい方で、同じく松本清張の『ゼロの焦点』を新幹線で読んだときは、号泣するあまり隣りの席の人に心配された。同じく戦後ミステリの『犬神家の一族』や『仮面舞踏会』(共に横溝正史著)も、終戦してなお戦争に翻弄される人々があまりに気の毒なのでいつも泣いてしまう。

こんな涙腺激ヨワな私がなぜ『砂の器』で泣けないかというと、作品の中核である「ハンセン病患者とその家族の苦しみ」を全く知らないからだ。知らないから、「悲劇の回想シーン」や「気の毒な犯人の心情」が詳しく描かれていないこの作品を読んでも、秀夫の心を想像できない。刑事の口を借りた松本清張が「その動機は同情に値する」と言っても、「ハァ? 殺人はあかんやろ」としか思えないのだ。​

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同じくハンセン病をテーマにしたミステリといえば、シャーロック・ホームズの「白面の兵士」。反差別を謳ったものではないが故に、差別と偏見、無知からくる恐怖を読み取れる

私は1997年生まれで、新潟県中越地方で教育を受けた。「道徳」や「総合」で人権教育を受けた記憶はあるが、学習内容は同和問題と呼ばれるものに絞られていた気がする。ハンセン病のことは小学校から高校に至るまで、まったく触れなかった。人権教育は地域によって特色の違うカリキュラムなので一概には言えないが、多くの同世代の人達も同じなのではないかと思う。

現在、患者の高齢化よってハンセン病差別は風化の危機に晒されている。風化はなかったことになるだけであって、差別がなくなったことにはならない。いつか風化が進み切り、社会派ミステリとしての『砂の器』が完全に無力になる日が来るのかと思うと、たいへん無念である。

 (写真・文:山﨑理香子)

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